第4話
「誰かに狙われている?」
美月の相談事は随分と物騒な内容だった。
烈は真剣に話を聞こうと座り直し、背筋を伸ばす。
「一体、誰に狙われているんだ?」
明里は難しい顔で首を振る。
「それが分からない、らしいんだ」
「分からない? どういうことだ? 最初から事情を教えてくれ」
美月が「じゃあ私から話すね」と説明を始める。
事の発端は三週間ほど前。友人達とのショッピングから帰宅している最中、美月は誰かに尾行されていることに気がついた。同じ足音が後ろからずっと聞こえ、背中に視線を感じる。美月が歩くスピードを変えると、後ろの足音も同じスピードになり、立ち止まると足音も停止。振り向くが誰もない。しかし、再び歩き始めると、足音が再び聞こえてくる。怖くなった美月は家まで全速力で走り出した。後ろの荒々しい足音に追いつかれないよう必死に走り、なんとか自宅の中に逃げ込んだ。
だが、それで終わりじゃない。翌日から美月の日常が狂い始める。
毎日のようにゴミ袋を漁られ、玄関前には動物の死骸を置かれる。深夜に家の敷地に誰かが入ってくるような気配もあった。
不気味に思った美月は家族と共に警察署を訪れ、何者から嫌がらせを受けていると訴える。
しかし、対応した警官の態度はあまりにも冷静だった。これといった実害が出ておらず、今の状況では警察は介入できないとのこと。防犯カメラの設置の提案や注意事項を聞かされたものの、警察は動いてはくれなかった。
日々の嫌がらせで気が滅入ってしまった美月は、気分転換に彼氏と水族館デートをすることに。途中、彼氏に急用が入ってしまい、彼氏は先に帰ることになった。一人でいてもつまらないと美月も帰宅しようとした時に、ひったくりに遭ったのだという。
「水族館に来てまでわざわざ私のバッグをひったくるなんて、おかしいじゃん。それで私が狙われていると確信を持ったの」
美月の考えはごもっとも。烈も同意する。
「ひったくりの件は警察に言ったのか?」
「うん、水族館に来た警察に言ったよ。だけど、現状では嫌がらせと関連性があるか分からないって。ひったくりの方は捜査してくれることになったけど」
「ふーむ、そうか……」
烈は険しい顔で手を組む。
警察だって暇じゃない。日々多くの事件事故が発生しており、人手不足の中でやりくりするためには、どうしても優先順位をつける必要がある。大きな実害が発生していない美月の件はどうしても後回しにされる。市民には冷たいと批判されるが、こればかりはどうしようもない。
「警察にだけ任せるのも不安でさ。そこで偶然水族館で出会ったあかりん達に相談しようと思ったの。あの青薔薇の貴公子事件を解決した二人にね」
世間を騒がせた連続殺人事件。烈のクラスメイトである花咲萌絵が殺害されたことをきっかけに、烈達が独自で捜査し、そして一ヶ月ほど前に犯人を捕まえた。そのことは校内ではもはや公然の秘密であり、以降明里には生徒達からの相談が持ち込まれるようになった。美月も明里の評判を聞き、彼女ならと考えたのだ。
「白波には何か嫌がらせを受ける心当たりはあるか?」
美月は「全然」と首を激しく横に振る。本当に心当たりがないようだ。烈から見ても、美月は恨みを多く買うような人間には見えない。美月の軽薄なノリにイラっとする人間はいるかもしれないが、ここまでの嫌がらせを受けるほどではないだろう。
「烈くんはどう思う? 嫌がらせの犯人と目的について」
明里の問いに、烈は「分からん」と即答。
「目的が見えないんだよな。仮にひったくりも嫌がらせの一環だとして、わざわざ水族館までついてくるか? 常に白波を監視して、交通費と水族館の入場料を払って? どんだけ白波に執着しているんだよ」
「世の中には、嫌がらせのための労力を惜しまない人間がいるんだよ。まあ、水族館までついてきての嫌がらせがひったくりだけなんて、少し気になるがね」
「やっぱり、あの時に捕まえるべきだったか……」
「まあ、当時は周りに人もいたし、仕方ないさ。巻き込まないようにという、烈くんの判断は正しかったよ」
「そうは言ってもなあ……」
明里は烈を擁護してくれたが、見逃したのが悔やまれる。美月への嫌がらせは明らかにエスカレートしている。このままいけば、美月の生命の危機にまで発展するかもしれない。もし、水族館で捕まえていれば、今回の件は早々に解決していた。
「それで、明里はこの件をどう対処するつもりなんだ? 犯人を捕まえるのか?」
「もちろん、最終目的は犯人の確保だ。だが、今は情報が少なすぎる。こちらから打って出ることはできない。相手の出方を見つつ、その場その場で臨機応変に対応し、可能なら犯人の姿を見つけて確保する」
「要は相手待ちってことか」
「端的に言えばね。具体的にはボク達がツッキーを護衛しながら、同時に犯人を探す」
「はいよ。了解した」
烈の言葉に、美月は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「え、れっちんも助けてくれるの?」
「ああ。俺もすでに無関係じゃないしな。一度乗り込んだ船だ。最後まで付き合ってやるよ」
「ふふ。ありがとう。流石、あかりんが認めた男の子だよ。お礼のチューしてあげる」
「いらん」
丁度、部屋の使用時間が来たことで、三人は帰宅することに。明里と美月は時間を延長してもう少し歌っていこうと駄々をこねたものの、暗くならないうちに帰るべきだと烈がなんとか説得し、美月の家まで送り届けることにした。




