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翌朝。
まずは、婚約のことなどなにも触れず、夏季休暇で娘たちもこちらに帰ってきているので、久しぶりにみんなで会いませんかとだけ書いた手紙を、マケラ子爵は遣いに託した。もちろん、デイルがオリヴィアたちと一緒にいることも知らせた。
ペルソン伯爵からの返事はその日の夕刻には届き、ぜひにとのことだった。
♢♢♢
次の日の、早朝。
オリヴィアとマケラ子爵家一家、デイルは揃って、ペルソン伯爵邸に向かった。浮かれて沸き立つマケラ子爵夫人とグレース。対し、もうすぐペルソン伯爵夫妻と対面する緊張からか。マケラ子爵とデイルは、ペルソン伯爵邸が近付くにつれ、口数が少なくなっていった。
オリヴィアは同じ馬車に乗ってはいたが、何一つ、会話には参加しなかった。ただ、早くこの人たちから離れたい。そのことだけを考えていた。
♢♢♢
「──父上、母上。ただいま戻りました」
出迎えてくれたペルソン伯爵夫妻に、デイルがまず、あいさつをした。少々緊張した面持ちの息子を不思議そうに見ながらも、二人は「お帰りなさい」と、笑顔で返していた。
応接室に案内され、どうぞと席を勧められたマケラ子爵一家は、並んで席に着いた。オリヴィアもとりあえず、本当は心底嫌だったが、マケラ子爵の隣に座った。
なにか言われるかな、と少し思ってはみたものの、マケラ子爵はオリヴィアにかまっている余裕がないのか、気にもとめていないようだった。
(隣に座るな、とか言ってくれたら、ペルソン伯爵夫人の隣に行けるのにな)
デイルはどうするのだろうと見ていると、デイルはペルソン伯爵夫人の隣に腰を下ろしていた。
さてどうやって、誰から話を切り出すのだろうか。もはや他人事のように、オリヴィアは観察することにした。
しばらくは当たり障りのない会話が続いていたが、ふいにペルソン伯爵夫人が、会話に入ってこないオリヴィアに、気遣うように声をかけてきた。
「今日はとても静かですね。移動で疲れてしまったのですか? 大丈夫?」
「…………え?」
王都を出立してからこれまで、ずっと空気のような扱いを受け続け、それが当然となってしまっていたオリヴィアは、気遣われたことに、素直に驚いてしまった。とっさだったので、情けないことに、声すら掠れていた。
「大丈夫、です」
そう。ペルソン伯爵夫妻は、デイルやマケラ子爵夫妻とは違い、オリヴィアを対等に扱ってくれる人たちだ。ちゃんと知ってる。でも。
(……でもきっと、それも終わり)
デイルだって、はじめはそうだった。でも、もうマケラ子爵夫妻と同じになってしまった。お前なんかより、グレースが大事だと、言葉ではなく、態度で示されるようになった。
だから、ペルソン伯爵夫妻も変わってしまうのだろう。
このときのオリヴィアは、そんなことを、本気で思っていた。
「そう? もし辛かったら、二階のお部屋で休んできたらどうで──」
「だ、大丈夫ですよ!」
ペルソン伯爵夫人を遮るように声を上げたのは、デイルだった。しかしそのあと、はっとしたように唇を引き結んでいた。
そのデイルの一連の行動の訳を、オリヴィアは嫌でも理解できてしまった。
(デイルとグレースの仲を、わたしが応援しているという証言がどうしても必要だものね)
冷ややかな心で思う。
そんなデイルにペルソン伯爵が「お前、なんだかずっと心ここにあらずといった感じだな」と、眉をひそめた。
同じ疑問を抱いていたのか、ペルソン伯爵夫人がそれに続いた。
「わたくしもそれは感じていました。ねえ、デイル。それはオリヴィアにこの場にいてほしいことと、なにか関係があるのですか?」
鋭い指摘に、デイルが冷や汗を流す。助けを求めるようにデイルはマケラ子爵に視線を向けたが、マケラ子爵もまだ、覚悟が決まっていないようだった。
オリヴィアはこの件に関して口を出すつもりは一切なかったので、ただ黙って成り行きを見ていた。
しん。
とたんに、水を打ったような静けさが、応接室に広まった。ペルソン伯爵夫妻が、質問に答えない息子を、やや訝しげに見つめる。
そんな中、我慢ができなくなったように、最初に声を発したのは、やはりというか、なんというか。
グレースだった。




