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その日の放課後。
文官を目指すフィルと、女官を目指すオリヴィアが、もはや恒例になりつつある、王立学園の図書館での、二人きりの勉強会がはじまる。
この勉強会が終わったら、想いを告げてみようか──なんて。こんなこと、ポーラに背中を押されなければ、きっと考えもしなかっただろう。
図書館の窓から、西日が差す。とても綺麗で、けれどもう、それが勉強会の終わりの合図。
「今日はここまでにしましょうか」
フィルの宣言に、オリヴィアは、はい、と答え、フィルと視線を交差させた。
「どうしました?」
燃えるような光に照らされたフィルが、優しく笑う。告白をしたら、気まずくなって、こんな時間もなくなってしまうかもしれない。
でも、なにもしなくても、この時間が失われる可能性があるのなら。
勇気を出して。大事な友が、せっかく、大丈夫だと背中を押してくれたのだから。
自信なんかない。手も冷たくなって、震えてもいる。
きっと、声も震えるだろう。
しかし。
掴めたはずの幸せを──。
後悔だけは、しないように。
「──フィル様」
「はい、なんでしょう」
オリヴィアは膝のうえに置いたこぶしをぐっと握り、好きです、と小さく呟いた。
フィルが驚きに目を瞠る。近くには誰もいない図書館に、沈黙が流れる。そんな中、先に口を開いたのは、オリヴィアだった。
「……ふふ、ちゃんと言えました」
言えたことがなぜか誇らしく、自分を褒めてあげたくなったオリヴィアは、答えも聞いていないのに、緊張の糸が解けたように、小さく笑った。
「フィル様。大丈夫ですよ。この場でお断りしていただいても、全然かまいませんので」
オリヴィアの、答えなど最初から気にしていないという態度に、フィルは困惑しながらも、正直な思いを述べた。
「……あなたは当分、恋愛はしたくないと、するつもりはないと考えていました」
オリヴィアは、ああ、と納得したような声を上げた。
「だから安心して、わたしと一緒にいてくださったのですか?」
負の感情はない、素直な、ともすれば少し嬉しそうなオリヴィアの口調に、違いますよ、とフィルは若干、慌てた。
「はじまりは、あなたが伯母上の大切な人だったから。その次は……そうですね。放っておけなかったから、でしょうか。いまは、一緒にいて楽しいから、一緒にいます」
「放っておけなかったからというのは、やはり、同情からですか?」
「……かも、しれません。不快にさせてしまいましたか?」
「なぜです? わたしはとても嬉しいです。同情も、放っておけないというのも、わたしという存在をちゃんと気にかけてくださっている証拠ですから」
「……オリヴィア嬢」
どれだけデイルに冷たくされても、それでもデイルを愛することを諦めなかったオリヴィアの姿が、フィルの脳裏を過った。
おそらく、この言葉に嘘偽りはないのだろう。それが少し、切なかった。
「じきに、図書館が閉まります。ひとまず、行きましょうか。帰るのが遅れると、伯母上が心配しますよ」
「マドリンに叱られるかもと、それでわたしの告白を受けるなど、しないでくださいね」
すかさず釘を刺すオリヴィアに、フィルは笑った。
「しませんよ、そんなこと」
♢♢♢
昨日までそんな素振りがまるでなかったことに疑問を持ったフィルが、どうして突然あんなことを、と聞くと、オリヴィアは「友だちに背中を押されまして」と、図書館から馬車までの移動中に、迷うことなく教えてくれた。
「わたし、本当はフィル様に告白するつもりなんてなかったんです。わたしはフィル様に、相応しくないと決めつけていたから。でも、もしわたしが告白する前に、フィル様が誰かを選んでしまったら、後悔するかもしれないと思ったんです。でも、好きだと告げてきっぱりとフラれてからなら、少なくとも後悔はしないかなって」
オリヴィアはなにかが吹っ切れたように、いつになくご機嫌だった。その姿が、フィルには、なんだか可愛く見えた。
嫌い、ではない。無関心でもない。
──いや。
(学園に入学してから、ずっと見守ってきた。そしていまは、他の誰より、一緒の時間を過ごしている)
答えなど、はなから出ていたのではないか。ただ、考えないようにしていただけで。それこそ、オリヴィアはもう、恋愛はしたくないだろうと勝手に決めつけて。
「──オリヴィア嬢」
「はい」
「僕とあなた。先に好きになったのは、はたしてどちらなのでしょうね」
フィルが、赤く燃える空を見上げる。その横顔を、オリヴィアが見つめる。フィルの言葉の意味を聞き返すのに、オリヴィアは数分のときを要した。




