第19話『見習い落語と、未知の甘味』
ガタゴトと揺れるバスに身を任せながら、ミナカ、もちこ、あんこの三人は八尾へと向かっていた。
今日の目的は、落語研究会の先輩たちが地域の福祉活動の一環として行われる寄席の見学だ。
三人はまだ落語の練習中ということもあり、今回は見学に加えて、出囃子の補佐など裏方の仕事を手伝うことになっていた。
やがてバスは山あいの坂の町へと入り、風情ある家並みが窓の向こうを流れていく。そんな景色を眺めているうちに、目的地の公民館へ到着した。
扉を開けると、会場はすでに地元のお年寄りや子供たちで賑わっていた。
「うわ、思ってたより結構人が来てるね」
「毎年の恒例行事だから、みんな楽しみにしてるみたいだよ」
「……ということは、私たちも来年はあそこで何か披露しなきゃいけないってことよね?」
あんこの言葉に、ミナカはごくりと喉を鳴らした。
来年、自分があの高座に上がっている姿を想像したのだろうか。ミナカの額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。
「ま、まあ、そのときになったら考えればいいわ……!」
未来への不安を振り払うように、ミナカは気を取り直して裏方の準備に取りかかった。
やがて、先輩たちによる寄席が始まった。
高座から繰り出される軽妙な語りと絶妙な間に、会場は大きな笑い声に包まれていく。
その一方、舞台裏の三人はというと、出囃子を流すタイミングを気にしたり、めくりを返し忘れていないか確認したりと大忙しだった。
「次、これで合ってるよね……?」
「うん、たぶん大丈夫!」
「たぶんじゃ困るのよ、もちこちゃん!」
小声で確認し合いながらも、三人はなんとか自分たちの役割をやり遂げた。
すべての演目が終わり、ようやくほっと一息ついていると、施設のおばあさんが満面の笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「みんな、お疲れ様!地元の皆さんから、お茶と一緒にどうぞって」
「わっ、本当ですか!いただきます!」
ミナカは目を輝かせ、周りの子供たちに負けないくらい元気よく返事をした。
どうやら、舞台裏の緊張もすっかり吹き飛んだらしい。
お皿の上に並んでいたのは、こんがりと焼き色のついた、四角い小さなお菓子だった。
「……これ、たまご焼き?」
ミナカは不思議そうに一つつまみ上げた。
見た目はしっかり焼き固められているのに、指先に伝わる感触は驚くほど柔らかい。
「なんだか、普通のたまご焼きとは違うわね……?」
首を傾げるミナカの隣で、もちこがふと目を細めた。
「あれ、これって『玉天』じゃない?」
「あら、お嬢さん、よく知ってるねぇ」
おばあさんは嬉しそうに目を細めた。
「ミナカちゃん、これは八尾の銘菓、おわら玉天っていうお菓子だよ。泡立てた卵白に砂糖と寒天を加えて固め、卵黄をまとわせて焼き上げるんだって。包み紙のデザインは、版画家の棟方志功が手がけたものらしいよ」
「な、なんですって……! そんな素晴らしい由来があるのなら、敬意を払って今すぐいただかないと罰が当たるわね!」
ミナカは玉天を口へ運ぶと、ぱくりと一口かじった。
その瞬間、彼女の目がまん丸になる。
表面はふんわりと香ばしい。ところが、ひと口かじると、その内側からつるりとした独特の食感が顔を出した。
卵と砂糖が生み出す優しい甘さに、ほんのりと漂う日本酒の風味。口の中に残るのは、どこか上品で大人びた余韻だった。
「なにこれ……!表面の素朴な食感から一転して、中はこんなにつるんとしているなんて……!」
ミナカは、手元の玉天をしげしげと見つめた。
「この味を知っている人なら、きっとまた食べたくなる。そして、初めて食べた人は、この不思議な食感に驚かされる……。まさに『銘菓』の名に偽りなしね!」
そのあまりにも真剣な語り口に、あんこがくすりと笑った。
「一口食べただけで、そこまで熱く語れるのはさすがミナカだね」
「ふふふ。甘味の探求者に終わりはないわ。私のセンサーは、この八尾の町にはまだまだ未知の美味しいものが眠っていると告げているの!」
ミナカが自信満々に胸を張ったところで、控え室から荷物を抱えた部長がひょっこりと顔を出した。
「みんな、お疲れー!いったんここで解散だけど、まだ見学していってもいいからねー」
部長の声が、賑やかな会場に響き渡った。
「よし、それなら次の目的地へ向かいましょう!」
「えっ、ミナカちゃん、もう次のこと考えてるの?」
もちこが苦笑する。
「当然よ。八尾には、まだまだ調査すべき美味しいものがあるんだから!」
すっかり食べ歩きモードに入ったミナカに、あんこともちこは顔を見合わせた。
こうして三人は、八尾曳山展示館の向かいにある『蕎麦屋少兵衛』へと足を向け、少し遅めの昼食を取ることにした。
運ばれてきた蕎麦を前に、ミナカはまず、その姿をじっくりと観察する。
「ほう……。この蕎麦、エッジが立っていて、水切りもいい。切りむらや端切れも見当たらないわね」
「食べる前から、そんなところまで見てるんだ……」
あんこが呆れ半分、感心半分といった表情でつぶやいた。
ミナカは気にする様子もなく、蕎麦を箸で持ち上げると、つゆにつけて口へ運んだ。
「……!」
ひと口味わったミナカの表情が、みるみるうちにほころんでいく。
「蕎麦の味も香りも驚くほど豊か。それに、このもちもちとした食感も素晴らしいわ……。付け合わせのねぎと大根おろしも、蕎麦の風味を引き立てている。文句のつけようがないわね」
ミナカは満足げにうなずき、もう一口、蕎麦をすすった。
「この蕎麦を食べるためだけに、八尾へ通いたいくらいだわ」
「ミナカちゃんの言う通りかも。すごく美味しいね」
もちこも納得したようにうなずき、蕎麦を味わった。
その後、三人は八尾の和紙が持つ繊細な美しさに触れ、おわらの優美な音楽と踊りを楽しみ、曳山の豪華絢爛な姿も見学した。
伝統文化から食まで、八尾の魅力をたっぷり満喫した三人。そんな中、あんこがふと思い出したように二人へ声をかけた。
「そういえば、ミナカちゃん。八尾といえば風の盆や古い町並み、曳山が有名だけど……実は、隠れたスイーツの名所でもあるの。知ってた?」
「もちろんよ。『小蔵亀寿堂』や『越中八尾ベースOYATSU』、『喫茶店のピッコロ』など、チェックすべき場所は多いわね」
ミナカが得意げに答えると、もちこがぱっと顔を輝かせた。
「今日はね、『ヒミツキチ』に行ってみたくて!」
「まあ、もちこちゃんも少年の心を忘れていないのね。秘密基地でいったい何をして遊ぶつもりかしら?」
「ミナカちゃん、違うよ!『ヒミツキチ』っていうのは、隠れた映えスイーツのお店なの。女子なら押さえておきたいスポットなんだから!」
「そうなの……?まだまだ私の現代日本スイーツ研究には、未開拓の分野が残されているようね……!」
ミナカは、まるで重大な研究課題を突きつけられたかのように、神妙な顔でうなずいた。
八尾の伝統文化をたっぷり満喫した三人は、少し足を延ばして、郊外にあるスイーツ店へ向かうことにした。
もちこの案内でたどり着いたのは、かわいらしいピンク色の扉が目を引くお店だった。
店内に一歩足を踏み入れると、ピンクを基調としたパステルカラーが視界いっぱいに広がった。
壁も小物も、どこを見ても可愛らしさが満載。まさに「カワイイ」に全振りした空間だ。
「これが……『映え』というやつなのね……!」
ミナカは目をぱちくりさせながら、店内をぐるりと見回した。
「うん!せっかくだから、ケーキをいくつか頼んでシェアしようよ!」
もちこの提案で、三人はチョコミントケーキ、チーズムース、チェリーパイを注文した。
テーブルに並んだ色鮮やかなケーキを前に、もちこはさっそくスマホを構えた。
「見て見て、このチョコミントケーキ! チョコのスポンジにミントクリームが何層にも重なってて、上にもたっぷり! 最高!」
もちこは嬉しそうに写真を撮り、満足げに画面を確認する。
「こっちのチーズムースも可愛くない?漫画に出てくるチーズみたいに穴が開いてるデザイン、遊び心があっていい感じ!」
あんこも楽しそうにフォークを伸ばした。
「そして、このチェリーパイ……。アメリカンな雰囲気の濃厚なチェリーの甘さに、ほどよい酸味が加わっている。なるほど、このバランスは絶妙ね……!」
ミナカもチェリーパイをひと口味わい、うっとりと目を細めた。
三人はそれぞれのケーキを少しずつ分け合い、感想を言い合いながら食べ進めていく。
どのスイーツもしっかりとした甘みがありながら、コーヒーとの相性も抜群だった。
何より、友達と一緒に、見た目も味も最高のスイーツを楽しんでいる。その時間そのものが、たまらなく贅沢だった。
「ふう……。これは、なかなか侮れないわね」
ミナカはフォークを置き、満足そうに息をついた。
「このお店だけでも、何度か通わないと八尾のスイーツの全貌はつかめそうにないわ……」
「じゃあ、また一緒に来ようね!」
もちこが笑顔で言うと、あんこもすぐにうなずいた。
「うん。まだ行ってみたいお店もあるしね」
「ええ、もちろんよ!次回は、今回調査できなかったスイーツを徹底的に研究するわ!」
ミナカの宣言に、二人は思わず笑い声を上げた。
こうして三人は、再び坂の町・八尾を訪れることを心に誓い、心地よい満足感に包まれながら帰路についた。
カロリーを消費したのか、それとも摂取したのか。
もはや誰にもわからない散策だったが、三人にとっては大成功の一日だった。
甘い余韻を胸いっぱいに抱きながら、バスは夕暮れの八尾を後にした。




