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「デイルはもう、王都にはいないわ」
グレースは涙を止め、え、と顔を上げた。オリヴィアはかまうことなく、続ける。
「学園を辞めて、王都を出て、いまはとある街に暮らしているの。どこに住んでいるかは把握してあるから、すぐに案内できるわよ」
♢♢♢
デイルがペルソン伯爵領に向かったあと、オリヴィアは急ぎ、そのことをペルソン伯爵たちに手紙で報告した。
すると、とりあえずは平民として頑張るよと大見得を切っていたデイルだったが「お金を貸してください」と、早々にペルソン伯爵邸を訪ねていたようだった。
「王都からここまで帰るのに、お金を使い果たしてしまったのです。お願いです。父上、母上!」
屋敷の前で喚くデイルに、ペルソン伯爵は、隣の街まで連れて行け、と使用人に命じた。
戸籍上で、ペルソン伯爵の子どもに戻ることは無理でも、せめて屋敷には入れてくれるだろうという、甘い考えを持っていたデイルは、愕然とした。
隣の街に着くなり、これからどうすればいいのかわからないと、デイルは使用人に泣きついた。
顔見知りの使用人が、市庁舎に行けば教えてくれますよと、憐れみからアドバイスをする。それから使用人は、どうにも頼りないデイルが心配になり、仕事と住むところが見つかるまで、陰から見守り、それが無事に決まってから、ペルソン伯爵邸に戻ってきた。
誰がそこまで面倒をみろと言ったと、ペルソン伯爵とペルソン伯爵夫人は呆れたが、おかげでデイルがどこで働き、どこに住んでいるのか。はからずも、オリヴィアはペルソン伯爵夫人から聞かされることになった。
実の子がどこでどうしているか。縁は切っても、やはりどこかで気にはしているのだろうなとオリヴィアは思っていたが、グレースがこうなったいま、デイルがどこで働き、どこに住んでいるのかすぐに教えられるこの状況は、素直にありがたかった。
「なんで、学園を辞めたのですか……?」
あなたに見切りをつけたからよ。とは、オリヴィアは言わなかった。どこかズレているデイルとグレースの、新たな犠牲をつくらないためにも、二人には一緒になってほしかったから。
「わからないわ。でもね、グレース。あなたには貴族より、平民として、自由に生きる方が合っていると思うの」
オリヴィアの言わんとすることに、グレースはびくりと怯えた。
「……お、お義姉様まで働けなんて言うんですか……あたし、こんなに怖い思いして、もう働くなんてできません……ねえ、お義姉様は、女官になるんでしょう? あたしを養えるだけの給金は貰えるんですよね? だったら」
無理よ。
オリヴィアは心の中で、養ってもらうつもりでここに来たのかとイラッとしたが、それをおくびにも出さず、無理やり笑ってみせた。
「いくらなんでも、一人で生きていくだけで精一杯。学園を卒業したら、ペルソン伯爵家からの援助はもう貰えないしね」
「……節約すればいいでしょう? あたしが可哀想だとは、思わないんですか?」
ぴきっ。
オリヴィアのこめかみに、怒りで血管が浮かんだ気がした。それでもオリヴィアは、瞳を潤ますグレースに、優しく告げた。
「デイルは現在、ちゃんとした仕事についているそうよ。それこそ、グレースを養えるぐらいにね」
その瞬間。グレースの双眸に、ぱあっと希望が宿った。
「ほ、本当ですか?」
「ええ」
「で、でも……デイル様と喧嘩をしてしまったままだし」
「それは、貴族として生きるための知識が少し足りなかったのが問題でしょう? 平民になるのなら、関係ないわ」
「そう、でしょうか……」
「そうよ。それに、あなたたちは相思相愛なのよ。愛し合う二人が一緒にいた方が、絶対に幸せになれるわ」
グレースは少し迷う素振りを見せたが、そうかもしれませんね、と表情を緩めた。
「お義姉様はあたしに嫉妬していたこともありましたし……お父様みたいに、いつ捨てられるともかぎりませんものね」
イライラ。イライラ。
苛つきの我慢の限界がきそうになったとき、グレースは、決めました、と告げた。
「あたし、デイル様のところに行きます。デイル様もきっと、あたしを待っていると思いますから」
デイルがグレースを待っていないことはもちろん伝えず、オリヴィアは、わかったわ、と微笑んでみせた。
「善は急げと言うし、いまからデイルが住んでいる街まで連れて行ってもらえるように、頼んであげる」
グレースは不安そうに「お義姉様は、一緒に来てくれないのですか?」と、質問してきた。
この子はわたしのことが好きなのか嫌いなのか、本音はどちらなのだろうと疑問に思いながら、これから学園に行かなければならないから、と答えた。
妹が心配ではないのですかと喚くグレースに、オリヴィアは、ふっと真顔になった。凄惨な事件を目撃してしまったグレースへの同情は、この様子から、もう充分だろうと判断したからだ。
「──グレース。デイルの元まで送ってくれるように、ペルソン伯爵家の人たちに、わたしから頼んであげる。あなたにかかわるのは、これで最後。覚えておいて」
「そ、そんな……あたしたち、たった二人だけの姉妹なのに……っ」
「まだなにかぐだぐだ言うつもりなら、デイルが住んでいる場所だけ教えてあげるから、歩きでもなんでも、自力で行きなさい」
「…………っ」
「ねえ、わたし言ったわよね? あなたのこと、嫌いだって。養女の身であんまりこんなこと言いたくないけど、わたしは貴族令嬢で、あなたはもう、平民なの。今度わたしを頼ってきたら、もう、容赦しないわ。覚えておいて」
グレースは涙を浮かべ、ぐしゃっと布団を握った。
「……あたし、こんなに可哀想なのに……お義姉様、ひど──」
「誰か! この子を屋敷の外に追い出して!」
オリヴィアが叫ぶと、グレースはとたんに慌て出した。
「わ、わかった! わかったから……デイル様のところまで、連れて行ってぇ」
ぐすっと鼻をすするグレースに、ならいますぐ立ちなさい、とオリヴィアはぴしゃりと命じた。
グレースが寝台から立ち上がると、オリヴィアはそのグレースの腕を掴み、引っ張りながら屋敷の外に出ると、馬車に押し込んだ。
「ちょ、ちょっと待って、お義姉様! まだなにも支度をしていないし、朝食もまだ食べてな──」
馬車の扉を閉めたオリヴィアが、すでに御者台に乗っていた御者に「渡した住所のところまでお願いします」と告げると、御者は、わかりましたと、手綱を握り、馬車を動かした。
「学園に遅刻しなくてすみそうで、なによりです」
いつの間に傍にいたのか。マドリンが満足そうに口角を上げる。オリヴィアは「ええ」と、すっきりしたように、笑った。
随分と冷酷になったものだと空を見上げながらも、オリヴィアに、後悔はなかった。
グレースをたきつけておいてなんだが、なんだかもう、デイルとグレースの未来に、なんら興味がなくなっていた。




