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アパートの廊下で起きたその出来事を、恐怖に怯えながらも一部始終を目撃していた者が複数いた。それはアパートの住人たちで、そのうちの一人が憲兵を連れてきたことにより、モリーはその場で、現行犯逮捕された。
モリーは憲兵に止められたのち、憑きものが落ちたように項垂れ、一切抵抗せず、大人しく憲兵に連行されていった。
その事件は瞬く間に国中に広まり、ついには王都にいるオリヴィアにも、それは届くことになった。
マケラ子爵はモリーに、離縁する、と宣言していたが、すでにあのとき、マケラ子爵はモリーとの離縁の手続きをすませていた状態だった。さらにいえば、グレースも、すでにマケラ子爵家から除籍されていた。
つまり、もはやモリーもグレースもマケラ子爵とは他人となっており、元妻ではあったものの、あの時点ですでにただの平民となっていたモリーは、すぐに、極刑となった。
縁を切ったとはいえ、元家族の末路に、オリヴィアの心中は穏やかではなかった。どうしてこうなってしまったのか。新聞ではわからなかったことも多かったが、ペルソン伯爵家から届いた手紙により、おおよその流れを把握することができた。
それは、事前に、この事件のことについて知りたいかと訊ねられ、オリヴィアが、はい、と答えたからに他ならない。その上で、調べたことを報告してくれた。変わらずの気遣いに、心から感謝した。
しかしおそらく一番告げたかったのは、グレースが現在、行方不明ということだろう。父親は死亡。母親は極刑となり、デイルはもう、王都にはいない。最終的に頼れるのはオリヴィアしかいないため、グレースはきっと、オリヴィアの前に現れるのではないか。
そんなことが手紙には書かれていたが、オリヴィアはそれを、否定することはできなかった。
♢♢♢
事件から、およそひと月後。
「……お義姉様ぁ」
グレースが、ペルソン伯爵家の別邸にやってきた。髪も肌も乱れ、服もボロボロ。門扉の前で泣きじゃくるグレースに、オリヴィアはため息をついた。
ペルソン伯爵家の調べ──その場を目撃していたアパートの住人によれば、グレースは、母親が父親を殺すところを目撃していたとのことで。その心の傷は、きっと計り知れない。
「……中に入れてあげてください」
ペルソン伯爵家からは、グレースの対応について、オリヴィアの好きにしていいと言われていたので、その言葉に甘え、オリヴィアはグレースを屋敷に招き入れた。
ここまでのことがなければ、グレースを屋敷に招き入れることはなかっただろう。どういった経緯でああなったのかは知らないが、あれほどの悲劇に見舞われ、他に頼る者がいないものを見捨てるのは、さすがに後味が悪かった。
父親に渡された金を使い、なんとか王都に辿り着いたのだと、グレースはしゃくりながら語った。湯浴びし、食事を取ると、グレースは倒れるように、眠ってしまった。
「──よいのですか?」
グレースが眠る客室の前で、マドリンがオリヴィアに訊ねた。オリヴィアは「泊めてあげるのは、一晩だけよ。わたしはそこまで、お人好しではないの」と、苦笑した。
♢♢♢
翌朝。
十二時間も寝たのだからもう充分だろうと、まだ眠っていたグレースを叩き起こしたオリヴィア。まだ眠いです、疲れているのですとぐずるグレースに「起きないのなら、いますぐに出て行ってもらうわ」と告げると、グレースは慌てて飛び起きた。
父親から冷たく突き放されたことがトラウマになったうえでの行動だったが、こんなことで慌てるなんて意外だわ、と思いながらも、しかし好都合ではあったので、オリヴィアは、深く考えることはしなかった。
グレースが上半身を起こした寝台の近くにある倚子に腰掛け、オリヴィアは、さっそく口火を切った。
今日は平日で、学園に行かなければならないから、時間に余裕がなかったし、グレースのために割く時間は、あいにくもう、オリヴィアは持ち合わせていなかった。
「グレース。あなたはここに、なにをしにきたの?」
寝ぼけまなこだったグレースは、その問いにはっとし、とたんにボロボロと泣きはじめた。
「……デイル様をここに連れてきてください。あたし、デイル様とお義姉様と、また一緒にここで暮らしたいんです。でないとあたし、あたし……っ」
両手で顔を覆うグレースに、そんなことだろうと思ったわと、オリヴィアは小さく吐き捨てた。




