第10話
烈はコーヒーチェーン店でアイスコーヒー二つと軽食のサンドイッチをいくつか注文。レジで清算し品物を受け取った後、明里が確保していた窓側のカウンター席へ。席は通りに面しており、ガラスの向こう側でサラリーマンや主婦が通り過ぎいく。
烈はストローを行儀悪く噛みながら、「にしてもよ」と切り出す。
「部室に侵入した奴、もしかしなくても白波を狙っている人間だよな?」
「そうとしか考えられないね」
「まさか、学校の中にまで来るとはな。正直予想していなかったぜ」
烈は学校が唯一の安全地帯だと思っていた。美月を狙う人間も、流石にこの聖域には入れないだろうと。だから、校内にまで侵入して事を起こしたのは、かなり衝撃的である。
明里はサンドイッチを一口齧る。
「ボクも予想外だった。だが、むしろ好都合だ」
「好都合?」
「ボクはこれを待っていたんだよ。ここまでの直接的な被害が出れば、警察も流石に動いてくれる」
「そういうことか」
美月はすでに警察に嫌がらせの件を相談している。もし、今回の事態を軽く見て、美月が死傷なんてしたら警察の面子に関わる。いや、犯人は教育現場にまで踏み込んでいるのだ。市民からの批判を避けるため、ようやく重い腰を上げるだろう。
烈には一つ、疑問がある。
「犯人はどうやって、学校の中に入ってきたんだろうな。明里はどう思う? 保護者のフリをしてとかか?」
「その可能性はあるね。あるいは、犯人はこの学校の人間かもしれない」
「生徒や教師ってことか?」
「これまでの出来事において、犯人は白波さんの行動や予定を知っていた。水族館デートとかね。身近な人物なら、彼女の行動を知るのは容易だろう」
「だとすると、厄介だな」
もし同じ学校の生徒だというのなら、烈達が護衛する範囲に校内も含まれる。烈達と美月は別のクラスであり、常に一緒にいられるわけではない。どちらにしろ、相手は学校の中にまで入ってきたのだ。今以上に気をつけなければいけない。
「俺達は白波の護衛にひたすら徹して、その間に警察が犯人を捕まえてくれることを祈るか」
烈の言葉に、明里は頭を振る。
「いや、そんな悠長なことは言ってられなくなった」
「なんで?」
「ボクは懸念を抱いている。嫌がらせというものは往々にして過激になっていくものだが、今回の出来事は一気に段階を飛ばしている。学校内で事件を起こすなんて、ボクには犯人がどうも焦っているように見える」
「焦る? 嫌がらせに焦りなんてあるのか?」
「外部の人間にしろ、校内の人間にしろ、学校内で事を起こすのはリスクが高いでしょ。教師や生徒に目撃されて、そこから足がつく可能性がある」
「まあ、確かにな」
美月を苦しめたいだけなら、真綿で締めるようにじわじわと痛ぶっていけばいいだけ。自分の姿を多数の人間に見せるリスクを取る必要がないのだ。
「じゃあ、犯人の目的は単なる嫌がらせではないってことか?」
「おそらくね。今回の事件、犯人は奇妙な行動を取っている。金庫を開けようとしたでしょ。何故そうしたんだい?」
「何故って、白波達ダンス部の財布を持ち出そうとしたんじゃないのか? 嫌がらせも兼ねて、金も手に入れようと」
「ボクはそう思わない。犯人は金庫の鍵を破壊しようとしていただろう? お金が目的のついでなら、金庫に鍵がかかっている時点ですぐに諦めるはず。だが、犯人は強引に金庫を開けようとした」
「犯人の本当の目的は、白波の財布ってことか? そうか。だから、水族館で財布がはいったバッグをひったくろうとしたのか」
「多分ね」
ガラス窓がコンコンと軽く鳴る。烈達が目をやると、美月が笑いながら窓を叩いていた。彼女は店に入り烈達の元に来るなり、「いやー、疲れたよ」と愚痴る。
「センセー達や警察に色々聞かれて、大変だったよ。ごめんね、待たせて。あー、あかりん達んとこに早く行かなきゃって走ってきから、喉乾いちゃった。最近、暑くなってきたしね」
「ボクのを飲むかい?」
明里が自分のアイスコーヒーを差し出すが、美月は固辞。
「ありがたい申し出だけど、私、苦いの嫌いなんだよね。ちょっと甘いもの、買ってくるね」
美月はレジで飲み物を注文し、戻ってきた。
美月が購入したのはフラペチーノであり、大量の生クリームが乗っている。烈は見ているだけで胸焼けしそうだ。
美味しそうにフラペチーノを飲む美月に、明里は「ツッキー、それで学校の対応はどうだった?」と尋ねる。
「警察を呼んでくれたよ。それでお巡りさんが指紋を採って、犯人に心当たりはないかって色々聞かれた」
「嫌がらせの件は学校と警察に話したかい?」
「うん。警察は捜査してくれることになったし、学校側も対処するって」
「それは良かった」
「ただ、部室はきちんと戸締りしておきなさいって、怒られたけどね。確かに私達も不用心だったけど、嫌がらせ野郎が学校まで来るとは思わないじゃん!」
「あはは。だろうね。それでツッキー、頼みがあるんだ」
「なーに?」
「君の財布の中身を見せてくれないか?」
明里は、これまでの犯人の行動から美月の財布が狙われているのではと、自身の考えを説明。
「別にいいよ。ただ、財布には狙われる理由なんてないと思うんだけどなあ」
美月はカウンターの上に財布を乗せ、中身を並べていく。お金やお守り、パワーストーン、友人とのプリクラなど色々なものが出てきて、烈は何故お金以外の余計なものが入っているんだと不思議だ。
「では、失礼して」
明里は断りを入れてから、一つずつ調べていく。
「ふーむ、特に狙われるようなものはないかな。ん、これは?」
明里が最後に手に取ったのは、一枚の写真。
「あ、それ彼氏との写真」
「ほうほう。これがツッキーの」
烈も気になり、写真を覗き込む。写真には、美月と彼氏の若い男性が二人並んでピースサインで写っている。男性は髪を派手な金色に染めており、身体中にアクセサリーをこれでもかとつけている。典型的なチャラ男といった風体だ。人を見かけだけで判断するのは良くないが、烈として正直このような外見の人間にはあまりいい印象がない。
「ありがとう。もうしまって大丈夫だよ」
「あかりん、私が狙われる原因分かった?」
「……見せてもらって申し訳ないが、分からない。ツッキーには本当に心当たりはないんだね?」
「うん」
「そうか……」
明里は少し複雑な表情を浮かべる。それは烈も美月も同じ。
相手の目的、狙いが未だに分からない。だが、美月への嫌がらせは過激化になっている。今日よりも更に苛烈な方法を取るかもしれない。冗談抜きで、美月の命に関わる事態だ。
今後はもっと気合を入れて美月を必要があると、烈はとてつもない危機感に襲われるのだった。




