124話 -ゴリマツのお気持ち表明-
気を引き締めながら校庭へと踏み出したホーヤの目の前には思っていたのとは全く違う光景があった。
「これはどういうことなんだ?」
独り言を言った後で引き締めていた気を緩めながら歩く。
「ゴリマツ先生ご苦労様です」
「あ、ホーヤ校長お疲れ様です」
運動能力試験の片づけをしていたゴリマツが振り返って言った。
「いまさっきムーラン先生が飛び込んできてなにやら大変な事態になっていると言っていたので来てみたんのですが………」
「大変なこと?ああ………モルンのことですよね」
「そうです、そのことです」
「ちょっとした行き違いというか勘違いがありまして。モルンはどうやら編入試験というのは筆記試験のほかに戦いの腕を見る試験があると思っていたみたいなんです」
「うちで行うのは100m走だとか懸垂だったはずですよね」
「そうなんです、しかし本人にはそのことが伝わっていませんでした。どうやら編入試験に関して学校から届けられてきているはずの書類全てが来ていないそうなんです」
「なぜそんなことが?担当は誰ですか?」
「ええ、まああのぅ………トモミン先生ですね」
「また彼女ですか」
ホーヤは眉をひそめた。
「けど運動能力試験は満点でしたのでよほど筆記試験の出来が悪くなければ合格でしょうから問題は無いと思いますよ」
「大ありですよゴリマツ先生!」
「す、すいません」
ゴリマツは大きな体を縮めながら頭を下げた。
「書類の中には筆記試験の出題範囲について書いてあるのも含まれているんですよ、それが分からないのであれば公正な試験結果が出せなくなってしまいます」
「うぅぅ………けどトモミン先生も一生懸命頑張ってはくれていますし」
「そういう問題ではありませんよゴリマツ先生!」
「す、すいません」
「幸い筆記試験のほうも合格には届いているようですが、トモミン先生には減給などの処罰が下されることになりますね」
「ホーヤ校長それはちょっと厳しすぎるんじゃないですかね」
「彼女は最近失敗続きです、授業の最中に寝ていると言う話も聞いたばかりです。あの時は心を入れ替えて頑張るなんてことを言っていましたが、注意だけでは全く足りていないのは間違いないです」
「けど、あのぅ………トモミン先生は最近新しく買った黄色い鞄が結構な値段がしたみたいで金欠だと事あるごとに言っています。私が素敵な鞄ですね、って言った時に「ありがとうございます」って言った時のトモミン先生の表情、最高にかわいかったなぁ。いや別に変な意味じゃないですよもちろんね、ただ本当にいい鞄だと思ったんです。こう見えても私はファッションには気を使っている方でしてそういうのはよくわかるんです。そういうことですのでホーヤ校長、減給はちょっと厳しいんじゃないでしょうか」
何を言っているんだこの馬鹿は。
「ゴリマツ先生!」
「す、すいません」
ホーヤは大きなため息をついた。
「いまはモルンの話です。それで彼が戦いの腕を見て欲しいと言い出したのですね?」
「そうなんです。どうやらそれが無いのは筆記試験の出来が悪かったからだと勘違いをしていまして、筆記試験を挽回できるくらいに頑張るからどうにか見てくれないかと頼まれていたんです」
「そうだったんですか………それはいいとして何やら武器を持ち込んでいると聞きましたが?」
「ああ、ナイフですね。と言っても練習用のナイフですが」
「練習用?」
「ええ、目の前で見て最初はギョッとしたんですが、彼が刃を指で触ってみても全く切れていないんですよ。見かけはどう見ても本物のナイフでしたがあれは練習用です。試験では使い慣れたものを持参するのが当たり前だと聞いたと言っていました」
「緊張感を出すために使うやつですね」
「ああそうです、それに関しては私よりもホーヤ校長のほうがお詳しいですね。私は剣術なんかよりも筋肉を大きくすることの方に興味がありますので」
「そういうことですか。モルンは戦いの試験が無いことを聞いて諦めて引き下がったんですね?」
「はい、すぐに納得してくれました。説明している時にちょうどムーラン先生がやってきて、何があったのかとしつこく聞かれたものですから説明をしました。ただ説明の途中でナイフを見かけた途端に、転がるようにして叫びながら学校のほうへ走っていったので理解はしていなかったと思います」
「はぁ………」
そういうことか。
「ホーヤ校長、私思うのですがムーラン先生は小心者すぎて人騒がせなところがあります。この前も授業中に飛んできたゴキブリがたまたま口の中に入ったとかなんかで大騒ぎして、あろうことか授業を中断する騒ぎになりました。あれでは生徒を教育する立場として相応しいとは到底言えません、ゴキブリくらいで何ですか、私は家にいくらでもいて慣れているので全く驚きません。あの男はそれだけでなくて職員室でトモミン先生が横を通り過ぎた時には、鼻の穴を鼻よりも大きく膨らませてトモミン先生の匂いを嗅いでいました。気色悪いったらありませんよ、こんなことが本人にばれたら学校をやめてしまう可能性すらありますよ。同僚としてとても見過ごすことはできませんよ、そこで私から提案なんですがどうでしょう、トモミン先生を減給するのは止めて、代わりにムーラン先生を減給にすると言うのは、今回の件ではホーヤ校長にもご迷惑をかけたようですし」
何を言っているんだこの馬鹿は。
「今はその話をするのは止しましょう。それでどうしてモルンはうちの女子生徒に囲まれているのですか?」
イライラを押さえつつ聞く。
「ああそれですか………休校日であっても部活動は制限していませんからね、女子生徒たちはそのために来たんですよ。その時にたまたま運動能力試験をやっていましてね。始めは歩きながら眺めているだけだったんですが、なんだか数人が立ち止まって黄色い声を上げ始めたんですよ。走っている姿が格好いいだとか、懸垂している時の筋肉が素敵だとか、汗をぬぐってる姿が格好いいだとか、ぎゃーぎゃーわーわー言い始めましてうっとうしいったらないですよ。女というのは固まると強いですから、試験終了と同時にじわじわ近づいてきて気がついたらああですよ。モルンも困ったような顔をしていますけど本当に嫌ならはっきりと言ってやればいいんですよ、それを言わないってことはあの状況を楽しんでるってことです、ほんっと腹が立ちますねぇイチャイチャしやがって!もしそれを理由に減点できるなら思いっきり減点してやるところですよ」
何を言っているんだこの馬鹿は。
「そんなことで減点なんかできるわけないですよ」
確かに整った顔立ちをしている。ゴリマツとは違う中性的なタイプだ、それ以前にゴリマツは全く整った顔立ちはしていないので比較にすらならないのだが。
それでいて身体強化の使い手でもあるので普通の人間とは比べ物にならないくらい圧倒的な運動能力を持っているから運動をしている姿はさぞや格好よく見えるだろう。女子生徒たちが騒ぐのも自然なことだ。
「もちろんそれに関しては分かっていますが、どうしても納得できないこともあります。まあ確かに試験としては満点ですよ運動能力に関してはね。しかしそれはあくまでも身体強化を使っているからにすぎませんよ。そんなもの魔力切れを起こしたらどうなるんですか?やせっぽちの役立たずでしょう!それに比べて私なんかは走るにしろ懸垂にしろ完全に自分の肉体だけで勝負しています。見てください私の筋肉を!努力によって造り上げたこの美しい肉体こそが称賛されるべきじゃないですか。生まれながらの才能によって得られた力なんかは本物じゃありませんよ」
ヒートアップしすぎて顔がテカテカになっていくのが気色が悪い。大体にして自分は何を聞かされているのだろう。人生においてこれほど無駄な時間はない。ああ時間が過ぎていく、今日も早く帰ることはできそうもない。息子よ許してくれ、書類書類書類で父さんはお前の寝顔しか見ることができないんだ。
「顔だってそうです、顔なんてものは頭蓋骨を覆う肉でしかありません、それなのにいちいち格好いいだなんだの、そんなもので男を判断するのはどうかしている。どうせ肉を褒めるなら筋肉を褒めるべきです、筋肉というのは誰にでも作れます、しかし面倒くさがって誰もトレーニングをしません。その方が健康面から言っても間違いなくいいとわかっていてもです。しかし私は努力によって作り上げました、ただ重いものを持ち上げているだけじゃない。食事だってそうです毎日毎日鶏肉ばかり食べています。つらい、確かにつらい事は間違いないです、同じ食感ばかりでうんざりしています。しかし私は一日も欠かさず食べ続けています、食べることもトレーニングの一環だと理解しているからです。これだけ毎日鶏肉を食べているんですから私はそのうち大空を飛べるようになると思います鳥のようにね。はっはぁ!冗談です冗談、羽根はまだ生えてきてませんよ、どうです面白いでしょう。さあひと笑いしたところでさあ見てくださいよこの彫刻のような肉体を!胸板の厚さを!身体強化にはない本物を。好きなだけ見てくださいよ!」
なんとしつこい自己主張だろうか、こんなやつは女性どころか男からも嫌われるに決まっている。うんざりしながらつい言われるがままに見てしまってホーヤは激しい後悔に襲われた。
白のランニングシャツを着たゴリマツが両手を後頭部に回して筋肉をアピールしているのだが、全開になった両脇からとんでもない量の脇毛が飛び出している。さらにはその醜悪極まりない黒いワサワサが風になびいているのを見てしまった。
女子生徒たちはさっきとは体の角度を変えて、明らかにゴリマツに対して背を向けて、格好いい少年だけが目に入るようにするという防御態勢をとっていた。
まあそうだろうな、と思う。自分でさえ醜悪としか思えないのだから年頃の女子たちにとっては吐き気を催すレベルだろう。というか本当に何の時間なんだこれは。
「ん?」
色々とポーズをとりながら自分の筋肉を褒め続けているゴリマツを何と言って黙らせるかを考えていたが、校門からフードを目深にかぶった男が歩いてくるのが目に入った。




