第2話
「ほら、来た」
明里の声は 弾んでおり、歓喜しているというのが分かる。
「烈君が呼び出したんだ。君が対処したまえ」
「俺を事件の元凶みたいに言うんじゃねーよ!」
明里の言葉はまことに心外だ。
くそ、なんで俺は毎回こんな目に遭うんだろ。
自身の体質を呪うも、目の前の犯罪を見過ごすことができないのが、烈という人間である。
「ひったくりよ! 誰か捕まえて!」
再び女性の声。声のした方向に目をやると、帽子を目深に被ったパーカー姿の男が、似合わない女物のバッグを抱えて走っている姿が見えた。男は入場者や水族館の職員を突き飛ばしながら、烈達の方へと走ってくる。烈達がいるのは水族館の出入り口付近であり、このまま水族館の外へと逃走するつもりなのだろう。
男が烈の前を通り過ぎる瞬間、烈は足を前に出し男の足に引っ掛ける。バランスを崩した男は盛大にすっ転び、転んだ拍子にバッグを落としてしまった。慌ててバッグを拾い上げようとするが、烈が男よりも早くバッグを手に取った。
「何すんだよ! それを返しや……」
男はひったくったバックを返せと文字通り盗人猛々しい言葉を吐こうとしたが、烈が一睨みするとたじろぐ。力で敵わないと判断したのか、「くそ!」と小悪党らしい捨て台詞を残し、人混みに紛れながら、水族館の出入り口に向かって走っていく。
烈は男を追いかけようか迷ったが、周囲に人がいるためやめておいた。ああいう輩は下手に追い詰めると危険だ。自暴自棄になって、他者を人質に取ったりするかもしれない。
「あ、あのバッグ……」
バッグの持ち主だろう、一人の女性が駆け寄ってきた。年齢は烈達と同年代の少女。明るい茶色の地毛が特徴的なで、イヤリングなどのアクセサリーをつけたりと服装も派手。いわゆるギャルと呼ばれる類の人間だ。
烈は「これはあんたの?」とバッグを手渡す。
「あ、ありがとう。取り返してくれて」
「気にしなくていい」
明里が「余計なお世話かもしれないが」と横から少女に話しかける。
「バッグの中身も確認したほうがいいのでは? もしかしたら何か盗まれているかもしれない」
「そ、そうだね」
少女は近くのベンチでバッグから荷物を一つ一つ取り出し確認。バッグにはぬいぐるみに財布、化粧品や小物入れがたくさん入っており、その様子を後ろで見ていた烈はなんでこんなに物を持ち歩くんだと疑問に思う。
「烈くん、女の子はね、男性が思っているよりも色々と必要なんだ」
「……勝手に俺の心を読むのはやめてくれないか」
俺は考えていることが顔に出やすいのかと自身の顔を触っていると、少女が「うん、大丈夫!」と烈達に振り向いた。
「盗まれたものはなかったのか?」
「何度も確認したけど、盗まれたものはなかったよ」
「そいつは良かったな」
少女はじっと烈と明里の顔を交互に見る。
「なんだ? 俺達の顔に何かついているか?」
「あの、君達ってもしかして……」
少女が何かを言いかけた時、水族館の職員達の「窃盗の被害に遭ったお客様はいますか!」という声が聞こえてきた。ひったくり騒ぎを聞きつけ、どうやら少女から事情を聞くために探しているらしい。
「それじゃあ、明里。そろそろ帰るぞ」
「帰るのかい? 犯人は捕まっていないし、まだ事件は解決していないぞ」
「必要以上に首を突っ込むのはやめろ。俺達にできることはもうない」
建前ではそう言ったが、烈の本音としては早く帰りたいのだ。家からこの水族館に来るまで数時間を要した。つまり、帰りも同じぐらいかかるということ。ここで長時間拘束されれば、自宅に到着するのは夜になってしまうだろう。
烈に腕を引かれる明里はメモ用紙に自分の連絡先を書き殴り、少女に渡す。
「それはボクの連絡先だ。必要なら電話してくれ」
「う、うん」
「ほら、帰るぞ」
ぶつくさ文句を言う明里をひっぱりながら、帰宅の途につく烈であった。




