第1章
水鏡が暴漢に襲われた翌日の早朝。
烈が自室で学校に行く支度をしていると、机の上に置いておいたスマートフォンが鳴る。相手は美月。美月から電話してくるのは初めてだなと、どうでもいいことを考えながら電話に出る。
「はい、もしも……」
「れっちん!」
美月の大声に、烈は思わずスマートフォンを耳から遠ざけた。
「な、なんだよ。朝っぱらからどうした?」
「ど、ど、どろっ!」
「どろ? 落ち着け。ゆっくり説明してくれ」
美月は相当パニクっているようだ。何を言っているのか聞き取れない。まずは美月を宥めて落ち着かせることに。
電話越しにスーハーと呼吸音。どうやら美月は深呼吸しているらしい。何度か深呼吸したことで、美月はようやく落ち着いたようだ。
「私ん家に泥棒が入ったの! 早朝ぐらいに!」
その言葉で、烈の緊張度合いが一気に上がる。
「泥棒? 白波や家族は大丈夫か? 怪我はしていないか?」
「うん、誰も怪我してない。だけど、お金とか、ママの宝石とか色々盗まれちゃって……」
鼻を啜る音。泥棒に入られたことに、美月はショックを受けているようだ。無理もない。ここ連日で美月の周りで多くの事件が起きている。特に昨日は双子の妹である水鏡が暴漢に襲われ、時間も置かずに今朝は自宅に泥棒が入った。いくら明るい性格の美月でも、辛いに決まっている。
「白波、今日学校はどうする?」
「多分、休むと思う。事情聴取とかあるし」
「そうか。今日学校終わったら、白波ん家寄るよ。明里と一緒に。何かあったら、遠慮なく連絡してくれ」
「うん」
「あと、泥棒のことは明里には俺から伝えとく。じゃあな」
烈は電話を切った後、身支度を素早く整えて向かいの明里の家へ。インターホンを押そうとした時、丁度制服姿の明里が家から出てきた。明里は烈を見るなり、満面の笑みを浮かべる。
「おや、今日は烈くんの方からお出迎えに来てくれたんだね。感心、感心。やはり、男性の方からエスコートすべきだ」
「何変なことを言っているんだ。それよりも白波の件だ。あいつの家に泥棒が入ったみたいなんだ」
「……それはどういうことだい?」
緩み切っていた明里の表情は鋭いものへと瞬時に引き締まる。
「白波もまだ混乱してて、詳しいことは聞けなかったんが、どうやら今日の早朝に泥棒が入ったようだ。白波の家族に怪我はないが、たくさんの金品を盗まれたそうだ」
「そうか。昨日の今日で……」
「白波は今日学校を休むみたいだ。放課後、様子を見に行くと言っておいた」
とりあえず二人は学校に向かうがてら、今朝の泥棒について話し合うことに。
「白波んとこに入った泥棒、嫌がらせ犯の仕業だよな?」
「そうとしか考えられない。明らかに偶然じゃない。それにしても、昨日の暴漢に今日の泥棒。相手は焦っているね」
「やっぱり、白波が持っている何かを狙っているんだよな? どうしてもすぐに手に入れたい」
「おそらく」
「だけど、昨日白波の持ち物に狙われる何かがないか、確認しただろ。刑事の神谷さん達にも分からなかった」
「もしかすると、これまで白波さん、ああ、美月さんの方ね。彼女双子だから、これからは名前で呼ぶよ。美月さんはこれまで相手が狙っているものを、単に持ち歩いていなかっただけかもしれない」
「だから、今度は家に盗みに入った、と」
「その可能性はある。あるいは……」
「あるいは?」
「ボク達がすでに見ていても、それが狙われていると気づいていないだけかもしれない」
「気づいていない……」
烈は美月が彼氏からもらったぬいぐるみ、化粧品、財布と彼女が持っていたものを頭の中で浮かべるが、その中にこれだと思うものはない。何故しつこく嫌がらせ犯が狙うのか、どれも狙われる価値があるように思えない。それとも物を奪うという行為そのものが目的かもしれない。ただ、美月に嫌がらせができればいいと。
「烈くん。考えを巡らせているようだが、今どんなに考えても答えは多分でないよ。放課後に美月さんの家に行った時に、彼女から情報を聞き出そう」
「……だな」
学校が終わると、烈と明里の二人はすぐに美月の家へと向かう。
捜査はまだ続いている様子であり、警官が出入りしている。家の周辺は立ち入り禁止になっておらず、烈達は美月宅へと簡単に近づくことができた。一階のバルコニーの窓にはガムテープによる目張りがされており、窓が割れている。どうやらそこが泥棒の侵入経路らしい。
烈が電話でもして美月を呼び出そうかと考えていると、家の中から美月が「あかりん、れっちん!」と走り寄ってくる。烈達の姿を見つけ出てきたようだ。
美月は勢いのまま、明里の胸へダイブ。明里は抱きしめ、美月の頭を優しく撫でる。
「おー、よしよし。大丈夫かい、ツッキー?」
「怖かったよー、あかりん。……うへへ、あかりんの胸大きくて柔らか!」
「こら、やめなさい。くすぐったい」
「折角のチャンスだ、たっぷり堪能してやるぜえ」
美月は明里の胸に顔を埋めたまま、ぐりぐりと顔を左右に動かす。
烈と電話した今朝は泣いていたが、今の美月はおふざけができるほど、ある程度心理的余裕ができているようだ。何よりである。
「それで白波、泥棒の件はどうなった? 犯人捕まりそうか?」
美月は名残惜しそうに明里の胸から顔を離し、「ううん」と首を振る。
「お巡りさん達が調べてくれてるけど、痕跡が少ないって。そこそこ慣れた泥棒の犯行みたい」
「そうか。色々と盗まれたみたいだが、一体何を盗まれたんだ?」
「電話でも言ったけど、現金や宝石とか。私の部屋にも忍び込まれて、財布や貯金箱、皆盗られちゃった」
「部屋に忍び込まれた? 白波は泥棒に気づかなかったのか?」
美月は申し訳なさそうに肩をすくませる。
「私、眠りが深いから一度眠ると、中々起きないんだよね。部屋が荒らされていても気づかなかった。だから、犯人の顔は見ていないんだ」
「あ、いや、すまん。責めているわけじゃないんだ。むしろ、気が付かなくてよかったよ。下手に起きて泥棒の顔を見ていたら、逆に危なかった」
もし、美月が泥棒の顔を見てしまった場合、泥棒は口封じのために美月を殺害しようとしたかもしれない。烈のように戦闘能力が高いならともかく、一般人は犯罪者の存在に気づいても、無理に捕まえようとはせずにやり過ごした方がいい。まずは命を優先するべき。
明里は美月の頭を撫でながら、「ツッキー、今回の事件のことを最初から教えてくれないかい? 現状判明している範囲でいい」と、美月から情報を聞き出そうとする。
「うん。犯人がウチに入ったのは、朝の四時ぐらい。防犯カメラに映ってた。家に入った後は、手当たり次第に部屋に入って、金目のものを盗んだみたい。それで泥棒が廊下にいたところを、トイレのために起きた水鏡が見たみたいで……」
「水鏡さんは犯人の姿を見たのかい?」
「一応はね。ただ暗くて顔も目出し帽で隠していたから……」
「ふむふむ。なるほど。それで水鏡さんは泥棒に何かされなかったかい?」
「泥棒は水鏡と鉢合わせして、慌てて出て行ったみたい。水鏡にも怪我はないよ」
「それは良かった」
烈も「全くだ」と同意。命あっての物種。物は後で取り返せるが、命はどんな手段を持ってしてでも取り戻すことはできない。泥棒がすぐに逃げたのは僥倖だ。
「だけど、泥棒は私のぬいぐるみも盗みやがったんだよ。ホント、サイアク!」
その場で地団駄を踏む美月。美月はいつもぬいぐるみを肌身離さず持ち歩いていた。そのぬいぐるみを悪党に盗まれたのだから、怒りはごもっともである。
明里は美月の愚痴をスルーせず、「どういうことだい?」と聞き返す。
「ぬいぐるみも盗まれたということだが、金品以外で盗まれたのはそれだけかな?」
「ううん。他にもオキニのアーティストのグッズとかも盗られた。けっこー高くて、アルバイトして買ったのに!」
「ふむふむ」
明里は美月が盗まれたものを一つずつメモしていく。烈には明里の行動の意図がよく分からないが、彼女がやるからには何か意味があるはず。
「私が盗まれたのはこれだけ。あとはパパの腕時計とか、ママのブランドのバッグとかも」
「ありがとう。かなり有意義なことが聞けたよ。それでもう一つ、質問があるんだが」
「なになに?」
「ぬいぐるみをくれた君の彼氏のことについて……」
その時。
「美月ちゃーん」
軽薄そうな男の声が聞こえてきた。




