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夏季休暇がはじまったその日に、オリヴィアたち三人は、マケラ子爵領へと向かった。急かしたのはもちろんオリヴィアだったが、二人が反対することはもちろんなく、大賛成を得たうえで、出立した。
馬車での移動の最中、デイルとグレースは呆れるほど、ずっと浮き足だっていた。隣同士に座り、オリヴィアの存在を忘れ、幸せそうに微笑み合っている。やっと堂々と、誰に遠慮することなく睦み合えると言わんばかりに。
しかしどうしてか。オリヴィアの目には、あまり以前と変わりがないように見えた。
もしかしてオリヴィアに見せつけたい意図もあったのかもしれないが、それに対して、オリヴィアはもう、なにも感じなくなっていた。
そもそもオリヴィアが二人の仲を応援すると意思表示する前から、デイルはオリヴィアよりグレースにかまい、気遣い、比べるのが馬鹿らしくなるぐらい、グレースと多く会話していた。
最初のころ。デイルに、どうしてグレースとばかり話すの、と訊ねたことがあった。デイルいわく、彼女は楽しい話しかしないから、元気をもらえるのだと答えていた。
元平民だからという理由だけで学園のみんなから避けられているのに、それを嘆いたりせず、明るく生きている。その姿が眩しく、誇らしい。デイルが、そんなことをオリヴィアに漏らしていたことをふと思い出した。
──じゃあ、わたしは?
実母を亡くし、実父の愛人と隠し子と暮らさざるを得なくなったわたしのことは、どう思っているの?
そう問いかけたかったが、オリヴィアは聞けなかった。まだデイルに依存していたときだったから、ショックから、声をなくしていたといった方が正しかったのかもしれない。
だってあの言い方では、お前と会話しても楽しくない。元気になれないと言っているのと同義だったから。
振り返ってみれば、お前よりグレースの方が大事だと、はっきり言葉にしないだけで、デイルはずっと、オリヴィアに遠回しに伝えていたのかもしれない。
ペルソン伯爵夫妻にオリヴィアが気に入られているのは知っているから、自分からは言えない。だからずっと、オリヴィアから嫌われるのを待っていたのかもしれない。
だとすれば、この状況は、デイルの思惑通りということになる。そう思うと、少し癪だった。
(それでも愛されていると思い込もうとしていたわたしは、本当に馬鹿で、愚かだったわ)
あの悪夢が正夢だったのかどうか。それはもう、オリヴィアの中では重要ではなくなっていた。
(だってわたしは、気付かないふりをやめて、ちゃんと受け止めた。婚約者と義妹が愛し合っているという現実を。愛されていない事実を)
これであの流れになることはない。自分の命が家族と婚約者にとってどれほど軽いものだったか、思い知ることもなくなったのだ。
あのまま気付かないふりを続けていれば、あれが正夢だったかどうか確認できたかもしれないが、それと引き換えに命を失うつもりは毛頭なかった。
デイルとグレースが、互いに愛し合っていると認めたところを目撃した使用人たちも旅に付いてきてくれているため、たとえペルソン伯爵夫妻を目の前にして怖じ気づいたデイルがなにを言おうと、少なくとも、デイルとオリヴィアとの婚約は破棄できるだろう。
(……あとはもう、どうなろうがどうでもいいか。ペルソン伯爵家の一員になれないのは残念だけど、デイルと結婚するぐらいなら、全然、諦められるわ)
これでデイルとは離れられる。しかし──。
両親に嫌われないようにグレースに優しく接するのに、オリヴィアはもう随分と、精神をすり減らしていた。しかしデイルへの期待を諦め、デイルが絡んだグレースへの嫉妬を止めると、精神的に、少し楽になったのを実感した。
ならば。
(マケラ子爵家から離れたら、わたしはもっと楽になれる?)
ペルソン伯爵の別邸を出て──というより、デイルとの婚約を破棄、または解消すれば、ペルソン伯爵家とは繋がりがなくなるので、学園の寮に入ろうと思っていたが、そうなれば、デイルとグレースに、学園で顔を付きあわせる機会が残ってしまう。
いや、デイルはまだともかく、グレースは空気なんてまるで読めない子だから、おかまないなしに、変わりなく話しかけてくる可能性は非常に高い。
ならいっそ王立学園を辞めて、修道女になるのもいいかもしれない。義妹に婚約者をとられた女なんて、もう誰も相手にしてくれないだろうし。少なくとも、まともな貴族令息との婚約は絶望的だろう。
両親も、オリヴィアへの対応は持て余しているはずだから、喜んで承諾してくれるだろう。本当は家族水入らず、暮らしたいだろうから。
(無事にデイルとグレースの婚約が決まったら、お願いしてみよう)
馬車の窓から空を見上げたオリヴィアは、なんだか一気に肩の力が抜けた気がして、そんなことを密かに決意していた。




