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143話 -袈裟斬り-

 


「傭兵に子供がさらわれたっていう言葉が聞こえた」


 走りながらミーラさんが言った。


「本当!?」


「やっぱり北門に向かっていったっていう話をしてる」


 僕には全然聞こえなかった。ミーラさんは普通の人よりもものすごく耳がいい。


「やっぱり犯人は南門に向かってる。逃げている途中でまた子供をさらったんだ」


 ひどい。犯人は子供を失う親の悲しみを想像することさえできないっていうのか。


「絶対に捕まえよう!」


 身体強化によって高速で流れていく街並みを見ながら僕は言った。


「うん。私もこんな非道なこと許せない、絶対に報いを受けさせる」


「大丈夫よモルン。たくさんの子供をさらうっていうことは、それだけ移動するのに時間がかかるっていうことだもの。きっと間に合うわ」


「ありがとうウミカ、ミーラさん」


 力強いふたりの言葉に目頭が熱くなる。


「見えた!南門だ!」


「あ!いた!」


 イゴセさんが倒れていた場所で見つけた物。


 それは藁の束。


 王都の中はいろいろな商人の人が行きかっている。この国で一番大きい街なのだからそれは当たり前のことだ。だから街の中には馬車が荷車を引いているのも普通に見かける光景。


 藁は軽いから大量に載せることが出来るので、藁を運ぶ荷車はいつも山盛りだ。一回で大量の荷物を運びたいのだからそれは当然のことだ。


 その山盛りの藁の中になら子供達を隠せるんじゃないか。それが僕たちが考えた誘拐犯が不自然じゃなく人が行きかう王都を脱出する方法だ。


「藁を積んだ荷車だ!」


「もうすぐ門から出ちゃう。急ごう!」


「でもどうしたらいい?素直に近づいていったらきっとイゴセさんと同じ目に会っちゃうかもしれないよ」


 そうだ。


 イゴセさんは犯人の情報を勘違いさせられた。つまり犯人は相手の思考を操るスキルを持っていると考えられる。


 せっかく犯人を見つけても、そのスキルを使われて僕たちの思考まで操られてしまっては子供たちを取り返すことが出来ない。


「大丈夫、私に考えがある」


 ウミカがはっきりと言った。




 ◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆◎◆



「ちょっと待ってください」


 荷車の主に向かって僕は言った。


「どうしたんだい?」


 振り向いたのは、長髪を左右に分けた細い目の男だった。


 いまこの南門の近くで大量の藁を積んだ荷車はこの一台だけ。僕たちの考えが正しければ犯人はこの男しかいない。


「ちょっとその藁のなかを確認させてもらえませんか?」


「何を言っているんだい?これは家畜に食べさせるためのもので、遊びの道具じゃないんだよ」


 驚いたような顔で言う。


「それはわかっています。実は僕の知り合いの子供が急に姿が見えなくなって困っているんです」


「ほう、それは心配だね」


「もしかしたらその藁の中に隠れているかもしれないんです。だからその中を探させてもらえませんか?」


 三角形の帽子をかぶったその男は狐のように見えた。


「なんだそういうことか。大丈夫、この中にはいないよ。さっき門を通るときに兵士の人に中を調べてもらったからね。あいつはそうやって私みたいな貧しい商人から税金を搾り取っているのさ。一緒に見たけどこの中には子供なんて隠れていなかったよ」


 笑いながら言う。


「街で騒ぎが起こっていたのはなんとなくわかってたけど、そういうことだったのか全然知らなかったよ。けどなんか北門って聞こえた気がするよ、そっちの方に行った方がいいんじゃないかい?」


「僕は南門の方だと思います」


「へぇ………なんでだろう、君はどうしてそんなことを考えたんだい?皆は反対方向だって言ってるんだよ。犯人はそっちに逃げたんじゃないのかい?」


「犯人ってなんのことですか?」


「はあ?」


「確かにいま街では子供が誘拐されたっていう騒ぎになっていますけど、さっきは何が起きてるのか知らないって言っていましたよね?事件があったってちゃんと知ってるじゃないですか」


「詳しいことは全然知らないって意味だよ。チラッとは聞こえていたからね」


 苛立ったように言った。


「知っているならそのなかを探させてください」


「だから言ったろ!このなかには誰もいないんだよ、こっちは忙しいんだよ。とっととどっか行け!」


 蠅を追い払うようにするがモルンは全く動じない。


「その中に子供がいないっていう子が分かるまではどこにも行きません。それにもう少ししたら知り合いの冒険者の人もここに向かってくるはずです」


「面倒くさい奴だな」


 舌打ちをして睨む。


「犯人はおかしいですよね、こんな明るいうちから子供をさらうなんて。普通なら人通りの少ない時間帯を狙います。しかも攫われた子供はひとりじゃない、こんなの普通じゃないと思います」


「世の中にはおかしい人がたくさんいるから気を付けたほうがいい。好奇心は猫を殺す、っていう言葉をしっているかい?行動力があるのは大したものだけどありすぎるのはよくないよ。人間ほどほどが一番だ、君も殺されないように注意したほうがいいね」


「僕は犯人がおかしいのは間違いないですが、ある程度考えたうえでこんなことをしたんだと思っています」


 モルンは男の言葉を無視していった。


「ちょうどいいスキルさえあれば解決できるんです」


「へぇ………」


「それなら人に見られたとしても不都合じゃない。というよりも逆に利用することができます、自分と全く違う人間を犯人に仕立て上げればいい」


「なかなか面白い考えだ」


「人間の記憶を操るスキル、それなら説明がつきます」


「よく考えられるねそんなこと、偉いよ。偉い偉い」


「聞きたいんですけどお兄さんはそういったスキルを持っていますか?」


「なにいってるのさ、それじゃあまるで私が子供をさらった犯人みたいな言い方だよ」


「答えてもらえますか?」


 それは今までとは違って雑巾を捩じったような笑い方だった。


「いいや、私はそんなスキル持ってないよ。というかスキル自体を持っていないんだ」


「それって嘘ですよね」


「何を根拠に言ってんのさ、だからガキは嫌いなんだよ。自分の思ってることが常に正しいと思い込んでやがる」


「子供をさらった屑野郎が持ってるスキルは大勢の相手に対しても使えるスキルだと思います。そうじゃないと成り立ちません、ひとりだけに対して催眠を掛けても他の人が違うことを言ってたらおしまいです」


 モルンが言った「屑野郎」に対して男は顔をゆがめた。


「どのくらいの範囲で使えるんですか?まさか街全体が範囲っていうことはないですよね?」


「そんなもん知るかよ」


「子供を攫うなんて心が痛まないんですか?」


 モルンはまっすぐに言い放った。


「付き合ってらんねぇな」


「あなたがやってることは情けないことです」


 話は終わりとばかりに行こうとした男の背に言う。


「あ?」


「スキルを使って自分よりも弱い子供を狙うって情けないですよね?」


「てめぇ舐めてんのか?」


「それって自分が子供をさらった犯人だって認めてますよね?僕は子供をさらった犯人に対して言っているんです」


「知らねぇよ!ボケ!」


「スキルは神様からの贈り物って言われているんですよ。それなのに哀れですよ、情けないですよ。こんなことにしかスキルを使えないんて。もっとまともに戦ったりとかすればいいじゃないですか、なんですか子供を狙うって」


「お前殺すわ」


 細い目が吊り上がっている。


「やっぱりお前が犯人だ」


「てめぇ目上の人間には敬語使えよボケが!」


「屑野郎相手に敬意なんて必要ない!」


 男の顔が歪んでいく。


「どんな死に方がいい?自分のことを蛆虫だと思い込んで一生を過ごすってのはどうだ?」


 男が馬車を降りた。


「蛆虫だよ蛆虫。どうだ?お前にも親兄弟がいるんだろうがもう二度と口を聞くこともできなくなるな、蛆虫に人間の言葉を喋るなんてことはできねぇんだからよ」


 首をななめに傾けながらモルンの元に歩く。


「さっきお前はスキルの範囲がどうのこうのって聞いてきたよな、それじゃあ教えてやるよ。お前はとっくに俺のスキルの中に入ってきてんだよ」


 頭が痛い。


「ウミカ………」


「なんだそりゃあ家族の名前か?だから言っただろ好奇心は猫を殺す、ってな」


「ウミカ………」


「情けねえ姿だな、さっきまで調子よくしゃべってたのはどこに行った?え?散々偉そうに好き勝手言いやがってよ、何が神様からのプレゼントだ。おいどうなんだよ神様からのプレゼントで死ぬ気分はよ、何か言ってみろよ!え!おい!」


「この程度なんともない」


「ちっ!なんだテメェも魔臓持ちかよ、魔臓を持ってる奴相手には効きにくいんだよな俺のスキルは。まあそれでも、複数の人間を相手にするよりお前みたいに一人を相手にする方がずっと効くぜ」


 モルンは膝をついた。


「さあどうだ、頭がぼやーっとしてきただろ?目の前が暗くなって来ただろ?無理に逆らおうとすると余計に頭が痛くなるぞ、力を抜け、俺の声をよく聞くんだ、そうすればゴボッ………、ご、ごごぉ、おお………」


 肩口から斜めにずり落ちていく。


「モルン!」


「ありがとうウミカ、僕は大丈夫だよ」


 水分が叩きつけられる音。


 男は体が真っ二つになってその場に崩れ落ちた。


「戦いでは周りの状況をよく見ておかなければいけない、敵はひとりとは限らない………」


 イゴセさんに何度も言われていたことの正しさを実感する。


「本当に大丈夫?無理しちゃだめだよ」


 ウミカが抱きしめてくれる。


「本当に大丈夫だよ。さっきまでは少し頭が痛かったんだけどウミカが斬ってくれたその時から痛みは全くなくなったんだ」


 ウミカの顔には嘘を見抜く魔道具の眼鏡。サブレさんに勝ってもらったものだ。僕が相手と喋りながら男が子供をさらった犯人なのかを聞きだす。嘘をついていれば魔道具で顔が赤く表示される。


 ウミカとミーラはスキルの餌食にならないように離れたところから男の反応を確認する。ミーラさんなら離れたところからでも、僕と男の会話を聞き取ることができる。


 そして僕が「ウミカ」という言葉を発したら、それは僕は目の前にいる男が間違いなく犯人だと思ったということ。


 全員が間違いなく犯人だと思った時点でウミカの出番。ウミカは道場で一緒に練習している僕よりもイゴセさんよりも動く速度が速い。だから男に気づかれないよう気を引いている間に距離を詰めて斬る、そういう作戦。


 血が流れ続けている。


 犯人の細い目が僕のことを見ている。何も写さなくなった目でじっと僕のことを見ている。


 イゴセさんから借りた剣から血が滴り落ちる。


 袈裟斬り。


 肩口から斜めに切り落とす。イゴセさんから教えてもらった斬り方。


 道場で一緒に練習をしてるから分かっていたけどウミカはやっぱりすごい。骨なんか全くないみたいに一刀で完全に両断している。そして速さ、一瞬で距離を詰めて相手が気が付く前に斬る。身体強化を使った移動も完璧だったと思う。


 ただ僕はウミカの心が心配だった。


 見た感じは大丈夫そうだけど、子供を助けるためとはいえ人を斬ったんだから。ウミカが犯人を切ることは決めていたけどまさかここまでやるとは思っていなかった。相手が逃げないように足とかを斬るものと思っていた。


 心配だ。


「わたし心配」


「え?」


 ウミカの言葉に驚いた。


「モルンのことが心配。さっきあの男に対しての言い方、まるであの男みたいだった」


「あの男ってサブレさんのこと?」


「あの相手を怒らせるような言い方。モルンはすごく悪い影響を受けているんだよ、わかる?」


「悪い影響って………あの時は相手の注意を僕のほうに向けさせてウミカとミーラさんに気付かれないようにするっていうので必死で。ちゃんとできてたでしょ?いいじゃない」


「あの男からは一回離れたほうがいい。モルンがどんどん悪い人間になっていくのが心配でたまらない」


「心配してるのは僕のほうだよ、ウミカこそ大丈夫?」


「私は全然大丈夫だよ、心配しないで。悪い奴はいなくなった方が世の中のためだと思う。だから罪悪感なんて全然感じてないの」


 ものすごくあっさり言われた。


「ああそう、それならよかった」


「無理しないでねモルン。辛くなったらいつでも言って?抱きしめてあげるから。人間ってね、自分一人じゃないってことが分かったら乗り越えられるんだって。モルンには私が付いているから」


「うん、わかった。ありがとう………」


 なぜか僕が妹に心配されていた。




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