第12話『落語研究会の門と、プルプルの味』
「ねえ、ミナカちゃん。大学のサークルって、どこか入らないの?」
講義が終わったあと、もちこが何気なく尋ねてきた。
「サークル?そんなものに、わざわざ私の貴重なリソースを割く必要があるのかしら? もちこちゃんは相変わらず、変わったことに興味があるのね」
「そう?周りはみんな結構入ってるし、友達も増えると思うけど……」
「入って、一体何をするというの?」
「それは所属するサークルによるでしょ。運動系だったり、文化系だったり、いろいろあるんだよ」
「ふむ……。そういえば、学校の裏の広場に、何やら怪しげなサークルがあったわね……」
「いや、怪しくはないと思うけど……。まあ、忍術研究会とかヒーロー研究会とか、一部ちょっと気になる団体はあるけどね」
もちこは少し考えてから、ミナカに提案した。
「とりあえず、あとで見に行ってみない?」
「いいでしょう。私の高度な解析能力で、そのサークルの正体を暴いてやろうではないか!」
*
授業のあと、二人は大学のサークル棟の近くまでやってきた。
「あった、あった!」
もちこが声を上げる。
その視線の先には、校庭の端に石を丸く並べたスペースがあった。
「……なるほど。こんな丸い陣地に入りたいなんて、やっぱり地上人は発想が不思議ね」
「えっ?」
もちこが止める間もなく、ミナカは石で囲まれた場所へスタスタと歩いていった。
そして、その中央にちょこんと正座する。
「もちこも早く入ったら?」
ミナカは自分の隣の地面を、ぽんぽんと叩いた。
「ちょ、ちょっと待って、ミナカちゃん!違うよ、そういうストーンサークルみたいなものじゃなくて、クラブ活動の団体のこと!」
「あら、そうなの?」
「そうなの!もう、天然すぎて面白すぎるでしょ!」
もちこは笑いをこらえながら、ミナカの手を引いて立たせた。
「いっそのこと、うちの『落研』に入ったら?」
「落研……?ねえ、指輪。落研とは、いったい何のデータかしら?」
『検索中……。落研とは、日本の伝統話芸である「落語」を研究・実演する大学の部活動、「落語研究会」の略称です』
「なるほど。つまり、高度な話芸という娯楽のプロトコルを解析するギルドというわけね……」
ミナカは腕を組み、ふむ、と頷いた。
「ちょっと面白そうじゃない。もちこちゃん、行ってみましょう!」
「切り替え、早っ!」
*
二人は「落語研究会」と書かれた扉の前に立った。
もちこがノックすると、中から明るい声が返ってくる。
「はーい!開いてますから、どうぞー!」
「失礼します。あの、落研に興味があって……」
「ちょっとミナカちゃん!?もう入る前提なの!?」
もちこが慌てている間に、ミナカはさっさと扉を開けていた。
「おっ、入部希望者ですか!」
部室にいた先輩が、嬉しそうに立ち上がる。
「うちは落語だけじゃなくて、出囃子の三味線を演奏する音楽隊もあるんですよ。それに女子部員も多いですし、楽しいサークルです。ささ、中へどうぞ!」
「ほう。音楽的な音響データの解析も兼ねられるのね。それなら興味があるわ」
「三味線……?」
ミナカはふと、何かを思い出したように指輪へと視線を落とした。
「指輪、念のため説明してちょうだい」
『三味線とは、日本の伝統的な三弦楽器です。歴史的には、胴の皮に猫や犬などの動物の皮が使用されてきました』
「な……なんですって……!?」
ミナカの顔から、さっと血の気が引いた。
「まさか古代種は、あんなに可愛い猫の皮を剥ぎ取って楽器に加工しているというの……!?なんという残酷な文化……!温厚そうな顔をして、恐ろしい野蛮なカルチャーを育んでいたのね……!」
「えっ、いやいや!」
先輩が慌てて両手を振った。
「今、部で使っている三味線は、ほとんどが合成皮革だからね!猫が犠牲になることはないから、安心して!」
「そ、そうなの……?」
ミナカはようやく安堵の息をついた。
「なるほど……。伝統というものも、時代とともに進化しているのね」
「そうそう。だから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
もちこも苦笑しながら補足する。
「まあ、伝統話芸とやらの話術や音響構造には興味があるし、面白そうじゃない。一緒に入りましょうよ!」
「うん、いいね!私も一緒に見学しようかな」
もちこが頷いた、そのときだった。
ガチャリ!
部室の扉が勢いよく開き、ショートカットの活発そうな女の子がひょっこりと顔を出した。
「何々?入部希望者?」
彼女は二人を見るなり、にっこりと笑った。
「私、映像学科一年の安城裕子!よろしくね!」
「うむ、あんこちゃんね。よろしく頼むわ」
「なっ、何!? そのあだ名!私、安城だからね!?」
「私は田中ミナカ。こっちは、もちこちゃんよ!」
「持田小春です。よろしくね、裕子ちゃん!」
「よろしくね!あ、そうだそうだ!」
安城は思い出したように鞄をごそごそと探り、涼しげなプラスチック容器を取り出した。
「ちょうど地元の名産、御菓子処 伊勢屋の『水饅頭』があるの! 誰かいたら一緒に食べようと思って持ってきたんだけど、二人も先輩も、みんなで食べない?」
「水饅頭……?」
ミナカの赤い瞳が、ぴくりと反応した。
「そう!ひんやりプルプルしていて、これからの季節にぴったりなんだよ!」
「……なるほど。新たな解析対象というわけね」
こうして、急きょ部室でお茶会が開かれることになった。
皿の上に置かれたのは、透明感のある生地に包まれ、内側の餡がうっすらと透けて見える美しい和菓子だった。
ミナカは目を輝かせ、じっとそれを見つめる。
「なんだ、これは……。透明なゼリー状の組織の中に、黒い球体が浮遊しているぞ……!」
「ふふっ。ミナカちゃん、水饅頭を食べるのは初めて?」
「さっきまで冷蔵庫で冷やしていたから、ひんやりして美味しいよ!」
安城が楽しそうに勧める。
「ふむ……。それでは、解析を兼ねていただきます」
ミナカは箸で水饅頭をそっと切り分け、その一片を慎重に口へ運んだ。
その瞬間――。
「――っ!な、何なの、これは……!」
「おっ、どう?」
「プルプルとした外側が、口の中でほどけていく……! その直後、中のこし餡の上品な甘さが広がって、繊細な味のグラデーションが脳に直接響いてくる……!」
ミナカは驚きに目を見開いた。
「なんという口どけ……!冷たさと甘さの調和まで計算されているかのようだわ……!」
「でしょ? 美味しいよねぇ!」
安城は得意げに笑った。
「私のアレンジなんだけれども、これにきなこをかけて食べると、また違った美味しさになるんだよ!」
そう言って、安城はきなこを取り出し、ミナカの水饅頭にぱらりと振りかけた。
ミナカは再びひと口。
先ほどのすっきりとした甘さに、きなこの香ばしさが加わる。しっとりとした生地にきなこがまとわりつき、口の中で新たな風味が広がった。
「……これは、味覚データの更新が必要ね!」
ミナカは真剣な顔で頷いた。
「何個でも食べられそうだわ……!でも、最後には熱いお茶が一杯欲しくなるわね」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の部員たちが顔を見合わせた。
「「……まんじゅうこわい?」」
「……え?」
なぜか周囲がくすくすと笑い始める。
自分だけがまったく文脈を理解できていないミナカは、きょとんと首を傾げるのだった。




