第13話
「双子の妹?」
烈の問いに、美月は「うん!」と元気よく答える。
「あれ、言ってなかったっけ? 私達双子だったんだよ」
「いや、初耳だが」
美月から双子の姉妹がいるという話題を、烈は聞いたことがない。だが、よくよく思い出せば、美月の母親が以前に「美月の方は友達が多いけど、ルーズなところがあってねえ」と言っていた。その時は気にも留めなかったが、『美月の方』というのは双子の片割れという意味だった。
水鏡は立ち上がり、スカートについた砂を振り払う。
「剛村くん、だよね?」
「俺のことを知ってるのか?」
「うん。姉からいつも聞いている。何より君は有名人だから」
そりゃそうかと烈は納得。清稜高校の生徒なら、烈のことは嫌が応にでも耳に入る。
水鏡は烈に深々と頭を下げる。
「先ほどは助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れない」
「一生って、大袈裟な」
「いえ。命を助けてもらったんだもの。その恩を忘れるなんて、恥ずかしい真似はできない」
美月と水鏡の顔は全く同じ。所謂、一卵性双生児というやつだ。だが、性格は真逆といってもいい。ノリの良い典型的なギャルである美月に対し、水鏡は生真面目な性格をしている。
明里は不思議そうに烈の袖を引っ張ってきた。
「烈くん、彼女の命を助けたとはどういうことだい?」
「ああ、実はな……」
烈は水鏡の後ろ姿を美月だと誤解し追いかけたこと、水鏡が様子のおかしい暴漢に襲われていたことを説明。
「なんとか追い払えたけど、ナイフまで持ち出してきて、危ない奴だったよ」
「なるほど、そこに落ちていた物騒なナイフはそういうことか」
冷静に話を聞く明里に対し、美月は顔を青ざめる。
「襲われったって、水鏡、大丈夫⁉︎ 怪我は⁉︎」
美月は水鏡の身体を弄り、怪我の有無を調べる。美月の心配を余所に、水鏡は彼女の手を払い除けた。
「怪我はしていないよ。だから、過剰に心配しないで」
「するに決まっているでしょ! 実の姉妹なんだから!」
半泣きの美月を見ても、水鏡はどこか冷めた対応。鬱陶しいと言わんばかりである。
なんだ、この双子……?
烈は今まで双子と聞くと、無条件で仲の良い姉妹だと思っていた。現在テレビに引っ張りだこの人気双子タレントがいるが、彼女達は言動がシンクロしたり、お互いの服を融通しているエピソードを披露している。あれはメディア用の振る舞いで、実態は異なるのだろうか。それとも全ての双子は仲良しという、烈の認識が間違っているのだろうか。
ただ、この白波姉妹の仲があまり良くないことは分かった。
「烈くん、警察には通報したのかい?」
「あ、やべ。忘れてた」
「まずは通報した方がいい。もしかしたら、その暴漢がまだ近くにいるかもしれない」
烈は明里の言う通り、警察に通報。間もなくして警官が到着。警官の中には烈の顔馴染みである刑事の神谷と三浦がおり、神谷は烈を見るなり、「また君か」といつものセリフを吐いて呆れる。もはや様式美である。
「ちっす、神谷さん」
「青薔薇の貴公子事件からそう時間も経っていないのに、新しい事件に巻き込まれるとは。一体、君はどのような運命の下に生まれてきたんだい?」
「いやー、俺にも分からねえっす」
「今回は君だけでなく、明日見さんもいるんだね」
「お久しぶりです。神谷さん。三浦さんも」
「まさか、君にも剛村くんの体質がうつったんじゃないだろうね?」
「いえいえ。残念ながら、ボクには感染していませんよ。ただ烈くんと常に一緒にいるだけです」
人を感染症みたいに言うなとか、残念とはどういうことだと色々ツッコミたいところはあるのだが、烈はそれらを飲み込む。それよりも今は美月と水鏡のことだ。
烈は先ほど明里達にした説明を、神谷達にも伝える。美月に対する嫌がらせの件も付随して。
神谷は「ほう」と呟き、髭が少し伸びている顎を触る。
「つまりだ。話をまとめると、今回の暴行事件は白波美月さんへの嫌がらせの延長。そして、白波水鏡さんは姉の美月さんと間違われて襲われた、と」
「多分すけどね」
明里が「烈くん、烈くん」と横から声をかけてきた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「いや、お前はいい加減帰れよ。ここにいても仕方ないだろ」
明里は可愛らしく頬を膨らませる。
「ボクはね、大切な友人であるツッキーが心配なんだよ。それに妹さんが襲われたんだ。ボクだけ呑気に帰るわけにはいかないだろう」
美月は「あかりん、私達のことを心配して……!」と感動しているが、烈には明里の狙いが分かる。警察から何か話が聞けないか、期待しているのだ。
烈達のやりとりを見ていた神谷は苦笑い。
「まあ、明日見さんも全くの無関係というわけでもないし、別に話を聞いていても構わないよ。何か気づいたことがあるなら、遠慮なく言ってくれ。ただ、ここでの話は内密にね」
神谷も明里がどういう性分か理解したのだろう。それに明里に一目置いているようだ。
「もちろんですとも。それで烈くん、先ほどの質問に戻るけど、以前のひったくりは同一人物かい?」
「いや、違う。ひったくりの顔は帽子で隠れていたから少ししか見えなかったけど、かなり若い男だった。白波妹を襲った中年の男じゃない」
「ふむ。ならば、その中年男性は嫌がらせ犯に雇われたんじゃないかな」
「何故そう思うんだ?」
「今までの嫌がらせ犯は自分の正体がバレないよう、気をつけていたでしょ。だけど、今回の暴漢は顔を隠していなかった。つまり、顔を見られても問題なしってことだよ。要は使い捨ての駒だね。まあ、ひったくりも雇われた人間かもしれないけどね」
神谷は黙って頷く。明里の推測に同意のようだ。
「明日見さんの言う通り、使い捨てなのだろう。だが、その人物を捕まえれば、嫌がらせ犯の情報を聞き出せるかもしれない。暴漢の特徴を教えてくれるかな?」
烈は可能な限り男の特徴を思い起こし、時折水鏡が補足。暴漢の様子がおかしいことも加えておいた。神谷は他の警官と情報を共有し、周囲の捜索を命じる。
神谷と三浦の二人は、引き続き烈達から話を聞くことに。
「他には何かないかな?」
神谷は暴漢の素性に繋がる情報がほしいのだろう。烈は「他、他……」と繰り返し、やがてあることを思い出す。
「そういやあの暴漢、何か変なことを言ってたな。鞄どうたらって。そうだよな、白波妹?」
話を振られた水鏡は「うん」と答える。
「私の鞄が必要だって、奪おうとしてきた。でも、私じゃなくて、お姉ちゃんの方を本当は狙っていた、と思う……」
「君達が狙われた理由を知りたい。申し訳ないけど、鞄の中身を見せてくれるかな? 姉妹の二人とも」
神谷に促され、美月と水鏡は鞄の中身を地面の上に一つずつ取り出していく。美月の鞄からは彼氏からもらったぬいぐるみ、お菓子や化粧品など、学校には関係ないものがわんさか入っている。一体何をし、学校に来ているんだと烈は内心呆れた。一方、水鏡の鞄には教科書や参考書など必要最低限のものしか入っていない。持ち物が二人の性格の違いをよく表している。
神谷と三浦は一つずつ持ち物を確認。だが、二人は首を捻るだけ。
「特に狙われるようなものはない気がするな。三浦はどうだ?」
「俺も神谷さんと同じです」
刑事の二人ならと烈は期待していたが、神谷達から見ても目ぼしいものはなかったようだ。神谷は「明日見さんはどう思うかね?」と明里の方を向く。
「ボクも狙いが分かりません。ただ、美月さんが持つ何が狙われていることは確かです」
「とは言ってもねえ」
烈が地面に置かれた美月達の私物を眺めていると、あることに気づく。
「あれ、このぬいぐるみ……」
烈は、美月が彼氏からもらったというぬいぐるみを手に取る。よくよく見ると、ぬいぐるみの背後にファスナーがあった。
「なあ、白波、このぬいぐるみの背中のやつ……」
「あー、隠しポケットだね」
「隠しポケット?」
烈が隠しポケットとやらについて深掘りしようとした時、水鏡がおもむろに立ち上がった。
「あの、私はもう帰っていいですか? 狙われているのはお姉ちゃんです。私がここにいても、意味はないですよね?」
神谷は水鏡の言葉に苦笑い。
「まあ、君から聞きたいことは一通り聞いたが……」
「だったら、いいですよね」
水鏡はどうしても帰りたいようだ。姉を置いて一人だけで帰ろうとするなど、烈は薄情すぎないかと感じたものの、暴漢に襲われた恐怖から安心できる自宅に一刻も早く戻りたいのだろうなと推測。
水鏡の帰宅の意思が頑ななため、神谷は彼女の希望に沿うことに。三浦と女性警官を付き添わせ、パトカーで家まで送らせた。
「それで話がずれたが」と烈がぬいぐるみの話題に戻す。
「白波、隠しポケットってなんなんだ?」
「このぬいぐるみはね、とある国内ブランドのもので、中にものを収納できるの。ぬいるぐみの中に手紙とかアクセを入れて一緒にプレゼントするのが、最近若い女の子の間で流行っているんだよ」
「そうなのか、明里?」
「ボクがそのような流行りに機敏だと思うかい?」
「確かに。流行りに乗るなんて、女の子らしいことはお前には似合わないな」
「おい、ちょっと待ちたまえ。それはどういう意味だい?」
明里は烈を睨んでいたものの、「……まあいい。烈くんの言葉は後で問いただすとして、今はぬいぐるみだ。ツッキー、中身を開けても?」と許可を求める。「いいよ」と美月は快諾。
明里は烈の手からぬいぐるみを取ると、ファスナーを開け中身を確認。
「……何もないね」
明里の言葉に、美月は残念そうな顔を浮かべる。
「そうなんだよ。私も彼氏からもらった時は何が入っているだろうって期待してたんだけど、なーんもなくて、ちょびっとがっかりしちゃった」
「最初から何も入っていなかった、か……」
明里は少しの間思案した後、「うん、ありがとう」と美月にぬいぐるみを手渡す。
その日は神谷達警察が美月を家まで送り届けることに。
烈と明里は美月の身が心配ながらも二人で帰宅した。




