第4話『平穏な日常の崩壊と、強引な理論』
「さわー! 朝よ!休日だからって、いつまで寝ているの!」
(うわあ……変な夢を見た)
私は布団の中で、ぼんやりと天井を見つめた。
(そうだよね。昨日、謎のエルフ型宇宙人が家に転がり込んできて、私の戸籍データを勝手にハッキングして、居候を決め込んだなんて……そんなことあるわけないもん)
(きっと学校の課題で疲れがたまって、悪夢を見ただけだよね。うん、そうに違いない)
私は現実逃避をしながら頭を振り、パジャマ姿のまま階段をトボトボと下りていった。
そして、リビングに足を踏み入れた瞬間――。
「遅いわよ、さわ。今日の朝食の焼き鮭と豆腐の味噌汁、最高ね!」
食卓の椅子に深々と腰掛けた銀髪の美少女が、満面の笑みで箸を動かしていた。
「皮目のパリッとした香ばしさに、ふっくらとした身からあふれ出す脂の旨味……! それを受け止める白米の甘みとの組み合わせだけでも芸術的なのに、そこへ追い打ちをかけるのが豆腐の味噌汁よ!」
彼女は味噌汁を一口すすり、うっとりと目を細めた。
「発酵食品ならではの奥深いコクと、体に染み渡る出汁の旨味……。栄養補給という概念を根底から覆す味わいだわ。これは何杯でもおかわりしたくなるわね!」
「……み、ミナーガさん!?」
そこにいたのは、昨日、私の家に勝手に住み着いた自称地底人だった。
しかも、すっかり日本の和食文化に順応している。
「さわ? 朝から何を寝ぼけたような顔をしているのかしら。ほら、早く席につきなさい」
彼女は当然のように私の方を向いた。
「いつまでも変な呼び方をしていないで、『ミナカお姉ちゃん』と呼びなさい!」
「……っ!」
私は頭を抱えた。
夢じゃなかった。
昨日の出来事はすべて、紛れもない現実だったのだ。
しかも、私が寝ている間に、彼女は家族の一員みたいな顔をして朝食まで食べている。
いったい、どこからツッコめばいいんだろう……。
*
「ちょっと、ミナーガさん!本当にうちに住み着く気なの!?」
朝食をどうにか終えた私は、ミナーガさん――いや、本人いわくミナカという名前らしいその不法滞在エルフを、自分の部屋へと引っ張り込んだ。
ドアを閉め、周囲に聞こえないよう声を潜めて詰め寄る。
「当たり前じゃない。ふかふかのベッドもあるし、この家の朝食は素晴らしいわ。昨日だって、あなたの両親は私を『大学に通っている自慢の長女』として温かく迎え入れてくれたじゃない」
ミナカは悪びれる様子もなく、得意げに胸を張った。
「まったく、この指輪の認知データ書き換え機能は優秀ね!」
「人の話を聞いてよ!っていうか、勝手に両親の記憶や認識をいじらないでよ! それ、立派な大犯罪だからね!?」
「細かいことを気にするわね、古代種は」
ミナカはひらひらと手を振った。
「それより、さわ。お姉ちゃんにおいしいお茶でも淹れなさい」
「淹れるかーっ! 昨日は苦くてまずいって言ってたじゃない!」
「そうだったかしら?」
「そうだったよ! ちょっと、真面目にミナーガさんとお話があります!今すぐそこに座りなさい!」
私は勉強机の椅子にドンと腰を下ろし、腕を組んで彼女を睨みつけた。
ミナカは仕方なさそうにベッドの端へ腰掛け、涼しい顔でこちらを見ている。
……なんで、この人はこんなに余裕なんだろう。
「いったい、ミナーガさんは何者なの?空も飛ぶし、人の記憶や戸籍も自由にいじれるし、昨日の今日で家族にまで溶け込んでいるし……。まるで地球侵略に来た宇宙人じゃない!」
「何を寝ぼけたことを言っているの?」
ミナカは心底不思議そうに首を傾げた。
「何度も言うけれど、宇宙人なんて非科学的なものがいるわけないじゃない。私は地底の閉塞感あふれる管理社会から、ちょっと地上観光に出てきただけの極めて優秀な地底人よ」
「地底からって……やっぱり本当に地底人なの!?」
『――肯定。マスターは地底人です』
ミナカのポケットから、例の指輪の合成音声が割り込んできた。
「いや、そこは本人が答えてよ!」
『――補足。マスターは自称エリート地底人でもあります』
「余計な補足をしないで!」
思わず叫んでしまった。
……この指輪、意外とノリがいいのかもしれない。
いや、そんなことを考えている場合じゃない!
「だいたいね!私たち、姉妹っていう設定なんでしょ!?」
私はミナカを指さした。
「だったら、顔も髪の色も骨格も、何もかも全然似ていないじゃない! 誰がどう見たって、血のつながりなんて一ミリもない赤の他人だよ!」
私の至極まともな指摘に、ミナカは「ふん」と鼻を鳴らした。
慌てるどころか、右手の指輪を人差し指でトントンと叩く。
「【アナルィゼ】、よろしく」
『――現在地の住民データベース、および古代種の遺伝的特徴を検索します』
部屋の中に、無機質な合成音声が響いた。
『――分析完了。古代種には、メラニン色素が極端に少ない個体群が存在します。東洋人の家系においても、遺伝的な変異により銀髪や赤い瞳を持つ個体が生まれる可能性は、理論上ゼロではありません』
『さらに、周囲の認識を強力に誘導することで、容姿の差異やその他の不整合をある程度補完できます』
「……だって」
ミナカは満足げに頷いた。
「完璧で隙のないロジックね。さすが私の指輪だわ。科学の勝利よ!」
「納得できるかーっ!理論上ゼロじゃないって言えば、何でも通ると思わないでよ!」
そもそも、問題はそこだけじゃない。
私は彼女の尖った耳を指さした。
「だいたい、その長い耳はどう説明するのよ!」
「ふふっ。そこは指輪に聞けばいいわ」
ミナカは、まるで待っていましたと言わんばかりに微笑んだ。
「ねえ、指輪?」
『――個性として認識させることで、説明を省略することが可能です』
「そんなわけあるかーっ!」
思わず部屋中に響く声で叫んでしまった。
もうダメだ。
この人と話していると、常識というものが何なのか分からなくなってくる。
「まあ、細かいことは気にしなくていいのよ」
ミナカは涼しい顔で腕を組んだ。
「私はこの家で『ミナカお姉ちゃん』として、あなたの面倒を見てあげるんだから。ありがたく思いなさい」
「ありがたくない! むしろ恐怖しかない!」
私の絶叫などどこ吹く風。
ミナカは窓から差し込む朝の光を眺めながら、ふっと優雅な笑みを浮かべた。
「それにしても、地上の朝は気持ちがいいわね。おいしい朝食もあるし、快適な寝床もある。ここでの生活は、思っていた以上に素晴らしいものになりそうだわ」
「私は思っていた以上に最悪な生活になりそうだよ……」
私はがっくりとうなだれた。
こうして、私の平穏だった日常は音を立てて崩れ去った。
地底からやってきた、自称エリートのオーパーツ少女。
彼女との前代未聞の奇妙な同居生活は、こうして本格的に幕を開けたのだった。




