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──時は少し遡って、グレースは、マケラ子爵邸に戻ってきていた。マケラ子爵夫人は純粋に帰りを喜んでいたが、マケラ子爵は、学園の長期休みでもないのにどうしてここにいるのだと、困惑しながら、グレースを問い詰めた。
「……それが。お義姉様がお勉強を教えてくれなくて……デイル様が代わりに教えてくれたんですけど、わかりにくくて」
居間の椅子に座りながら落ち込むグレースに、マケラ子爵夫人が「まあ、なんて冷たい子なの!」とオリヴィアに怒っていたが、マケラ子爵はめずらしく同意せず、先を促していた。
「……それで?」
「それで、あたし、追試になってしまって……みんなだけでなく、デイル様までもが馬鹿にしてきて……あたし、悔しくてっ」
マケラ子爵が「──追試、だと?」と、唖然とした。
マケラ子爵も、当然、王立学園には通っていた。そのときに追試を受けていた者は、覚えている限り、一人しかいなかった。けれどそれは、グレースのような元平民で、しかも、それまでまともな教育を受けていなかった者だった。
しかし、グレースは違う。
「……お前には、六歳の頃から家庭教師をつけていた。いまだから言うが、オリヴィアより、優秀な家庭教師をつけてやった。なのに、どうして追試になんてなるんだ。それではまるで、我が家がお前に、ちゃんとした教育をしてこなかったみたいになるではないか」
マケラ子爵が怒気を含ませた口調で、こぶしを握る。はじめて感じるマケラ子爵の怒りに、マケラ子爵夫人と、グレースは怯えた。
「ど、どうしたのですか、あなた……悪いのは、オリヴィアとデイル卿でしょう?」
普段なら、オリヴィアを悪者にすることですべて丸く収まっていたし、それをマケラ子爵が否定することはなかった。それは単純に、マケラ子爵も、マケラ子爵夫人も、オリヴィアを愛していなかったからだ。
しかしマケラ子爵は、貴族としてのプライドだけは持ち合わせていたので、今回のことは、他の誰かのせいにして、納得するわけにはいかなかった。
「学園に入学してからの、二回の試験は追試にはなってなかったはずだ。なのに今回は、どうして追試になった。オリヴィアが教えてくれなかったからだとでも言うつもりか?」
まさかマケラ子爵に詰められるとは思っていなかったのか、グレースが「え、えと」と、うろたえる。
「で、でもあたし、お勉強をはじめるの、遅かったですし……」
「貴族の子に家庭教師がつくのは、五歳前後が一般的だ。六歳なら、なにも遅くはない。私はお前に、恥をかかせたくないと考えたからこそ、優秀な家庭教師を雇ったんだ。普通に学んでいれば、王立学園での試験に手こずることはない。少なくとも、追試になどなるはずがないんだ」
捲し立ててから、マケラ子爵は、怯える我が子に、はっとした。自身を落ち着かせるように、大きく、息を吐いた。
「……いや。いまはまず、追試の結果を聞くとしよう。むろん、合格点はとったのだろうな? 追試は、本試験より簡単だとされているらしいからな」
グレースが、え、と目を丸くする。そんなことを聞かれるとは、予想すらしていなかったという顔をしていた。
「追試は受けていません。だって、合格点を取れなかったら、また馬鹿にされるじゃないですか」
お父様はなにを言っているのかしら。とすら言い出しそうなほど、悪びれもなく、グレースは答えた。
マケラ子爵は、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。その双眸は、はち切れんばかりに見開かれていた。
「……どういうことだ。追試を受けなかったのか」
尋常ではない様子に、さすがのグレースも戸惑う。しかし、どうしてそこまでマケラ子爵が驚いているのかまでは、理解していなかった。
だって、これまで両親に泣きつけば、なんでもなんとかなった。嫌なことからは逃げていいと教えてもらった。それに従っただけなのに。
追試を受けなかったから、どうだというのだ。最悪、学園を辞めたとて、家に戻ればいいだけのこと。そしてデイルと結婚して、母親のように、デイルの傍で笑っていればいいだけの話しではないのか。
「は、い。というか、追試の日は、ちょうど今日で、受けたくても受けられなかったというか……」
見下ろしてくるマケラ子爵の視線が痛くて、言い辛そうに目を伏せたグレースは、しどろもどろにそう呟いた。
マケラ子爵は、自分の頭にどんどん血がのぼっていくのを感じた。
「──ふざけるな!!」




