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「ようやく着いたようだな。さて、降りようか」
マケラ子爵が、護衛の男が開けた扉から、外に出た。振り返り、一向に降りようとしないモリーとグレースに「なにをしている。早く降りなさい」と、焦れたように、強めの口調で命じた。
つい先ほどまでの父親とはまるで違うその豹変ぶりに、着いたという場所に、グレースが大いに戸惑う。
「だ、だって、お父様。ここは、なんです? あたしたちに見せたいものってなんなのですか?」
「ついてくればわかるよ」
不気味なほどに、ぱっと優しい笑みをつくったマケラ子爵に、グレースがぞっとする。対してモリーは、痛む顔を歪ませ、強く拒絶した。
「……私、傷が痛みますの。身体もまだうまく動かせませんし。けれどせっかくのあなたの誘いですから我慢しましたのに。こんな街外れに連れてくるなんて、どういうつもりなのですか?」
マケラ子爵と、モリーの視線がぶつかる。互いに、目線は逸らさない。引くつもりもない。それからしばらくして。マケラ子爵は、仕方ないな、とため息をついた。
「お前たちに、家具から調理器具まで、なにもかも揃えてやった部屋を見せてから告げようと思っていたんだが、まあ、いい。ここで話すとしよう」
これまでとは違った、はじめて耳にする、投げやりな口調。嫌な予感がして、モリーはマケラ子爵に鋭い視線を向けた。
「……どういう、意味ですか」
「モリー、きみとは別れる。言っておくが、それはつまり、離縁するということだ。きみはもう、私の妻ではなくなり、他人となる」
モリーとグレースは、同時に目を瞠った。言葉の意味を理解するのに、二人ともに、数秒を要した。
「……冗談」
モリーの掠れた呟きに、マケラ子爵は「冗談ではないよ」と続けた。ふざけるなと胸中で吐き捨て、モリーは低く、声を絞り出した。
「……私は同意しませんっ」
マケラ子爵が馬鹿にするように、軽く肩をすくめた。
「それは正直、どうとでもなるんだが……そうだな。離縁に応じないというなら、用意してやった部屋も、家具もなにもかも、お前たちにはやらん。無一文で、屋敷を追い出してやるさ」
モリーは「そんなことが許されると思っているの?!」と、声を荒げた。
「私のこの傷は誰のせいだと思っているの? あなたには、生涯をかけて私に償う責任があるはずよ」
マケラ子爵はそれを、鼻で笑って返した。
「これまで貴族の妻として、子として、何の責任も果たさないお前たちを、私がどれだけ庇ってきたと思う。どれだけ情けない思いをし、恥をかかされてきたかしれない。すぐに捨ててもよかったが、かつては愛した相手ではあるからな。せめてお前が歩けるようになるまでは、優しい夫を演じ、面倒を見てやったんだ。感謝しろ」
憤慨し過ぎて、声が出せないモリーから、マケラ子爵はグレースに視線を移した。その双眸は、怖ろしいほど、冷たかった。
「グレース。これからお前たちが住む部屋の家賃は、三ヶ月分、すでに私が支払っておいた。それから最後に、餞別をあげよう。手を出しなさい」
「……お、お父様」
「──早くしなさい。でないと、誰より後悔するのはお前だ」
グレースは震えながら、訳がわからないながらも、両手をマケラ子爵に差し出した。マケラ子爵は懐から取り出した小袋を、グレースの手に置いた。
「その袋の中に、お前たち二人が三ヶ月生きられるだけの生活費を入れておいた。この意味がわかるか?」
マケラ子爵が問うと、グレースは、弱々しく首を左右にふった。
「……わかりません」
頭が真っ白なグレースは、本当に、なにもわからなかった。
なんで?
これまでの仲良し家族に戻ったんじゃなかったの?
離縁って、なに?
そんな思考だけが、グレースの中でぐるぐると回っていた。
「だろうな。お前の頭では、仕方ない。いいか、よく聞くんだ。私は、モリーと別れる。この先の面倒は、お前を含め、もう見てやれない。見るつもりもない。つまり三ヶ月のあいだに、お前は仕事を見つけて、自分でお金を稼がなければならないんだ」
グレースの顔が、見る間に真っ青になっていくが、マケラ子爵はなんら気にすることなく、続けた。




