126話 -冷静-
「震えが止まったね、いい顔してるじゃん」
「そう?」
「この女の子たちを逃がしたいなら逃がせばいいじゃん」
「それができないから困ってるんだよ」
「何言ってんの?」
「みんな足に力が入ってない、立ててないんだ。だから学校まで逃がすとしたら僕が一人一人を抱えていかなきゃならない。だけどそんなことしたらその間に、黒フードの男が来たら残った子が危ない。だから僕はいま動けないんだ」
「へぇ、思ったより考えてるじゃん」
「これだけ騒ぎを起こしているのに学校の中からは誰も助けに来ない。つまり学校の中には戦える人はいないってことじゃないのかな。なかなか難しい状況だと思う。これならいっそあの黒フードのところに行って先生と一緒に戦ったほうがいいかな。その場合は絶対に学校のほうに行かないようにしないといけないけど先生が倒されちゃったらもっとマズいことになるから」
「まるで他人事みたいに言うじゃん」
「そうだね」
言われて気が付いた。
「いまこの状況を真上から見たらどんな感じになるだろう、何をするのが一番いいんだろうって考えてたら少し冷静になれた」
「いいね。ひと皮むけたね、私はあの男のことは嫌いだけどあの男があんたのことを成長させていることは間違いないみたいだ」
あの男、サブレさんのことかな。
「ノアってサブレさんのこと嫌いだったんだ」
「今はそんなことどうだっていいだろ。とりあえず今あんたはこの子たちを逃がしたいってことだろ問題は」
「そうだけどさっきそれが難しいって話を」
「あたしがいる」
「えぇ!?」
ノアがものすごく伸びた。
「どうなってるの?!」
「見てれば分かるよ」
跳ねるように僕の手から離れたノアはその長い体でミカンさん、メロンさん、イチゴさんの三人をぐるぐる巻きにした。
「本当に何をやってるの?」
「なんだ勘が鈍い奴だな、見てわかんないのかよ。持ち運びしやすいようにしてやってんだろ。これでさっきあんたが言ってたような一人を逃がしている間に残りのふたりが危険になるっていうのは無くなるだろ。一回で3人を逃がせるんだからさ」
「ああ、そういうことか」
「腕を通せるようになってやったからリュックみたいに背負っていったらいい」
「ありがとうノア」
僕は荷物みたいにぐるぐる巻きになった三人を一気に背負った。
「いける」
思った以上に安定がいい、ノアによってしっかりと固定されているし、身体強化は3人の女の子を背負っても十分に動けるだけの力を与えてくれている。
僕は学校に向かって走り出した。戻ってこれるか少し心配だ、もしかしたら校長先生があの黒フードに勝ってくれるかもしれないと考えてしまっている。
きっと僕は逃げたんだ。このままみんなを学校の中で守を嘘をついてもうここには戻ってたくないんだと思う、きっと誰かが何とかしてくれるだろうと思いたいんだと思う。
けどそんなのは駄目。分かっている。きっと僕がいまここで逃げたらノアもサブレさんもきっと僕のことを見限るだろう。
それは分かっている、だから行くんだ。
「モルンなぜ戻ってきたんだ、君も学校の中に避難していなさい」
校長先生が言った。
「僕は自分にたいして良く戻ってこれたなって言いたいです」
「どういう意味だ、そして君はなぜそんなにも冷静なんだ?」
「冷静であろうとしているからです。いまここにいるのは僕じゃなくて勇者様で、これは勇者様が活躍する物語なんだと思い込もうとしているんです。そうじゃなかったらきっと僕はここに戻ってこれなかった」
一閃は足に。
僕は後方へと飛び退いた。追撃が来るかと思って身構えていたがそれは来なかった。黒フードの男は黒い仮面をかぶっていて表情を見ることはできない。けれど避けることができたことに少し驚いているのが伝わってきた。
「さあやろうかノア」
僕は握る手に力を込めた。
「痛いバカ!」
「えぇ………そんな」
「なにがやろうかだ、さっそく体に力が入ってるぞ。言われたことを忘れたのか?脱力、そういってただろあいつは」
「そうだった」
僕は軽く飛び跳ねながら手足をぶらぶらさせて体から力を抜くように心がける。
サブレさんは教えてくれた、脱力が大事なんだと。固まっている体では力も早さも何も手に入らないんだと。だから僕はイゴセさんの道場で毎日体から力を抜けるように意識していて、最初よりはできるようになってきたと思ってたけど初めての実践は僕の体をすっかり固くさせていた。
「いい感じだぞ、ただあの男の言うことはそんなに真に受けない方がいい。あんたまで腐っちまうからな」
「何言ってるのノア、そんなわけないじゃない」
一閃。
再び飛び退いて躱す。怖い、今度は首を狙って横薙ぎが来た。
「冷静に冷静に」
またしても固くなりそうだった体をほぐす。さっきからあの捻じ曲がった角みたいな剣は近くを通るたびに蠅のようにブーンという音を出している。
魔剣。
さっきノアはそう言っていた。あの剣は何か特別な効果を持っているに違いない。当たったら絶対にダメ。ここに来るまでの間に頭の中身が溢れ出しているゴリマツ先生の死体を越えてきた。あんな風になりたくなければ一度たりとも当たってはいけない。
飛び掛かっていった校長先生。僕に追撃が来ないようにしてくれたのかな?けど先生は額から大粒の汗が出ている。そう何回も助けてくれることはできないはずだ。
「ノア、僕はいま何をするべきかな?」
「何をするって戦うしかないだろ。あんたは逃げてるだけで一回も戦ってないじゃないのさ」
「そうなんだけど具体的にどうしたらいいのかっていう話が聞きたかったんだけど」
「そんなの自分で考えなよ」
「優しくないなノアは」
「フン!どうせ自分で何か考えがあるんだろ?思ったことをやればいい、そうじゃなきゃ成長は無いよ」
「わかったよ」
考えは一応ある。けどもしかしたらノアがもっといいアイディアを出してくれるかもしれないと期待していた。
僕は打ち合っている黒フードの男の後ろをとれるように動くことにした。気が付かなければいいな、と期待していたけどそれは無理なようで先生と打ち合いながらも僕に注意を払っているのが分かる。
怖い。
だから僕は大きく息を吸って吐いた。
「冷静に冷静に」
ノアのことを軽く握れていることを確認して、僕は一気に距離を詰めた。




