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「──え?」
王立学園の食堂にて。昼食を食べ終えたオリヴィアは、対面に座って、優雅に食後の紅茶をのむポーラに、思わず聞き返していた。
「フィル様。二年生の子爵令嬢の方に、告白されていたようですわよ」
オリヴィア、フィル、ポーラ。三人ともに、無事に王立学園の、三年生になった年の、春から夏になろうとしていたころ。
夏季休暇も、もうすぐですね。なんてことを話していると、ポーラが、そういえばと、口火を切ったのがはじまりだった。
オリヴィアが、ああ、と穏やかに笑う。
「フィル様は、とても優秀で、素敵な方ですもの。告白されても、なにも不思議なことではないですよ?」
「まあ、そうですわね。いままでにも、何度かあったそうですから。でも、今回は少し違うみたいですわ」
オリヴィアが「違う? なにがですか?」と問うと、ポーラは、ちらっとオリヴィアの様子をうかがってから、答えた。
「その告白、受けたみたいですから」
オリヴィアは一瞬だけ、言葉に詰まりそうになったが、すぐに微笑んでみせた。
「そうですか。フィル様が選んだのなら、とても良き方なのでしょう」
「これからは、フィル様にお勉強を教えてもらうことも、難しくなりますね」
「ええ、そうですね。いままでとてもお世話になりましたから、なにかお祝いをせねば」
「……寂しくはありませんか?」
「いいえ。これまで甘え過ぎてしまっていたので、むしろ、良い機会かもしれません。きちんとお礼をして、これからは、個人的にお会いするのは控えることにします」
ポーラが、じっとオリヴィアをみてきたかと思えば「申し訳ありません。嘘をつきました」と、頭を下げてきたので、オリヴィアはぽかんとした。
「え? 嘘、とは……」
「フィル様が告白されたことは本当ですが、告白をお受けしたというのは、嘘です。きちんと、お断りしたそうですわ──怒りました?」
どうしてポーラがそんな嘘をついたのかわからないオリヴィアに怒りはなく、ただ、困惑していた。そんな無意味なことをする人物ではないと、知っていたから。
「怒ってはいませんが……なぜこんなことをしたのですか?」
「──わかりません?」
「残念ながら……」
ポーラは、そうですか、と呟いてから、軽く顎に手を当てた。どう伝えたものかと、考えてる様子だった。
「──オリヴィア様。あなたも、同じですわよ」
「……?」
首をかしげるオリヴィアに、ポーラが苦笑する。
「あなたは、フィル様と同じぐらい、優秀で、素敵な方です。ですので、もう少し自信を持ってくださると、あなたの友として、とても嬉しいですわ」
突然のことに、オリヴィアは戸惑いながらも「あ、ありがとう、ございます……?」と、礼を述べた。ポーラが軽く肩をすくめる。
「勘違いでしたら、謝ります。ですがオリヴィア様は、ご自身で、自分はフィル様に相応しくないとお考えになってはいませんか?」
「そ、れは、まあ……わたしは結局、実父にも、婚約者にも、捨てられた身ですし。こんなわたしなど──」
ポーラが、ああほら、と腰に手を当てた。
「やはりですわ。あなたの元家族と婚約者をこういってはなんですが、おかしかったのは、相手の方たちでしょう? あなたになんの落ち度があったというのです?」
オリヴィアが口ごもる。家族と婚約者から大切にされてこなかったという経験は、オリヴィアから、自信を奪っていた。自分に価値はないと、植え付けられてしまっていた。それは、幸せだと感じられるいまでも、まだ、オリヴィアを蝕んでいる。
ポーラも、全部ではないにしても、それは理解していただろう。しかし、どうにももどかしく、かつ、フィルが子爵令嬢に告白されたことを耳にして、焦ってしまった。
このまま、成り行きを見守っているだけでよいのかと。
そんなことを考えていたから、ふいに、あんな嘘をついてしまったのだろう。オリヴィアがフィルを好いているのは間違いないが、それが友情なのか、愛情なのか、はっきりとわからなかったから。
「試すようなことをしてすみません。ですが、どうか、掴めたはずの幸せを、逃されませんよう──」
「ポーラ様……」
デイルとグレースの非常識さと、それになにも異を唱えないオリヴィアから距離をとるようになった友人は少なくなかった。そんな中でも、ポーラだけは、変わらず傍にいてくれた。助言もしてくれた。それを聞き入れなかったオリヴィアのことも、見捨てたりしなかった。
それがどれほどの支えになっていたか。
そんな相手だからこそ、いまの気持ちを、素直に吐き出そうと思えた。
「……フィル様が告白を受けたと聞いて、本当は、ショックでした。それと同時に、フィル様との時間がとうとう終わってしまうのかと、哀しい気持ちになりました。これは、恋なのでしょうか?」
ポーラが「どうなのでしょうね」と、微笑む。フィルを意識するきっかけになったのが、単純に嬉しかったから。
「ですが、その気持ちを素直に、フィル様に伝えてみてはどうでしょう?」
「困らせてしまうかもしれませんよ?」
「好意のない相手に、貴重な時間を割いてお茶をしたり、ましてお勉強を教えてくれるとは思えませんけれど」
「同情してくださっているだけかもしれません」
そんなことを言うオリヴィアの口調に悲壮感はなく、どこか明るかった。心配してくれる友の存在が、なにより嬉しかったからかもしれない。
「なら、諦めます? 他の方にとられるのを、ただ、待ちますの?」
まるで答えがわかっているように、ポーラが口角を上げる。オリヴィアは、ふふ、と頬を緩めた。たとえどうなろうと、一人ではないいまの自分なら、大丈夫だと思えたから。
「お断りされたら、この前教えてくださった、王都で評判のケーキ、ご馳走してくださいますか?」
ポーラが「いくつでも」と答えてくれたので、オリヴィアはそれに、笑って応えた。




