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「苦手な勉強も、もうしなくていい。これからは、母親とお前、親子二人、支え合って生きていく。お前はただ、それだけを考えていけばいいんだ。わかったな?」
どくん。
突き放したマケラ子爵の言い方に、グレースの心臓が跳ねた。そのままどんどん、鼓動が早まっていく。
「……で、でも、お父様も知っているはずでしょう? あたし、働いたことなんてなくて」
お金が入った袋を持つグレースの手が、小刻みに震える。マケラ子爵が、そんなグレースを安心させるように、優しく諭す。あくまで表面上だけ、ではあったが。
「大丈夫だ。お前も、モリーが働いていたことは知っているだろう。勉強ができなくても、働くことはできる。それにいくらなんでも、読み書きはできるだろう? なら、仕事先を見つけるのもわけないさ」
饒舌に語る、優しく突き放すマケラ子爵についていけず、グレースが俯き、あの優しかったお父様はどこにいってしまったのと、固まる。そんな二人に、冷静に割って入ったきたのは、モリーだった。
「……気が変わったわ。とりあえず、用意した部屋、見せてくれるかしら」
丁寧語がとれたモリーに、マケラ子爵は小さく冷笑したが、もはやどうでもいいとばかりに、ついてきてくれ、と気分を害した様子もなく、背を向けた。
「……グレース。手を貸してくれる?」
母親に言われ、グレースは、はっとした。どうやらマケラ子爵は、モリーに手を貸すつもりはもうないようで、まだふらつき、おぼつかないモリーを、振り返る様子もない。
馬車から降りたモリーは、グレースに支えられながら、ひたすら前を歩くマケラ子爵について行く。
「……お母様。お父様の言ったこと、嘘ですよね? だってあたしたちのこと、あんなに愛しているって言ってくれていましたもんね?」
グレースが黙っていられず、隣を歩くモリーに小さく問いかけた。答えを待つが、一向に返事が返ってこない。不安になって目を横に向けると、モリーは前を歩くマケラ子爵の背中を、目を見開きながらじっと見ていて、グレースの声が届いていない様子だった。
「……お、母様……?」
父親だけでなく、母親までおかしくなってしまったと、グレースは哀しくなった。なんで。どうしてこんなことになってしまったのかと、グレースの目に、涙が滲んだ。
二階の奥部屋。そこに到着したマケラ子爵は、懐から鍵を取り出し、扉を開けた。
そこは、居間と台所と食堂を兼ねた部屋と、寝室、合計二部屋があるところだった。
マケラ子爵邸で暮らす前──つまりマケラ子爵と結婚する前に、モリーとグレースが住んでいたところもアパートだったが、そこよりずっと狭くて、汚かった。
マケラ子爵が言っていたとおり、一通りの家具も、調理器具も揃っていて、すぐにでもここで暮らせるように整えられていた。
その光景に、感動──はもちろんなく。マケラ子爵が本気で自分たちを捨てようとしているのが自覚できて、グレースはマケラ子爵の腕を震える手で掴み、縋った。
「お、お父様。あたし、確かに少し、甘えすぎていたかもしれません……ちゃんと、反省しました。これからは、勉強も頑張ります。お父様の子どもとして、恥じないように努力します。だから……っ」
マケラ子爵がそっと微笑む。グレースが、ほっと息を吐く。やっぱりお父様は、少しあたしたちを脅かしたかっただけなんだと、そう解釈した。
(これから、たくさんお勉強しよう。頑張って、お父様の期待に応えよう。デイル様に、もっとちゃんと教えてもらって……)
それから。それから。
希望を抱きはじめたグレースに、マケラ子爵は、ふっと表情を消した。その双眸は、怒りに満ちていた。
「反省、勉強、努力。それをするまでに、お前は何年かかったんだ。遅いんだよ、なにもかも」




