第7話『ブラックコーヒーの洗礼と、謎のマウント』
「はぁー、やっぱりお母さんのご飯は、いつ食べても美味しいねえ!」
夕食をすっかり平らげたミナカは、満足げに椅子へ深くもたれかかった。
すると、キッチンで片付けをしていたお母さんが、ふふっと楽しそうに振り返る。
「さっきコンビニで買ってきたロールケーキ、みんなで食べましょうか?」
「やった! 食べる食べる!」
「じゃあ、お母さんがコーヒーでも淹れるわね」
その言葉に、ミナカがぴくりと反応した。
「……コーヒーって何?」
すかさず首を傾げ、私の耳元で小さな声で尋ねてくる。
私は少し意地悪な笑みを浮かべながら、教えてあげた。
「お茶によく似ているけれど、もっとずーっと、にがーい飲み物だよ」
「うげぇ……! せっかくあんなに美味しそうなロールケーキを食べるのに、わざわざそんな不味そうなものを一緒に飲むなんて、地上人の感覚はどうかしているわ」
「まあまあ、騙されたと思って飲んでみなって。お母さん、私のは砂糖とミルクをたっぷり入れて! お姉ちゃんの方は『ブラック』で!」
「ちょっと、勝手にブラックに決めないでよ!」
「大丈夫、大人の味だから」
「その言い方、絶対に大丈夫じゃないでしょ……!」
数分後。
テーブルの上には、丁寧に切り分けられたロールケーキと、湯気を立てるコーヒーのカップが並んでいた。
「はい、お待ちどうさま。ケーキとコーヒーね」
「さわ……。こんな真っ黒な液体、本当に飲めるのかしら?」
ミナカはブラックコーヒーのカップを手に取り、まじまじと眺めた。
「ていうか、さわのカップに入っているのは……なんだか少し濁ったドブ川みたいな色をしているけれど……」
「ドブ川って言うな!まあいいから、まずはロールケーキを食べてみなさいって。そのあとにコーヒーを飲んでみてよ」
「ふむ……。まあ、ケーキの味を確かめるのが先ね」
ミナカは半信半疑といった様子で、フォークを手に取った。
そして、ロールケーキを一口頬張る。
「んっ……!ふわふわのスポンジに、中の濃厚なクリームがとろけていく……! シンプルだけれど、これは最高の味わいね!」
「でしょ、でしょ?」
「さて……問題は、この真っ黒な液体ね」
ミナカは意を決したようにカップを持ち上げ、恐る恐るブラックコーヒーを一口含んだ。
「――っ!?」
瞬間、ミナカのルビー色の瞳が、カッと大きく見開かれた。
「な、なんだこれ……!舌を突くような強い苦味が、一瞬で口の中に広がる……!」
やっぱり、苦かったらしい。
私はニヤニヤしながら、ミナカの反応を見守った。
ところが――。
「けれど……!その直後に、ケーキの甘みがすっと引いて、口の中が完全にリセットされる……!そして、またあの甘いロールケーキが欲しくなる……!」
「ね? 最高でしょ、この無限ループ!」
「素晴らしい……!甘味と苦味の相乗効果による、完璧な味覚のコンビネーションだわ……!」
ミナカは興奮気味に叫ぶと、再びロールケーキを一口。そして、ブラックコーヒーを一口。
ケーキ、コーヒー、ケーキ、コーヒー……。
その手が止まる気配はない。
「甘いものを食べたあとに、この苦味で口の中を引き締める……。なるほど、これは実に合理的な組み合わせね!」
「いや、そんなに難しく考えなくてもいいんだけど……」
すっかりコーヒーの魅力にハマったミナカは、満足げにふうっと息を吐いた。
そして、ふと私の手元に置かれたカップに目を落とす。
「ねえ、さわ。どうして、さわのコーヒーは色が違うの?」
「ああ、こっちは砂糖とミルクをたっぷり入れてるからね」
「そういえば、さっき『サトウトミルクオタップリ』とかいう、謎の呪文みたいな言葉をお母さんに伝えていたわね……。そっちも私に飲ませてくれない?」
「え、いいけど……。はい、どうぞ」
ミナカは私のカップを引き寄せ、コーヒーを一口飲んだ。
「……甘い」
「そりゃ、砂糖もミルクもたっぷり入ってるからね」
「これはこれで、甘いものに甘いものを重ねる贅沢な悪魔的味わいね。悪くはないけれど……」
ミナカは自分のブラックコーヒーに視線を戻し、ふっと口元を緩めた。
「でも、やっぱり私はこっちのブラックかしら」
そう言って、ふんっと得意げに胸を張る。
そこへ、ちょうどお代わりのポットを持って通りかかったお母さんが、呆れたように笑いながら口を挟んだ。
「さわは、いつまでたっても子供舌だからねえ。まだあんな苦いブラックは飲めないのよね」
「ちょっと!お母さん、余計なこと言わないの!」
「はははっ、なるほどね。さわはお子様だな!」
ミナカは待ってましたとばかりに、私を見下ろしてニヤリと笑った。
「お姉ちゃんはすっかり大人だから、コーヒーの苦さの奥にある深みと美味しさが、ちゃんと分かるのよ!」
「……っ!」
ドヤ顔で言い放つミナカを見上げて、私は盛大なため息をついた。
――待てよ?
この前まで、お茶すら苦いって悶絶していたくせに……!
そもそも、ブラックコーヒーを飲めるようになったのだって、ついさっきじゃない!
それなのに、どうして私が子供扱いされなきゃいけないのよ!
エルフという謎のハイテク種族から、なぜかコーヒーをきっかけに謎のマウントを取られてしまった。
こうして私は、ミナカの得意げな笑顔を前に、なんだかものすごく悔しい夜を過ごすことになったのだった。




