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どうでもいいと割り切ったとはいえ、オリヴィアにとってただただ苦痛だった移動の旅が終わり、ようやく、一つ目の目的地であるマケラ子爵邸に着いた。
肉体的にも精神的にも疲労しているオリヴィアに対し、グレースはとても元気で、早く言いたくて待ちきれないとばかりに、あいさつもそこそこに、マケラ子爵夫妻に、帰省した一番の目的を告げはじめた。
オリヴィアとデイルが口を挟む間もなく、グレースがデイルを好きだったこと。デイルもグレースを想ってくれていたこと。なにより、それをオリヴィアが応援してくれると言ってくれたことを、興奮しながら語ってみせた。
両親はそれを祝福してくれると信じて疑わない。そんな思いが、グレースの態度や言動から強く伝わってきた。反吐が出そうだったが、それはこの場においてにかぎり、間違ってはいなかった。
実際、マケラ子爵夫人は「まあ、まあっ」とグレースの話を聞きながら、ただ単純に、感激している様子だった。対してマケラ子爵は、少々困惑しているようだった。しかし、オリヴィアはその訳を、きちんと理解していた。
マケラ子爵は別に、オリヴィアが傷付いているかどうかを心配しているわけではない。そんな心をオリヴィアに対して持ち合わせているのなら、オリヴィアはここまで、デイルに依存せずにすんだかもしれない。
「グレースが幸せになるのはとても喜ばしいことだが……ペルソン伯爵たちは、それを許してくれるのか? ペルソン伯爵夫人は、ナタリアの親友だった人だ。だからこそ、デイルとオリヴィアの婚約は結ばれた。なのに……」
予想通りの不安を、マケラ子爵は口にした。普通の思考回路を持つ人間、まして貴族なら、そこを気にしないわけがない。あのデイルでさえそうだったように。
けれど、グレースとマケラ子爵夫人は、まるで理解できないとでもいうように、不思議そうに首をかしげていた。これもまた、オリヴィアの予想通りの反応ではあった。
「だって、あたしとデイル様は愛し合っていて、それを他でもないお義姉様が応援すると言ってくれたんですよ? それを反対するなんてひどいこと、デイル様の親がします?」
「そうですよ、あなた」
似たもの親子ねと、オリヴィアが静観する。マケラ子爵は顎に手を当て、不安そうな口調で、デイルに視線を移した。
「このこと、ペルソン伯爵とペルソン伯爵夫人にはまだ知らせていない、よな?」
先に了承してもらっていてくれ、という願いを込めた質問だったが、デイルは気まずそうに、首を左右にふった。
「……いえ、これからです」
マケラ子爵は、だろうな、と肩を落とし、今度はオリヴィアに顔を向けてきた。それは、帰宅して、はじめて父親と目が合った瞬間だった。
「オリヴィア、いいのか? 本当に、二人の婚約を認めるんだな?」
オリヴィアが納得しているなら、ペルソン伯爵夫妻も説得できると考えたのだろう。念を押すように、マケラ子爵がやや強い口調で聞いてきた。
やはりというか。オリヴィアの心を心配する人は、ここには誰もいなかった。そして、デイルとグレースを嗜めるものも、怒るものも、誰も存在しなかった。
目の前にいる人たちは、全員、オリヴィアがどれほどデイルを愛していたか、知らないはずがないにもかかわらず、これだ。
吐き気がしたが、オリヴィアはそれを、決して表には出さなかった。
「はい」
オリヴィアは迷うことなく、はっきり答えた。デイルに未練はない。グレースの幸せを願うと、本音と嘘を交えながら。マケラ子爵は、そうか、と覚悟を決めたようだった。
「わかった。それがみなの願いなら、もうなにも言うまい。すぐにペルソン伯爵に手紙を出し、返事をもらいしだい、ペルソン伯爵邸に行くとしよう。そしてグレースとデイルの婚約を認めてもらうのだ」
マケラ子爵が宣言すると、オリヴィア以外の全員が、はい、と元気よく声を揃えた。
(……よく言うわ。なにがみなの願いよ)
しかし、もし、あの悪夢が正夢だったとしたら。オリヴィアはここ、マケラ子爵邸の応接室で、最低な裏切りをされたあげく、大怪我を負わされ、それなのにお前のためだと意味がわからない理由で放置されていた。
それを想像すれば、すべてがまだ、悪くないと思えた。
ちなみにその場にはマケラ子爵家の使用人たちもいたが、何人かがオリヴィアに憐れみの目を向ける程度で、疑問の声を投げかける者は、当たり前だが、誰一人としていなかった。
目の前にいる人たち同様、この屋敷の使用人たちにも、もう何年も前から期待はしていなかったので、オリヴィアが特にそれを哀しいと感じることは、幸か不幸か、なかった。




