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じんと悦に浸ったように感動しているデイルとグレース。そして、それを笑顔で見ているオリヴィア。
その光景に、食堂にいる使用人たちは、全員、絶句していた。
オリヴィア付きの侍女とグレース付きの侍女以外は、ペルソン伯爵家の使用人だ。いったい目の前で行われていた会話はなんだったのかと、目と耳を疑っている様子だった。
オリヴィアはわざと、使用人たちのいる前でこの話をした。万が一のときのための、証人が欲しかったからだ。マケラ子爵夫妻はきっと喜んでデイルとグレースの交際を認めるはずだが、ペルソン伯爵夫妻はそう簡単にはいかないだろう。
いまは浮かれているからいいが、いざペルソン伯爵夫妻に詰め寄られたとき、グレースはともかく、デイルは保身に走るかもしれない。それはオリヴィアには許せなかったし、なによりもう、デイルとの未来が想像できなくなっていたから。
あっさり婚約者の妹を愛していると認めたデイルと、姉の婚約者を愛していると認めたグレース。
オリヴィア自身、こうもうまくいくとは思っていなかったし、オリヴィアがあの悪夢を見るまでどれほどデイルを愛していたか。それを誰より知っているはずのデイルとグレースが、悪びれるどころか感謝しかしていないことが、内心では吐き気がするぐらい気持ち悪くてしかたなかった。
使用人たちも、二人の──もちろんデイルとグレースの仲の良さには気付いていただろう。しかし、こんな展開、流石に誰も予想できていなかったはずだ。
デイルとグレースが相思相愛であることをあっさり認めたのはもちろんのこと、なにより、オリヴィアの行動が、異常に思えたろう。
使用人たちだって、オリヴィアがどれほどデイルを愛していたか、知っていたから。だからこれは、誰がどうみてもおかしかった。なにか企んでいるのではないかと疑ってしまうほどだったが、しかし、デイルとグレースは、どうしてかオリヴィアを信じきってしまっているようだった。
だが、使用人たちが口を挟めるわけもなく。話はどんどん、主にオリヴィアによって、おかしな方向へ進んでいく。
「じきに夏季休暇がはじまるわ。そしたらすぐにお父様たちのところにみんなで行って、このことを伝えましょう。そしたら正式に、グレースがデイルの婚約者になれるわ」
グレースは、はい、と涙ぐみながら嬉しそうに返事をしたが、正式に、という単語に、デイルは少し我に返ったようだった。
「……で、でも。そんなに簡単に納得してもらえるかな。特に父上と母上は、オリヴィアをとても気に入っていたし」
「最初は驚かせてしまうかもしれないけど、親というのは、誰より子どもの幸せを願うものよ。あなたが必死に訴えたら、おばさまたちはきっと納得してくれるわ」
これに嘘はなかった。もしかしたらマケラ子爵たちとは違い、ペルソン伯爵たちは、デイルを叱ってくれるかもしれない。
けれどデイルは愛する我が子で、オリヴィアは所詮、他人の子どもだ。しかも相手は、同じマケラ子爵の、愛している子どもの方のグレースだ。
子爵令嬢と結婚することにかわりはないのだから、デイルが愛する人とどうしても結婚したいと訴えれば、ペルソン伯爵たちは結局はそれを認めるのではないか。
そんな諦めが、オリヴィアの中には強くあった。どうせ誰も、わたしの味方にはなってくれないと。
「そう、かな」
迷うデイルに、グレースが「あたしも、みんなに認めてもらえるように頑張りますから!」と励ます。現金なもので、とたんに元気が出たように、デイルは希望に満ちた顔をした。
「そうだね。頑張って父上たちを説得するよ」
ようやく、話がまとまった。もう大丈夫だろうと思ったオリヴィアが、そっと肩の力を抜く。顔からも、必死につくっていた笑顔が薄れていく。
デイルとグレースが、オリヴィアの目の前で、楽しそうに、さっそく未来の会話をはじめた。
「お父様たちになんて伝えましょう。きっと、とても驚いちゃいますよね」
「だね。でも、父上たちの方が手強そうだから、なにか作戦を考えた方がいいかも」
沸き立つ食堂。黙り込むオリヴィア。それはいつもと、なんら変わらない光景だった。
たった一押しするだけで、話は残酷なほど、簡単に進んだ。それはオリヴィアが望んだことではあったが、それでもオリヴィアは、矛盾しているのは承知の上で、なんだか酷く、惨めだった。
(……わたしがデイルと過ごした時間は、いったいなんだったんだろう)
好きだという感情は、もうだいぶ薄れた。それでも、デイルと一緒に過ごした十年以上のときがすべて無駄だったと思い知ったこの瞬間だけは、少しだけ、泣きそうになってしまった。
夏季休暇になったらすぐに両親に会いにいって、ペルソン伯爵邸にも行って。デイルとの婚約を解消して、そしたら一刻も早く、もうどんなかたちでもいいから、この二人と離れたい。二度と顔を見なくていいようにしたい。
もはやオリヴィアの存在など忘れたように、幸せそうに微笑み合う二人の会話を流し聞きしながら、オリヴィアはただひたすら、そんなことを願っていた。




