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ペルソン伯爵家の使用人である御者と、護衛の男は、グレースが嫌いだった。なんなら、憎んでもいた。お前が来る前は、デイル坊ちゃんとオリヴィア様は、うまくいっていたのにと。
だから移動中、いくらグレースが話しかけようと、二人はまともに相手をしなかった。グレースが次第に怒りはじめても、なら一人で行きますか、とひと言告げると、もうなにも言わなくなった。
デイルが現在住んでいるというアパートの前に着いたのは、王都を出立してから、六日後の夕刻だった。
「ここの四階に、デイル様は住んでおられます。もうすぐ仕事先から帰ってこられるはずですから、ここでお待ちください。それでは、私どもはこれで」
グレースを馬車から降ろした護衛の男は、淡々と告げると、役目は終わったとばかりにその場を後にしようとした。
アパートを見上げていたグレースは、あまりにあっけなさすぎる対応に、目を丸くした。
「……え、もう行っちゃうの? デイル様が帰ってくるまで、あたし一人になってしまうじゃない。困るわ」
「申し訳ありませんが、オリヴィアお嬢様から頼まれたのは、あなたをデイル様が住むアパートまでお連れすることだけですので」
「そのあいだに、あたしになにかあったら、どう責任を取るつもりなの?」
「責任、ですか。いまやあなたは貴族令嬢ではなく、ただの平民だというのに、どんな責任が?」
グレースは「なっ」と、顔を真っ赤にした。ここまでオリヴィアがしたことは、グレースに対する憐れみからくるものにすぎない。これまでの行いから、オリヴィアが一切手を差し伸べない可能性だって大いにあったのに、グレースはそのことにまるで気付いていなかった。
それに、グレースがあずかり知らぬところで、もしグレースを送りたくないならそれでもかまわないし、移動の途中でグレースがなにかわがままを言ったら、すぐに見捨ててもかまわないと、オリヴィアは御者と護衛の男たちに告げていた。
要するにグレースは、オリヴィアだけでなく、ここまで連れて来てくれた二人にも、いつ見捨てられてもおかしくなかったのだ。
それなのに、この横柄な態度。怖ろしい目に遭ったばかりだからと温情をかけたが、思うより、この女は神経が図太いのかもしれない。
「──グレース……?」
「デイル、様?」
ちょうどそのとき、仕事先から、デイルが帰ってきた。会えた喜びで、グレースの注意が護衛の男からデイルに向いた。
護衛の男はこれ幸いと、馭者に目線を配った。馭者はこくりと頷き、馬車を出した。デイルは、元は仕えていた主ではあったが、いまやもう、ペルソン伯爵家から除籍された、他人だ。
御者と護衛は振り返ることなく、その場から立ち去った。グレースは「ちょっ……!」と、はっとしたものの、もういいわよと、デイルに向き直った。目線を交差させ、久しぶりの愛しい人に、瞳を潤ませた。
「デイル様……会いたかったです!」
両手を胸の前で組み、グレースが感激する。一方のデイルは、嬉しさなどは一切なく、ただ驚愕に固まっていた。
「……どうして、ここに」
「お義姉様が教えてくださったんです。愛し合う二人は、一緒にいた方がいいからと」
「……っ!」
デイルの顔が大きく歪む。裏切られた。真っ先に思ったのは、そんなことだった。
でも。
駆け寄ってきたグレースが、デイルに抱き付く。ふわっと香る、甘い匂い。そんなことに気をとられていると、グレースが哀しそうに泣きはじめた。
「……デイル様。お、お父様と、お母様がっ」
デイルが目を見開く。マケラ子爵がマケラ子爵夫人に殺されたことは、新聞を読んでデイルも知っていた。しかし細かいことまでは書かれていなかったこともあり、グレースの行方も、心の片隅で気にはしていた。
(……あの事件。グレースがちょうど、追試から逃げていたときだったし……もしかして、グレースはその場にいたのかな)
だとしたら、流石に可哀想な気がして。そんな妹をデイルに押し付けるような真似をしてきたオリヴィアは、やっぱり冷たい女だなと、腹が立ってきた。
「……とりあえず、話を聞くよ」
頼りにしていた両親に見捨てられ、無理やり連れてこられた街には知り合いもいず、厳しく貧しい生活。しかし、この生活もオリヴィアが学園を卒業するまでだとなんとか踏ん張り、耐えてはいても、デイルは心身共にまいっていた。
もはや地位も、お金もないデイル。それでも元貴族令息なのだから、漂う気品は隠せない。そんな男を、平民の女がほうってはおかないだろうと密かに期待していたが、誰も、男ですら、仕事のこと以外で話しかけてこない。
自分から話しかけることは、元貴族令息としてのプライドが許さず、そんなところが見透かされていたのだが、デイルはそのことに、まるで気付いていなかった。
だからこそ。久々に感じた人肌に、デイルはたしかな熱を持った。




