第2話
烈達が声の方に振り向くと、そこには美月の彼氏がいた。身体にアクセサリーをたくさんつけており、歩く度に耳障りな音が立つ。ダボダボの服にサンダルと、格好がだらしない。立ち姿からいかにも遊んでいますといった風体である。
烈が写真で見た時も思ったが、美月の彼氏にはどうも警戒心を持ってしまう。正直、あまり関わりたくない。世間では人を見た目だけで判断するなと言われるが、やはり外見は大事だ。
「美月ちゃん、聞いたよ。今朝、泥棒に入られたんだって。心配でアポなしで来ちゃったよ」
「朔夜くん!」
美月は顔を上気させ、朔夜へ身体を寄せる。まさに恋する乙女である。
「ツッキー、そちらの男性が彼氏さんだね?」
明里の確認に、美月は「うん!」と嬉しそうに返事。
「有馬朔夜くん。私達の三つ年上で自営業をしているの」
烈達よりも三歳上ということは、年齢は二十歳ということ。写真から年上であることはなんとなく予想していたが、まさか成人と交際しているとは烈にとって予想外である。
朔夜は、数百万はくだらない超高級腕時計を腕に巻いており、若いながらも相当稼いでいるようだ。
「そっちの女の子は美月ちゃんの友達?」
朔夜は明里を舐め回すように、上から下へと何度も視線を往復。特に顔や胸を見ている時間が長い。明らかに下心が含まれている視線だ。
一方の烈には目もくれない。朔夜の発言から、まるで烈がいないかのように扱っている。その態度が、余計烈の中で朔夜への評価を下げる原因となる。
白波はこんな男のどこがいいんだ?
余計なお世話であることは自分でもわかっているのだが、美月を案じてしまう。
烈の内心を他所に、美月は朔夜に抱きついて甘える。朔夜も愛おしそうに美月の髪を梳く。
「泥棒に何を盗まれたの? お金とか大丈夫?」
「色々やられちゃった。私のも。家族のも」
「そうか。犯人は捕まりそう? 警察の捜査はどこまで進んでる?」
「証拠が少なくて、すぐに捕まえるのは難しいみたい」
「それは残念だな」
「ごめんね、朔夜くん。朔夜くんがくれたぬいぐるみ盗まれちゃった。ぬいぐるみ返してって前から何度も言ってたよね? 私、つい意地悪したくて、返さなかったけど。こんなことになるなら、返せば良かった」
「いい、いい。気にしなくて。俺も一度あげたものを返せとか、貧乏くさかったし」
「じゃあ、なんで返せって言ったの?」
「あー……」
朔夜は考えるように、視線を空で彷徨わせる。
「あのぬいぐるみは俺も結構好きでさ。美月が可愛がっていたから、つい俺も惜しくなったんだよ。とにかく、ぬいぐるみは気に病まなくていいよ。俺が同じの買ってやるから」
「でも、あのぬいぐるみってかなり人気なんでしょ? 私の友達は買うのが難しいって」
「大丈夫。俺なら買えるから。楽しみに待ってろ」
「うん、ありがと! チューしてあげる」
「寄せよ。人前で恥ずかしいだろ」
美月は朔夜の頬にキスをし、朔夜はお返しとばかり美月の額に唇を添える。
烈は美月達のイチャイチャぶりを、なんとも微妙な顔で眺めていた。完全に二人の世界に入っている。周りの視線などお構いなし。
以前、水原がカップルの様子がむかつくと話していたが、なるほど。目の前で恥ずかしげもなくスキンシップを取る姿には呆れや嫉妬、憧れなど、様々なものが混ざり合い、むかついた感情になる。所謂リア充爆発しろ、である。
美月の様子から、彼女は朔夜がよほど好きらしい。もしかしたら、朔夜はちょっとスケベで誤解されやすいだけの善い人間かもしれない。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
明里は遠慮もなく、抱き合っている朔夜に声をかける。
「何故、有馬さんは美月さんの家に泥棒が入ったと分かったのですか?」
「あ、そういえば。私、朔夜くんにまだ連絡してなかったよね?」
泥棒はありふれた犯罪であり、今回は負傷者もいない。烈は学校にいる時に何か情報を得ようとネットニュースを眺めていたが、美月の家の報道はされていなかった。メディアには興味のないものだったのだろう。
朔夜はしどろもどろになりながら、「エ、SNS! SNSだよ!」と回答。
「なんとなくSNSを見てたら、美月ちゃんの家の近くで泥棒が入っていうのを見て。それで美月ちゃんのことが心配になって」
「メールとか電話してくれればよかったのに」
「いや、美月ちゃんに何かあったのかもって考えたら、いってもたってもいられず。気づいたら、家まで来ていたんだよ」
「うー、朔夜くん。嬉しい!」
恋人を心配する彼氏の図、に見える。
だが……。
コイツ、さっきから何か変だな。
朔夜はいくつかの質問に対して、考え込むような仕草がある。まるで想定外のことを聞かれ、それを誤魔化すために必死に考えるように。
烈が朔夜に妙な違和感を抱いていると、水鏡が家の中から出てきた。
「美月、警察の人が話を聞きたいって……」
水鏡は朔夜の姿を見ると、眉を顰める。口元も不愉快そうに歪んでいる。すぐに表情をいつもの真顔に戻し、烈達に浅く会釈した後、「ほら、警察の人が待っているよ」と美月を朔夜から強引に引き離し、家の中へ連れて行った。
どうやら、白波妹も姉の彼氏には、あまり良い印象を抱いていないみたいだな。
烈には少し気になることがある。水鏡が朔夜を見た時の表情。まるで、なんであんたがここにいるのよと、驚きと怒りが混じった顔だった。水鏡も朔夜が気にいらないらしい。
美月達が家の中に消えると、朔夜が笑顔を烈達に向けてきた。正確には、明里にのみである。
「改めてみると、君めっちゃ可愛いじゃん。もしかして、モデルさん?」
「……いいえ」
「そうなの。もったいないなー。モデルやらない? 俺、芸能事務所の社長と知り合いなんだよね。君ならマジでトップモデルになれるよ、スタイルいいし」
「はあ、そうですか」
明里は面倒くさそうに曖昧な返事。烈も呆れ返る。
白波がいなくなったら途端に、その友達をナンパかよ。
朔夜は単にチャラいだけではなく、女好きでもあるようだ。烈はやはりこの男が好きではない。明里の態度は露骨に冷たいのだが、朔夜はめげずに話しかける。
「連絡先教えてくれない? 俺が社長に推薦するから」
「そういうの興味ないんで。私達、このあと用事あるんで。行こう、烈くん」
明里はにべにもなく断り、烈の手を引きその場を立ち去ろうとする。
一人称が私と他所行きのものであり、明里はよっぽど関わりたくないということがわかる。朔夜は尚も話を続けようとするが、明里は無視し烈を連れていく。あまりにもしつこいもんだから、朔夜が後をつけてこないかと烈は心配だったが、杞憂だった。そこまでの根性はないらしい。
白波家から大分離れたところで、烈は「あの朔夜ってやつが何か気になるのか?」と明里に声をかける。
「うん。烈くんも怪しんでいるでしょ?」
「まあ、なんとなく変だなとは思った。SNSで白波の家に強盗が入ったことを知ったとか。近くで事件が起きたからっていきなり直接来るか」
「そう。彼の言動はおかしい。美月さんの身を案じているのならば、まずはスマホで連絡を試みればいい。連絡が取れなかったから家まで来たというのならば、まだ理解できる。だが、先ほどの美月さんとのやりとりから、スマホでの連絡はしていないようだ」
明里は人差し指を立てる。
「おかしい言動がもう一つある。分かるかい?」
「もったいぶらずに教えてくれよ」
「なんでも最初から答えを求めるべきじゃないよ。自分で考える力を養わないと。ほら、シンキングターイム」
烈は促されるまま、朔夜の言動を振り返る。少し考えて、思い至った。
「白波よりも盗まれたものの心配をしていた」
明里は小さい子供を褒めるように、「正解!」と大きく頷く。
「普通は泥棒に入られたと聞いたら、まずは美月さんに怪我がないか聞くはず。だが、朔夜さんは最初に盗まれたものがないかと聞いた。彼にとってはそちらの方が心配だったんだよ」
「ぬいぐるみか。でも、ぬいぐるみなんて気にするなって言っていただろ?」
「彼女の前でぬいぐるみの心配なんてできないでしょ」
「確かに。やっぱり、あのぬいぐるみに何か執着する理由でもあるのか」
「多分ね。もしくは……」
明里は何かを言いかけるが、「いや、やめておこう」と言葉を止める。
「なんだよ、意味深だな。気になるだろ」
「今は情報が足りない。憶測だけであれこれ言ってもしかたない。だから、情報を集めよう。あのぬいぐるみについて、詳しく調べるんだ」




