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125話

 



「オイちょっとあんた駄目だよ勝手に学校の中に入ってきたら!」


 その大きな声で僕は校門から怪しい人が入ってきているのに気が付いた。


「ねえミカン見てあの人」


「どうしたのメロンちゃん………」


「全身黒い服の男だ」


 さっきまですごく元気いっぱいだった女の子たちの雰囲気が変わった。


「君たち学校の中に入りなさい!」


 どうやら学校の先生らしき人が言った。


「校長先生、あれって吸血鬼ですか?」


 吸血鬼?


「いいから学校の中に入りなさい!」


 その声には力があった。


「モルン、君もだ、君もしばらくは学校の中に入っていなさい」


 サイドを刈り上げおでこを出した髪型、角ばった顔をしているこの人。多分この人は魔法使いだ。


 最近うっすらとわかるようになったんだけど魔法を使える人は普通の人とは違って、どこか声に力を感じる。声の大きさとかじゃなくてなにか胸の中に響くものがあるんだ。


「吸血鬼って何のことですか?」


 心臓が高鳴る、嫌な予感がする。


「オイ聞いているのか!止まれ!勝手に入って来るな!」


 さっきまで運動能力試験を見てくれていた大柄な体格のゴリマツ先生が黒いフードを目深にかぶった男に声を上げながら向かっていく。


「おぽ」


 軌道が見えた。


「君たちは下がっていなさい!!」


 先生の声が今までにないくらいの声量と緊迫感を持っていた。


 ずれた。


 ゆっくりと斜めにずれ落ちていく。


 びぢゃっ。


 ゴリマツ先生の頭の一部が水音を伴って地面に落ちた音がはっきりと聞こえた。


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 悲鳴のおかげで夢の中にいるように白く曇っていた視界がくっきりと晴れた。


 理不尽な暴力が始まった。あの時と同じだ、何もできなかったあの時。怖くて何もできなかったあの時と同じ状況。


「ミカンさん、メロンさん、イチゴさん学校の中に入って!」


 彼女たちはみな顔面蒼白だった。無理もないことだ、目の前で人が殺されたんだから。


 怖くて考えることも動くこともできていない彼女たちはあの時の僕と同じだ。いや、あの時の僕以上に怯えている、あの時僕にはサブレさんがいた。だからこれほど怖がってはいなかった、サブレさんがいるんだから何とかしてくれるというのは分かっていたから。


「ミカンさん、メロンさん、イチゴさん!!」


 僕は自分の声に思いのほか力があることに驚いた。恐怖は感じているけど僕の体は思いのほかこの状況に持ちこたえていた。


 2回目だから?それとも自分よりも怯えている人を見ているから逆に冷静になっているんだろうか?


 けど今はそんなことを言っている場合じゃない。みんなに逃げてもらわないと。男はゴリマツ先生のことなんかなんとも思っていないみたいにこっちに向かって歩いてきている。


 どざっ。


 血の水飛沫を伴いながらゴリマツ先生の体が地面に倒れた。


「モルン!君が彼女たちを連れて学校に避難するんだ」


 校長先生。彼女たちがそう言っていた人がはっきりとした声で言った。


「僕がですか?」


「彼女たちのことをよく観察してみなさい。すっかり足に力が入っていないよ。しばらくはまともに動けないだろう」


 言われて気が付いた。ミカンさんも、メロンさんも、イチゴさんも、みんな体が震えてその場に崩れ落ちて立つことすらできていなかった。


「ここは私が何とかしよう。君が彼女たちを逃がすんだ」


 そう言って右手を勢いよく振り下ろすと、そこにはなかったはずの槍があった。


「運が良かった。さっき君が学校の中に武器を持ち込んだという連絡を受けたから、万が一の時のために持ってきていたんだよ。そうじゃなかったら危なかった、私はまだ運に見放されていないぞ」


 そういって校長先生はいま人間の頭を切断した男に向かって歩き出した。


「逃げないと………」


「逃げる?この子ら置いて自分だけに逃げんの?」


 ポケットから声。


「まさか、そんなつもりはないよノア」


 僕は取り出したナイフを手のひらに乗せた。


「さっき自分で「逃げないと」って思いっきり言ってたじゃん」


「そんなこと僕言った?」


 恥ずかしい。自分では全然落ち着けているつもりでいたけど、本当は大分怖がっていたみたいだ。ノアのおかげで気が付くことができたし、少し笑えた。


「なんだよ無意識で言うくらいビビってるじゃん」


「うんビビってたみたいだね」


「なんだよその他人事みたいな言い方。そんなに怖いんならさ、逃げたらいいじゃん」


「え?」


「見てみなよ、あのふたりが戦ってるところを。この前襲ってきたみたいなど素人とは全然違うよ。生きたいんでしょ、逃げたらいいじゃん。あのデカい奴みたいに魔武器で頭蓋骨を脳味噌ごと切られたくなかったらね」


「魔武器?あの黒ずくめの男が使ってるのは魔武器なんだ」


「そんなもん見たらわかるだろ、あんなに無駄にでかくて捻じ曲がっててグロテスクなんだから。普通だったら使いにくいだけじゃん」


 そう言われてみればそう。男が振るっているのは捻じ曲がった動物の骨みたいな剣だ。


「逃げるなら早くしな、ほらあの先生はだんだんと押されてきてるよ。最初はよかったんだけど時間とと思に落ちてきた。そのうち殺されるのは目に見えてるよ」


「僕は逃げないよノア」


「何言ってんだ、いまだって足が震えてるじゃん」


 ああそうなんだ。さっき無意識で「逃げたい」って言ってたみたいだし僕の体は目の前のこの恐怖に怯えているのか。


「不思議だな、前よりも少しだけ落ち着いてる感じがする」


 王立魔法アカデミーの帰りに襲われた時は怖くて何もできそうになかった。


「僕より怯えている人がいるからなのかな」


 蹲って震えているミカンさん、メロンさん、イチゴさんを見下ろして思った。さっきノアは今回の人は前みたいな素人じゃないって言っていた。しかもあの時と違ってサブレさんがいない、つまりは前よりも状況ははるかに悪いってことだ。


「ノア」


「なんだよ」


「協力してくれる?」


「なんの協力だよ、逃げるための協力ならしない。あたしはそんなどうしようもない奴なんか大っ嫌いなんだから」


「まずこの子たちを学校まで連れていく。そしてあの黒フードの男を先生と協力して倒す。それに協力してほしい」


 落ち着け。


 パニックになるな。


 自分が今この状況ですべきことは何なのか、ちゃんと周囲の様子を見て理解して何ができるのかを考えるんだ。


 サブレさんの言葉であり、あの日から何度も自分に言い聞かせていた言葉。僕はサブレさんの力になりたいと本気で思っている。


 もしウミカがサブレさんに対して本気で危害をくわえようとするかもしれないっていうなら、僕はそれを止めたい。そう思っている。けれどあの時の僕は暴力に怯えて何もできなかった。


 変える。


 自分を変えるんだ。


 そうじゃなきゃきっとサブレさんは僕に対して失望するだろう。僕が近くにいることを赦してくれなくなってしまうだろ。


 変えるんだ。


 今のままだと欲しいものには手が届かない、やりたいことができない。だから自分を変えるんだ。



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