5
「そ、そんなの、きみに決まっているじゃないか」
白々しい台詞を吐きながら、デイルは僅かに視線を逸らした。その態度に、オリヴィアは思わず「は?」と、声に出してしまいそうになった。とてもじゃないが嬉しいとは思えず、あの悪夢を見る前なら馬鹿みたいに喜んでいたのだろうかと考えながら、オリヴィアは妙に冷静になり、黙考した。
(……わたしとデイルの婚約は、親が決めたもの。貴族の婚約は、そんな軽いものじゃない。いくらデイルだって、そんなことぐらい、理解しているはずだわ)
そうだ。こんな聞き方じゃ、デイルは本音を吐かない。なら、どうすればいいのか。必死に思考を動かし、オリヴィアは口火を切った。
デイルの言葉は本音の可能性もあったのに、もはやオリヴィアの中では、嘘をついているという認識が消えなかった。
「ありがとう。でもね、わたしはもう、あなたが本当は誰を愛しているか、気付いているの。グレースの想いにもね」
デイルがあきらかに、ぎくりと動揺するのが伝わってきた。なのに、オリヴィアは傷付いていなかった。そのことに気付かないほど、オリヴィアはいつの間にか、デイルに本心を吐き出させることに必死になっていた。
「……ぼくが愛しているのはきみだ」
目も合わせず、よく言う。後ろ暗いことがあると白状しているようなものだ。
オリヴィアはとにかく、優しい口調で、たたみかける。
「デイル、わたしはね。あなたのことも、グレースのことも愛しているの。だから本音を聞かせて? わたしは二人に嫌われたくないの」
「……オリヴィア」
「わたしのことを想うなら、お願い。嘘はつかないで。そしたら二人のこと、全力で応援できるから」
胸の前で腕を組み、瞳を潤ます。そうしてようやくデイルが「……そこまでぼくたちのことを」と、感動するように声を漏らした。
しかし。
「……でも、きみを傷付けたくないんだ」
これまで散々グレースを優先し、庇い、オリヴィアに対して冷たい言葉を吐いてきたくせに、なにをいまさら。そもそもこの男は、グレースへの想いを隠すつもりがあったのかどうかさえ、いまのオリヴィアには疑わしく思えてならなかった。
そんな想いをぐっとこらえ、オリヴィアは続けた。相手はもう白状したも同然だったが、ちゃんとした答えが欲しかったから。
「あなたは、グレースが好き?」
できるかぎりの優しい口調で問いかけると、デイルは少しの間のあと、小さくこくりと頷いた。
ずきりと胸が痛む──ことは不思議となかった。むしろ、やっと言質をとれたという思いのほうが強かった。そしていつの間にか緊張は、とっくになくなっていた。
「そう、教えてくれてありがとう」
オリヴィアがすっきりしたように笑顔で礼を述べると、デイルが慌てたように声を張り上げた。
「で、でも! きみのことも大事に思っている! それは本当だから!」
オリヴィアが動きを止め、目を丸くする。
「そうなの?」
思わず素で返してしまったオリヴィアに、デイルが「あ、当たり前じゃないか」と狼狽える。オリヴィアは別に、デイルの言い分を信じたから驚いたのではなく、もしこれまでの行動や言動があれでも、実はほんの少しでもオリヴィアを大事だと思っていたというのなら、どうかしている、と思っただけだ。
しかし狼狽える理由を考えるのも問いただすのももはや面倒で、オリヴィアは「それじゃあ、時間をとらせてごめんなさい。おやすみ」と背を向けた。
デイルの「……え?」という素っ頓狂な声が背後から聞こえたオリヴィアは、何の気なしに振り返った。
「どうかしたの?」
「いや……きみがあまりにも冷静に見えて……でも、違うよね。ぼくに涙を見せまいとしてくれたんだよね……ごめん。無神経だった」
オリヴィアはなんだか、ぞわっとした。それは単純にデイルが気持ち悪かったからなのだが、ずっとデイルに依存していたオリヴィアは、すぐにその感情の正体を理解することはできなかった。
「……ああ、うん。そうね」
そう答えるだけで、オリヴィアは精一杯だった。
(デイルの中では、わたしはデイルを愛していて。それでもデイルと──グレースのために身を引いた、可哀想な女という認識なのね)
その通りではある。なにも間違っていない。はずだったが──。
悪夢と現実のデイルが重なり、あんな酷いことも、あの人たちなら、デイルならしかねないと思った時点で、デイルへの依存は消えたのかもしれない。
デイルの吐いた台詞、行動を振り返ってみれば、どうして愛されていると思えたのか、思い込めたのか、理解できない。嫌われたくない、捨てられたくないと恐怖し、なにも言い返せなかった過去の自分が腹立たしく、恥ずかしかった。
だって、全然、大切にされていない。グレースへの対応を見れば明らかだったのに、本当に愚かだった。
デイルの部屋を後にしたオリヴィアは、次はグレースね、と一人、呟いた。
心はいつになく、凪いでいた。




