第22話『休日のレトロ散歩と、小さな張り合い』
「今度、岩瀬の古い街並みに行ってみたいんだけど、一緒に行かない?」
サークルの部室で、あんこちゃんがスマホの画面をひょいと見せてきた。
「岩瀬?何があるの?」
「何があるってわけじゃないんだけど、古い街並みの中に、すっごく美味しいものがあるのよ!ミナカちゃんも絶対好きだと思う!」
「なるほど。それはぜひとも街並みを見学して、美味しいものも食べなくちゃね」
「もちこちゃんは?」
「楽しそうだから、私も行くよ。いつにする?」
「じゃあ……」
そんなわけで――。
私たち三人がやってきたのは、レトロな風情が残る東岩瀬駅。
駅を降りると、さっそく古い街並みを目指して歩き始めた。
「それで、本当に美味しいものがあるの?」
「もちろん!少し歩いたところに『天保』っていう素敵な食堂があるのよ。まずはお昼にしましょ!」
「まだ十一時よ?ちょっと早くない?」
「人気のお店だから、早めに行かないと混んじゃうの」
「私は準備万端よ。どこでもウェルカムだわ。もちろん、デザートの分までお腹は空けてあるわよ」
「さすがミナカちゃんね……って、ほら!もう行列ができてる!」
しばらく歩くと、目当ての食堂が見えてきた。
開店まであと十分もあるというのに、入口の前にはすでに十人ほどが並んでいる。
「ほらね、言ったとおりでしょ?」
「なるほど。人気店というのは本当のようね」
やがて開店時間になり、私たちは店内へと案内された。
足を踏み入れた瞬間、ミナカが店内を見回して目を丸くする。
「――なかなか趣があるわね」
「築二百年の土蔵を改装したお店なんだって!」
「それはすごいわね……私よりずいぶん年上だわ」
「そりゃそうでしょ!比べるまでもないでしょ!」
「私たち三人の年齢を足しても、まだ敵わないね」
もちことあんこが、からかうように笑った。
「ふふん。歴史ある建物というのは、それだけで価値があるものよ。地上人にしては、なかなか良い趣味をしているわね」
ミナカはどこまでも偉そうだった。
席についてメニューを広げると、さっそく料理選びが始まった。
「チャーシューが名物みたいね。でも、せっかくなら海の幸も食べたいのよね……」
「それなら、チャーシュー盛りをみんなで頼んで、あとはそれぞれ好きなものを注文するのはどう?」
「それ、いいね!私は海鮮丼にしようかな」
「じゃあ、私は煮魚定食!」
「私は今日暑いし、冷やしとろろ蕎麦にするわ!」
「「「決まり!」」」
注文を済ませて待っていると、店員さんが冷たいお茶を運んできてくれた。
「今日は暑いですよねぇ。よかったら、こちらもどうぞ」
そう言って、人数分の一文字うちわを置いていってくれる。
「わあ、うちわまであるんだ!」
もちこが手に取って、ぱたぱたと顔をあおいだ。
「あっ、見て見て!近くの競輪場でイベントをやってたみたい。昨日は有名なYouTuberの『はじめしゃちょー』が来てたんだって!見たかったなぁ……」
「プリキュアのイベントもやってたみたいだよ!」
「えーっ、それも見たかった!一日早く来ればよかったね」
あんこが残念そうに言うと、店員さんが笑顔で答えた。
「昨日はすごく混んでいたみたいですよ。今日みたいに、すんなり入れなかったかもしれませんね」
「あ、それもそっか!じゃあ、今日で正解だったね!」
三人で顔を見合わせて笑う。
そんな話をしているうちに、注文した料理が次々と運ばれてきた。
「お待たせしました。海鮮丼です!」
目の前に置かれた丼には、色とりどりの海の幸がたっぷりと盛られていた。
十種類ほどのネタが宝石のように輝き、どれも見るからに新鮮そうだ。
「うわぁ、すごい!どれから食べようかな……」
あんこが迷いながら箸を伸ばす。
プリプリとした魚介の食感に、ほどよい酸味の酢飯がよく合う。ひと口ごとに違う味わいが楽しめて、箸が止まらない。
「これ、タラかな?」
あんこが煮魚を口に運び、感心したように声を上げた。
「味がめちゃくちゃ染みてる!淡白な身に甘じょっぱい醤油の味が絡んで、ご飯が進むよ!」
ふっくらとした身をほぐし、ご飯と一緒に頬張る。これだけで、どんどん食べられそうだ。
一方、もちこは冷やしとろろ蕎麦を堪能していた。
「んーっ、冷たくて美味しい!とろろが蕎麦によく絡んで、つるっと食べられるね。今日みたいに暑い日には最高だよ!」
それぞれが自分の料理を楽しんでいると――。
「お待たせしました!名物のチャーシュー盛りです!」
「「「わぁ……!」」」
テーブルの中央に置かれた大皿には、食欲をそそる色合いのチャーシューがたっぷりと盛られていた。
三人は、さっそく箸を伸ばす。
そっと持ち上げただけで崩れてしまいそうなほど、肉はほろほろに柔らかい。
そして、一口。
――三人の動きが、ぴたりと止まった。
豚肉には、甘辛い醤油の味がじっくりと染み込んでいる。適度に脂がのっているのに、しつこさは感じない。
噛むたびに肉の旨味と脂身の甘さがじゅわっと広がり、口の中でほどけるように消えていく。
「なにこれ……すごいわね……」
ミナカが目を見開いたまま、もう一口頬張った。
「お肉なのに、口の中で溶けていくわ……!この柔らかさと、醤油の奥深い味わい……!長い年月をかけて磨き上げられた、食の技術の結晶ね!」
「ミナカちゃん、まだ一口目だよ!?」
もちこが笑う。
「一口目だからこそ、分かることがあるのよ!」
ミナカは胸を張ったものの、すぐに次の一切れへと箸を伸ばした。
「これ、何枚でも食べられそう……!」
「「「美味しい……っ!」」」
結局、三人とも夢中になってチャーシューを堪能した。
海鮮丼も、煮魚定食も、冷やしとろろ蕎麦も、もちろんきれいに完食。
「ごちそうさまでした!」
大満足で店を出ると、入口の前には先ほどよりも長い行列ができていた。
「ね? 早めに来て正解だったでしょ?」
「ええ。あのチャーシューを食べられただけでも、ここまで来た価値があったわね」
ミナカは満足げに頷いた。
「さて、次は甘いものよ!この先に名物のどら焼きがあるの!」
あんこに案内され、私たちは再び古い街並みを歩き始めた。
数分ほど歩いたところで、お目当てのお店が見えてきた。
「ここ!『大塚屋』!名物の『三角どら焼き』のお店よ!」
店先には、香ばしく甘い香りが漂っている。
小さな行列に並んで順番を待ち、私たちは無事に三角どら焼きを手に入れた。
店内には、お茶を飲みながら買ったお菓子を楽しめるスペースも用意されていた。
「お店の中でお茶までいただけるなんて、至れり尽くせりね」
ミナカは感心したように頷き、さっそくどら焼きを手に取った。
一般的などら焼きとは違い、生地がくるりと巻かれた三角形の形をしている。
ミナカは興味深そうに眺めてから、一口かじった。
「――これは、いいわね……」
ふわりとした生地の香ばしさ。その内側から現れる、しっとりとした粒あんの存在感。
生地の風味と、あんこの上品な甘さが絶妙に調和している。
「この形だからこそ、あんこの味わいが引き立つのね……!見た目の個性だけでなく、味にもきちんと意味がある。素晴らしいわ!」
ミナカは感心しながら、もう一口。
そして、あっという間に食べ終えてしまった。
「……もう一度並んで、さわにも買って帰らなくちゃ」
「ミナカちゃん、親バカならぬ姉バカを発揮してるよ」
もちこがくすくすと笑う。
「当然よ。妹に美味しいものを食べさせるのは、姉の重要な責務だもの!」
ミナカは当然のように言い切った。
まったく……。私がその場にいなくても、相変わらず姉ぶりを発揮しているらしい。
もっとも、お土産を買ってきてくれるのは嬉しいけれど。
店を出てすぐのところで、あんこが向かいのお店を指さした。
「あっ、見て!『酒商 田尻本店』に甘酒って書いてある!飲んでいかない?」
「待ちなさい、あんこ!私たちはまだ未成年よ!飲酒はダメだわ!」
ミナカがぴしっと人差し指を立て、いかにも姉らしい口調で注意した。
「ミナカちゃん、甘酒にはアルコールが入っていないものもあるんだよ。そういうものなら、私たちでも飲めるよ!」
「なるほど!もちこは物知りね。よし、頭を撫でてあげよう!」
ミナカがすっと手を伸ばす。
しかし、もちこはひょいっと身をかわした。
「えへへ、残念でした!」
「むっ……!なかなか素早いわね……!」
「いや、普通に避けただけだからね?」
あんこが呆れたように突っ込む。
そんなやり取りをしながら、私たちは店内へと入った。
「すみません、甘酒ってどんな種類がありますか?」
あんこが尋ねると、店主さんが今日用意されている甘酒を紹介してくれた。
「せっかくだから、三人で違うものを頼んで、少しずつシェアしない?」
「いいね!いろいろ飲み比べてみたい!」
「賛成よ。未知の味を比較するのは、知的好奇心を満たすうえでも重要だもの!」
こうして、それぞれが違う甘酒を選ぶことになった。
「あんこは、どれにするの?」
「私は地元・福井のお米、『いちほまれ』を使った甘酒にする!」
「じゃあ、私はなめらかな口当たりが特徴の『シルキー糀甘酒』にするね」
「私は富山の『昔ながらの麹あま酒』にしようかしら」
小さなカップに少しずつ分けてもらい、三人で飲み比べを始めた。
まずは、あんこが選んだ福井の『いちほまれ』。
ひと口飲むと、お米の豊かな旨味と上品な甘みが広がった。ほどよく残る粒の食感も心地よく、米そのものの美味しさをじっくり味わえる。
「わあ、これ、お米の甘みがしっかりしてる!すごく贅沢な感じがするね!」
あんこが嬉しそうに笑った。
次は、もちこが選んだ『シルキー糀甘酒』。
口に含むと、その名のとおり、絹のようになめらかな舌触りが広がる。
「本当にシルキーだね!すっと飲めて、後味もすっきりしてる。これなら、普段から気軽に楽しめそう!」
もちこはカップを傾け、残りの甘酒も味わった。
そして最後は、ミナカが選んだ富山の『昔ながらの麹あま酒』。
こちらは、もち米ならではの深いコクと自然な甘みがじんわりと広がる。
どこか懐かしさを感じさせる、ほっとする味わいだ。
「……これは、体に染み渡るような優しさね」
ミナカはカップを両手で包み、しみじみと呟いた。
「甘さの中に深みがあって、飲み終えたあとも余韻が残る……。歩き回って疲れた体に、ちょうどいいわ」
「「「どれも全然違う……!」」」
三人は顔を見合わせた。
同じ北陸のお米から作られた甘酒でも、原料や製法によって味わいも口当たりも大きく変わる。
お米の旨味をしっかり感じられるもの。絹のようになめらかなもの。そして、深いコクと懐かしさを感じさせるもの。
それぞれに個性があり、どれも甲乙つけがたい美味しさだった。
もちろん、三人とも心の中では、自分の選んだ甘酒が一番だと思っていた。
それでも、口から出てくるのは同じ言葉。
「美味しいね!」
顔を見合わせた三人は、思わずくすっと笑い合った。
こうして私たちは、岩瀬の古い街並みと北陸の味覚をたっぷり満喫した。
美味しいものを食べて、街を歩いて、新しい発見をして。
そんな贅沢な小旅行は、最後まで和やかな笑顔に包まれていたのだった。




