第3話
ひったくり事件から週が明けた月曜日。
続々と中間試験の結果が教師から返ってきており、生徒達は採点されたテスト用紙を見る度に阿鼻叫喚の図となる。烈はどうかというと、上々といったところ。いかつい外見から勉強にはあまり力を入れていないと思われがちだが、地頭は悪くない。烈が通う清稜高校の偏差値は平均的であり、その学内で平均的な成績の烈はごく普通の高校生である。
明里が勉強を見てくれたため、今回の試験結果は前回の試験よりも大分点が上がっている。烈は別にいいと言ったのだが、半ば強引に試験勉強をさせられた。明里は一年生の頃から学年トップクラスの成績であり、常に上位十位以内。その明里に見てもらったのだから、烈の点数も上がるというもの。
明里曰く、「きちんと勉強して、きちんとした企業に就職して、きちんとお給料を稼ぎなさい。ボクは出産育児で働けない期間ができるんだから」とのこと。後半の部分は烈にはよく分からなかったが、きちんとお金を稼ぐという部分には同意である。
烈は空白となった前の席を見る。一ヶ月前に青薔薇の貴公子という連続殺人鬼に命を奪われた、花咲萌絵の席。きっと萌絵が生きていたら、点数の見せ合いをしていただろう。萌絵の性格なら、点数の勝ち負けでジュースを奢れと言っていたかもしれない。
いや、やめておこう。
意味のない妄想だ。萌絵が生きていたならなんて考えていても、意味がない。悲しくなるだけ。
今日の授業は試験用紙の返却と解説で、あっという間に時間が過ぎた。気がつけば帰りのホームルームになり、担任の多野はきちんと試験の復習をしなさいと生徒達に言い含める。
烈が多野の話を聞いていると、机の上に置いていたスマートフォンにメールの通知が来る。多野から見えないよう、通学用リュックの陰でメールを確認。こういう時、席が一番後ろにあることが役に立つ。
メールの送り主は明里。放課後、話したいことがあるから駅前のカラオケ店に来いとのこと。
また、行きたくなったのか?
最近の明里はカラオケにハマっており、烈や自分のクラスメイトをよく誘ってカラオケ店に行っている。明里の歌声は彼女のクラスメイトから評判であり、録音をねだられたこともあるそうだ。
だけど、話したいことってなんだ?
単にカラオケ店に行きたいなら、行きたいと言えばいいだけ。何か含みのある言い方が気になるが、どうせ暇だからと了承の返信をした。
間もなくホームルームが終わり、烈はクラスメイト達に挨拶をしながら教室を出る。
カラオケ店には烈と同じ清稜高校の生徒が頻繁に出入りしていた。中間試験から解放されて羽根を伸ばそうとしているのだろう。
店前に到着した烈は明里に電話。
「もしもし、明里。俺だけど。カラオケ店に着いたけど、お前は今どこにいる?」
「ボクはすでに店内にいるよ。十一番の部屋だ」
「はいよ」
電話の向こう側から曲が聞こえており、すでに歌っているようだ。
歌うの好きだなあ。
烈は店内に入り、明里がいる部屋を探す。
「相変わらず同じような部屋ばかりで迷うな」
ようやく目的の部屋を見つけて入った烈は目を丸くした。
部屋の中では予想通り明里が歌っていたのだが、彼女の隣にはもう一人見知らぬ女子生徒がおり、一緒にマイクを握っていた。ネクタイの色が青であることから、烈と同じ二年生だ。明るい色の髪をそれぞれ左右で縛り、前に垂らしている。所謂おさげと呼ばれる髪型だが、リボンで結んでおり、オシャレ度が高い。制服をほどよく着崩しており、指輪やネックレスのアクセサリーをつけている。清稜高校は服装の規定が緩いが、それでも女子生徒の格好は注意ものだ。おそらく、学校から出た後でわざわざ服装を変えている。
ここまでオシャレに力を入れるのかと烈は疑問に思うが、ここが男と女の考え方の違いなのだろう。
よくよく見てみると、烈はこの女子生徒にどこか見覚えがある。
「あ、水族館の! バッグひったくられた」
烈がそう言うと、女子生徒はウインクを返す。正解という意味のようだ。明里と女子生徒は曲の終わりまで歌い続けるつもりで、仲良くデュエットをしている。
烈は仕方なくソファに座って待つことに。
少しして曲が終了し、明里達はテーブルをはさんで烈の正面に座る。
「なあ、明里。その子って……」
「うん。君がさっき言ったように、ひったくり被害に遭った子だ」
明里から視線で促された女子生徒は「どーも!」とやけに明るい第一声から始める。
「二年五組の白波美月でーす! 土曜日はバッグを取り返してくれて、ありがとうね! いやあ、本当に助かったよ。スマホも財布も盗られてたら、帰れなかったし。あ、そうだ、お礼してなかったね。チューしてあげようか。マウストゥマウスは勘弁ね。私、彼氏いるから、浮気になっちゃう。ほっぺにならいいよー」
「い、いや、礼はいらない……」
怒涛の美月のマシンガントークに、烈は思わずたじろぐ。性格も外見通りのギャルだ。土曜日の彼女はひったくりに遭ったばかりでショックを受けており、ここまでの距離感ではなかった。今のが美月本来の振る舞いなのだろう。正直、烈の苦手なタイプの人間だ。
「それで白波がここにいるのは……」
「苗字なんて堅苦しいな。同級生なんだから美月や、ミッキー、ツッキーとかでいいよ、れっちん」
「れ、れっちん? 俺のことか?」
「そうだよ。烈だから、れっちん」
どうやら、美月は他者を渾名で呼ぶ癖があるらしい。つくづく烈の苦手なタイプである。
「それで白波は……」
「美月ちゃんでいいよー」
「……白波がここにいるのは、明里が言っていた話したいこととやらに関係しているんだよな? 何か相談したいことでもあるのか?」
美月は烈が頑なに苗字呼びしていることに不満を持つが、烈はあえて気づかないフリをする。
以前にも似たようなことがあった。同じカラオケ店に呼び出され、明里のクラスメイトからストーカー問題を解決してほしいというものだった。もしやと烈は思ったが、当たっていたようだ。
「うん。今日、ツッキーから相談事を持ちかけられてね。烈くんの協力も必要だから、君を呼んだんだよ」
明里は白波をツッキー呼びなのか。いや、そんなこと今はいい。
「それで相談の内容は?」
「おや、帰らずに話を聞いてくれるのかい? 烈くんのことだから、俺を巻き込むなと文句を垂れると思ったんだけどね」
「事情を聞くだけなら構わない」
美月は「ヒュー!」と口笛を鳴らす。うまくできていない。
「ねえねえ、あかりん。れっちんって、もしかしなくてもツンデレさん?」
「そうなんだよ。なんだかんだ言いながら、他人を放っておけない。そういうところが可愛いんだ」
「愛い奴めー。このこの」
「いいから、内容を話せ、内容を!」
美月のノリについていけないため、烈はどうも調子が狂う。更に明里とタッグを組むと手がつけられない。話も聞かずに帰れば良かったと、すでに後悔しつつある烈だった。
「烈くんは気が短いな。では、内容を説明してあげよう。ツッキーはね、誰かに狙われているんだよ」




