第12話
放課後、烈は自分のクラスでぼーと外を眺めていた。
今日は明里と美月双方が日直であり、彼女達の仕事が終わるまで暇を潰しているのだ。
校庭を走り回るサッカー部や野球部を見下ろし、吹奏楽部の奏でる音楽を聴き、烈は彼らから青春パワーを分けてもらう。何かひたすら打ち込む姿を見ると、こちらも力が回復する。
「……ん、あれは……」
校門を通り過ぎる生徒達の中に、見覚えがある後ろ姿。紛れも無い、美月だ。近くに明里の姿はなく、一人だけで下校している。
「あいつ、なんで!」
先週の出来事があったのに、何故一人で帰宅しようとしているのか。不用心にも程がある。
烈は自分の通学用リュックを肩にかけ、大急ぎで教室を出る。途中、廊下を走るなと教師に注意されたが、お構いなし。階段を一段飛ばしで駆け降り、下駄箱で靴を履き替えて、美月を追いかける。
ようやく美月の後ろ姿が視界に入った時、彼女は一人の中年ほどの男に話しかけられていた。
「なあ、その鞄、渡してくれよ……」
「な、なんなんですか、あなた! 警察、呼びますよ!」
「俺にはその鞄がどうしてもいるんだよ。くれよ……」
男は美月の鞄を掴み、強引に奪い取ろうとする。美月は「何をするんですか!」と必死に抵抗。
馬鹿野郎、一人で行動するからだ!
烈は男に真っ直ぐ走っていき、勢いのまま男の横っ腹に飛び蹴りをお見舞いする。男は苦悶の声を上げて吹っ飛び、アスファルトの地面を転がり、電柱へとぶつかってようやく止まった。
やり過ぎたかと烈は男の身を案じるが、烈の心配をよそに男はゆっくりと立ち上がった。
男の顔や身体には小石が刺さっており、擦りむいた手足からは血が流れている。しかし、男に自身の怪我を全く気にしている様子はない。男の頬は痩せこけ、目は虚。不規則に身体を動かしている姿はまるでゾンビだ。
なんだ、こいつ……。
不気味な男の風貌を見て、烈は男が普通ではないと判断。美月を自分の後ろに下がらせる。
「おい、白波に嫌がらせをしている奴はお前か!」
「お、お前も俺の邪魔をするのか? 俺の幸せの邪魔を……」
「何を訳わかんねーこと言ってんだ! 嫌がらせの犯人はお前かと聞いているんだ! 答えろ!」
「く、くそお。皆、俺の邪魔をする……! 俺は何も悪いことをしていないのに……!」
会話がまるで成り立たない。男は烈の質問には答えず、意味不明なことを呟いている。
やっぱり、こいつ、何かがおかしい。
自分一人で対処するべきではないと判断した烈は、スマートフォンを取り出し警察を呼ぼうとする。しかし、その動作は男の叫び声で中断させられた。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉ!」
男は突如として大声を上げる。空気を震わせるほどの声量で、烈と美月は思わず耳を塞いだ。
「ちくしょう、お前達はいつもそうだ! いつも俺の邪魔をする。外を歩いているだけで笑い、家にまで入ってきて、寝ている間も論う。俺に何の恨みがあるんだ! この悪党共め!」
口から涎を垂らしながら、一方的に捲し立てる。発言の内容は支離滅裂。これ以上関わるべきではないのだが、相手は見逃してはくれないだろう。
烈は再度警察に通報しようとしたが、男が取った行動のせいでまともや止めた。
男が刃渡り二十センチほどの大きなサバイバルナイフを取り出したからである。
「キィアアアアァァァァ!」
奇声を上げながらサバイバルナイフを滅多矢鱈に振り回し、烈達に向かって走ってくる。明確な殺意だ。烈は美月を連れて逃げようとしたが、後ろで何かが倒れる音。目を一瞬やると、尻餅をついている美月の姿。男から発せられる殺気に腰を抜かしてしまったのだろう。
何度も事件に巻き込まれている烈は殺気に慣れているが、一般人の美月は耐え難いもの。怯えるのも無理はない。
くそ……!
烈は内心毒づく。美月を逃すことを諦め、男の迎撃に方針を切り替える。肩にかけていたリュックを身体の前に持っていき、盾のように構える。
男が振り回すナイフをリュックで受け止めた。リュックが大きく一文字に切り裂かれ、中から教科書やノートが地面に零れ落ちる。男はナイフを引き抜こうとするが、リュックの繊維に絡まって引き抜けない。
「このリュック、お気に入りだったんだぞ!」
烈は文句を言いながら、男の腕に拳を叩きつける。男は苦悶の声を漏らしながら、ナイフから手を離した。烈は追撃。男の股間を思い切り蹴り上げた。男の急所である股間への攻撃は形容し難い痛みを与える。大抵の男はその痛みで戦意を失う。だが、男にその様子はない。苦痛で油汗を流しながら、尚も烈達を睨みつける。一体何が男を突き動かすのか、烈には分からない。
更に痛めつけて戦闘不能にするか、それとも拘束して身動きを封じるか。
烈が次の行動を考えていると、男が予想外の動きをした。
「あ、ああああぁー! やめろ、くるな!」
男は突然苦しみ出すと、耳を塞く。手を空中で振り回し、まるで何か追い払うような仕草。
「……なんだ?」
男が自分から必死に遠ざけようとしているものは、烈には見えない。先ほどからの行動といい、この男はやはり何かがおかしい。
烈が男の奇行に戸惑っていると、男は何者から逃げるように走り去っていった。
「なんなんだ、あいつ……」
烈には男の言動が何一つ理解できなかったが、今は美月の身だ。彼女に振り向き大丈夫かと声をかけようとしたが、烈は美月を見て違和感を抱く。
美月と雰囲気が違うのだ。スカートは膝下までと長く、制服もきちんと着ている。髪の長さも微妙に異なり、髪型も僅かに違う。同じおさげであるのだが、髪を結っているのはリボンではなく、地味な黒のゴム。更に彼女は眼鏡をかけていた。
いつもと違う、地味で優等生な雰囲気の少女。だが、顔は同じ。
「あの、白波だよな?」
自分でも変な質問をしていると自覚しながらも、烈は尋ねる。
美月、のような少女は地面に尻餅をついたまま、「……どっちの?」と聞き返した。
「どっちのって、白波だろ?」
「いや、だから、どっちの?」
会話が妙に噛み合わない。烈達はお互いにコイツは何を言っているんだと、困惑の表情。
次に何を言うべきかと烈が考えていると、「おーい、烈くん!」と明里の声が聞こえてきた。
明里の方に目をやった烈の脳内は更に混乱を極める。
駆け寄ってくる明里の横に、美月がいたのだ。
「え、なんで、え?」
烈は美月と眼鏡をかけた少女を何度も見比べる。
同じ顔が二人? どういうことだ?
フリーズする烈の元へ明里と共に到着した美月は、眼鏡の少女を見て目を丸くする。
「あれ、水鏡じゃん。なんでれっちんといるの?」
「水鏡?」
烈には聞き覚えのない名前。
一方の明里は美月と水鏡と呼ばれた少女を見て、「あー、なるほどね」と状況を理解したようだ。流石、烈よりも遥かに頭の回転が早い。
「そちらの彼女は、ツッキーとは双子の姉妹だね?」
「うん。この子の名前は水鏡。私の双子の妹だよ」




