↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにした。  作者: ふまさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/48

48

 オリヴィアは、靄の中にいた。ここはどこ。誰かいないの。まわりを見回しても、深い霧のせいで、なにも見えない。


 不安に怯えるオリヴィアの手を、誰かが握った。驚きはしたが、どうしてか、恐怖はなく。


 見上げれば、泣きたくなるような顔が、そこにはあった。


 ずっとずっと恋しくて、会いたくて、でももう、どこにもいなくなってしまった人。


「……お母様」


 ──ああ、これは夢だわ。


 オリヴィアは、瞬時に理解した。いわゆる、明晰夢と呼ばれるものだろう。


 母親の夢を見たのは、これがはじめてではない。でも、夢だとはっきり理解したうえで、母親と夢で会うのは、これがはじめてだった。


 言葉に詰まるオリヴィアに、ナタリアは「オリヴィア。大きくなったわね」と、懐かしい声色で、綺麗に微笑んだ。オリヴィアの瞳に、涙が滲む。


「……ね、お母様。わたし、女官の試験に受かったんです。すごいでしょう?」


「ええ、本当に。とても頑張ったのね」


「頑張りました。でも、たくさんの人が助けてくれたおかげです」


「そうね。でも、そんなあなただから、みんな支えたいと思ってくれたのよ」


「だと、嬉しいです」


 子どものようにはにかみながら、オリヴィアは、これまで起こった出来事を、母親に語ってみせた。でも、その会話の中に、元家族とデイルの名前が出ることはなかった。


 忘れたわけではない。ただ母親には、楽しい思い出だけを、聞いてほしかったのだ。


 わたしはいま幸せですと、安心させたかったのかもしれない。


 何時間経ったのだろう。気付けば、まわりから、霧が晴れかかっていて。なんとく、霧が完全になくなれば、この夢は覚めてしまうだろうと、オリヴィアは直感した。


 だから最後に、どうしても聞きたかったことを、口にした。


「……あのね。わたし、とても嫌な悪夢を見てから、現実と向き合う勇気がもてたんです」


「そうなの」


 それは、なんの根拠もないことだった。でもずっと、オリヴィアの頭の片隅にあった、希望のようなもの。


 たとえばあの悪夢を見ていなかったとして、いまのオリヴィアは、どうなっていたのか。想像だけで、ぞっとした。


「──あの夢を見せてくれたのは、お母様ですか?」


 ナタリアはそれにはなにも答えず、ただ、慈しむように、静かに笑う。


 否定も肯定もしない。オリヴィアはそれだけで、もう満足だった。



 ♢♢♢


 コンコン。コンコン。


 ノック音で目を覚ましたオリヴィアは、ゆっくり上体を起こすと、どうぞ、と掠れた声を出した。


 扉が開く。部屋に入ってきたマドリンが、おはようございますと声をかけてから、オリヴィアの頬に幾筋の涙の跡があることに気付いた。


「まあ、どうされたのですか? なにか怖い夢でも」


 心配するマドリンに、その反対よ、とオリヴィアは頬を緩めた。マドリンに早く聞いてもらいたくて、目覚めたばかりだというのに、オリヴィアは興奮気味に、口を開いた。


「久しぶりにね、お母様の夢を見たの。女官になれたって、報告したのよ。そしたら、頑張ったのねって褒めてくれて」


 嬉しそうに、オリヴィアが報告する。所詮は、ただの夢。あるいはなんの意味もないそれを、マドリンが嗤うことはなかった。


「それは、なんて素敵なことでしょう。卒業というこの良き日に、奥様と出会えたのですね」


「ええ」


 そう。今日は、王立学園の卒業式の日。これまで母親の夢を見たことはあったが、今回のように、会えた、という実感が持てたのは、はじめてのことだった。


「さあさあ、オリヴィアお嬢様。奥様のこと、もっとたくさんお聞きしたいところですが、身支度を整えませんと。今日は、制服ではなく、ドレスを着ていかなくてはいけませんから。じきに、フィルが迎えに来ますからね」


 オリヴィアが、はい、と笑う。


「あら、ふふ。オリヴィアお嬢様がいずれ親戚になるのかと思うと、とても不思議ですが、楽しみですね」


「け、結婚は、まだしないから。お互い、仕事に慣れて、それから……」


「二人とも、本当にしっかりしていて。私の自慢ですわ」


「……マドリン、は」


「はい?」


「わたしとフィル様が恋人になって、本当に良かった?」


 見覚えのある不安そうな、年相応な顔に、マドリンが、まったく、と母親の顔で笑う。


「誰より私が祝福したこと、もうお忘れですか? 娘のようなオリヴィアお嬢様と、私が辛いとき、寄り添ってくれた大事な甥っ子が一緒になるのです。これ以上の幸せがありましょうか」


 オリヴィアが、ほっとしたような、照れくさそうな、そんな顔で、良かった、と表情を緩めた。


 グレースが最後にこの屋敷を訪れてきてから、一年と数ヶ月が経った。あれきり、グレースからも、デイルからも、なんの音沙汰もない。


 卒業の日に迎えにくると息巻いていたデイルは、きっと来ないだろう。たとえ来たとしても、追い返すだけだが、屋敷の人に余計な労力をかけたくないので、大人しくしていてほしいというのが、本音だ。


 今ごろはきっと、なんだかんだで、二人で仲良く暮らしているのだろう。かつて父親と義母だったあの人たちの末路はあまりに衝撃で、それを一部始終目撃してしまったグレースを憐れに思う心はあるので、自分の知らないところで勝手に幸せに暮らしているのなら、それが一番良いと、オリヴィアは心から思っていた。


 それはきっと、自分がいま、満たされているから思えるのだろう。


「──お母様、どうですか? 似合っていますでしょうか」


 ドレスアップしたオリヴィアが、母親の肖像画に、微笑みかける。


「……不思議ですね。なんだか、いつもより、奥様が笑っているように見えます」


 マドリンの言葉に、オリヴィアが「わたしもそう思っていたところよ」と、嬉しそうに同意する。


「あら。でしたら、間違いありませんね。オリヴィアお嬢様の成長に、晴れ姿に、奥様は感激されているのでしょう」


 オリヴィアは、ふふ、と目を細めた。いまなら、はっきりと言える。わたしは幸せだから、大丈夫だよと。


「それでは。お母様、行ってまいりますね」


 ぱたん。

 部屋の扉が閉められる。


 静寂が訪れたオリヴィアの自室。窓から入る光に照らされた母親の肖像画は、眩く、キラキラと綺麗に光っていた。




         ─おわり─


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。