第13話『炭火の煙と、無限ループの夜』
「今度の週末、落研の新入生歓迎コンパがあるんだけど、もちこちゃん、ミナカちゃん、参加する?」
安城にそう誘われ、ミナカは首をかしげた。
「あんこちゃんは参加するの?」
「もちろんよ!今回は私の地元、福井発祥の老舗焼き鳥チェーン『秋吉』だからね。おいしいのは保証するよ! 二人もお腹いっぱい食べちゃおう!」
「焼き鳥……?豚ではなく、文字どおり鳥の肉を焼くの?」
「ミナカちゃん、もしかして豚串派?」
「いや、そもそも私は『焼き鳥』をまだ一度もインプットしていない。未踏の領域だわ」
「本当に!? 珍しいね!じゃあ決定、みんなで参加しよう! 絶対楽しいから!」
「待って!『秋吉』という店は、確か酒類を主に扱う居酒屋ではなかったか?私たちはまだ法的年齢に達していない未成年なのだけれど、大丈夫なの?……実際は九十歳だけど」
「安心して!未成年でもソフトドリンクで楽しめるし、ちゃんと未成年向けの席に案内してもらえるから問題ないよ!」
「ふむ……それなら、未知の鳥肉のテイスティングを兼ねて、参加を許可するわ」
「やったね!もちこちゃんは?」
「お酒を飲まなくてよくて、おいしいご飯が食べられるなら喜んで!」
*
週末。
街の賑わいの中、私たち三人は目的地の秋吉へとやってきた。
「うわぁ……週末だから、めちゃくちゃ賑わってるね!すみませーん!高芸の落研なんですけど……!」
もちこが店員さんに声をかける。
「はい、いらっしゃい!皆さんは未成年のお客さんかな?」
「「「はいっ!」」」
「じゃあ、未成年の皆さんはこちらの席へどうぞー!」
どうやら、未成年と成人で席を分けているらしい。
案内された席に滑り込むと、周囲からは楽しげな話し声と、焼き鳥の焼ける音が聞こえてきた。
「みんな、そろったかな?それでは、落研の新入生を歓迎しまして――カンパーイ!」
ウーロン茶の入ったグラスを掲げ、賑やかな乾杯が始まった。
ほどなくして、威勢のいい声が響く。
「ねぎま、じゅんけい、あか、しろ!お待たせ!次々焼き上げていくからね!」
香ばしい煙をまとった串が、次々とテーブルに運ばれてくる。
炭火で焼かれた肉の香りが鼻をくすぐる。
ミナカはさっそく一本を手に取り、ひと口かじった。
その瞬間――。
「――なんなの、これは……っ!」
赤い瞳がカッと見開かれた。
「どう?おいしいでしょ、ミナカちゃん!」
「あんこちゃん、これは……美味しい!小さいから油断したけれど、噛むたびに肉汁があふれ出してくる!炭火の香ばしさが脳の神経を直接刺激するわ!千本でも無限に食べられそうな美味しさね!」
「でしょー!ねぎって普段はあまり食べない子もいるけど、ここの『ねぎま』は別格だよね。鶏の旨味が染み込んだネギと、炭火の香ばしさがたまらないの!」
「私は、この歯ごたえ抜群の『じゅんけい』が好きだな」
もちこが、じゅんけいをひと口かじりながら言った。
「もちこ、じゅんけいとは何だ?」
「親鶏の肉のことよ。歯ごたえがしっかりしていて、噛めば噛むほど旨味が出てくるんだから」
「なるほど……。では、こちらの『ピートロ』は?」
ミナカが別の串を手に取ると、あんこが嬉しそうに身を乗り出した。
「おっ、それ、あたしのお気に入り! 特製の甘味噌と、ちょっと酸味の効いたタレが絶品なんだよね。はい、ミナカちゃんもどうぞ!」
ミナカはピートロを口に運び、じっくりと咀嚼した。
「……これはまた、まったく異なるベクトルから攻めてくる美味しさね。他のタレ焼きとは違うアクセントになっている……!」
ミナカは、目の前に並んだ串を見比べながら、感心したように頷いた。
「これを間に挟むことで、再びねぎまやじゅんけいを食べたくなる……。恐ろしいまでの『無限ループ・プロトコル』だわ!」
テーブルの脇には、串休めのキャベツやきゅうり、香ばしく焼かれたししとうやピーマンも並んでいた。
「私は純粋に、肉のデータだけで構成したいのだけれど……」
「まあまあ、騙されたと思って食べてみてよ!」
もちこに勧められ、ミナカは渋々キャベツをひと口。
塩や味噌をつけて食べると、脂の旨味が残る口の中がさっぱりと整えられた。きゅうりのみずみずしさも心地よく、また焼き鳥に手を伸ばしたくなる。
「……なるほど。口内環境をリセットし、次の肉の味覚情報をより鮮明に認識させる役割があるのね」
「そんな難しいこと考えなくても、おいしいでしょ?」
「もちろんよ。これを食べないと、カロリー収支的に損をした気分になるわ……!」
ミナカは真剣な顔で頷いた。
ししとうのほろ苦さや、ピーマンの香ばしさも、炭火の風味とよく合っている。
「お待たせしましたー!揚げたての『串カツ』、こちらでーす!」
店員さんの声に、ミナカは顔を上げた。
「串カツ?我々は今、焼き鳥屋にいるはずだけれど……?」
「秋吉に来たら、これを頼まないなんて選択肢はないのよ!」
「そうそう、マストだよねー!」
あんこともちこが口をそろえた。
二人がそこまで言うのなら、試さないわけにはいかない。
運ばれてきた串カツを、ミナカは専用の濃厚なタレにたっぷりとくぐらせた。衣の隅々にまでタレをまとわせ、勢いよくかぶりつく。
サクッ!
香ばしい衣の内側から、熱々の肉汁がじゅわっと広がった。
「――くっ!このソースを味わうために串カツがあり、串カツを美味しく食べるためにソースがある……!」
ミナカは串を握りしめ、感動に震えた。
「なんという素晴らしい相関関係……!」
テーブルの上には、肉のタレやからし、さらなる味の変化を楽しむための「にんにくなんば」も並んでいる。
ひと口ごとに味を変え、次の串へと手を伸ばす。
気づけば、目の前の串入れは、あっという間に串でいっぱいになっていた。
*
「それじゃあ、また来週の部活でね!」
先輩や仲間たちと別れ、私たち三人は夜の駅へと歩き出した。
「ふう……食べた食べた。ミナカちゃん、どうだった?」
もちこが満足そうにお腹をさすりながら尋ねる。
「最初は串のサイズが小さくて、私を侮っているのかと思ったけれど……」
ミナカは、先ほどまでの宴を思い返すように目を細めた。
「小分けにされた串を次々と口に運ぶ、あのライブ感……。実に合理的で楽しかったわ。また三人でも来ましょうね!」
「ふふっ、気に入ってくれてよかった!」
あんこが笑い、もちこも嬉しそうに頷いた。
ふと、ミナカは夜空を見上げた。
そこには、地底の洞窟には決して存在しない、満天の星が広がっていた。
足元のアスファルトは冷たかった。
けれど、胃袋の奥には、炭火の温もりと美味しい料理の余韻が残っている。
――地上での生活も、案外悪くないものね。
ミナカはそんなことを思いながら、二人の後を追いかけた。




