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「あたし、嫌です! お勉強を教わるなら、お義姉様がいいです!」
耳障りな、きいきいする声。オリヴィアはもうこれで最後だと、グレースを、真正面から見据えた。
「わたしはもう、あなたの義姉ではありませんし、その義理もありません」
「どうしてそんな冷たいことが言えるのですか?!」
どうして。嫌いだからに決まっているでしょう。たとえ伝えたところで、またどうしての繰り返しになるだろう。話が通じない相手との会話は不毛だと、オリヴィアは、はあと大きく息を吐いた。
「あなたに割く時間は、わたしにはありません。そのつもりもない」
「どうして? 試験は終わったから、暇でしょう?」
どこまでも自分本位なグレースに、頭が痛くなってきたオリヴィアに代わり、ポーラが告げた。
「オリヴィア様は、女官になりたいのですよ」
グレースが「女官?」と首をかしげた。オリヴィアが、はたしてグレースは女官という職業を知っているのか甚だ疑問だったが、ええ、と答えた。
「貴族令嬢でもつける、数少ない職です。ですが女官になれるのは、王立学園でも、特に優秀な成績で卒業できた者たちだけ。わたしは、二年になってからはあなたの勉強に付きっきりで、自分の勉強がろくにできずにいました。だから、その遅れを取り戻さなくてはならないのです」
「で、でも、少しぐらい……」
あなたのせいで勉強が遅れたといっているのに、まだ教えろという神経が、オリヴィアには理解できなかった。
「どうしてわたしが他人のあなたのために大切な時間を割かなければならないのですか? むしろ、奪われた時間を返してほしいぐらいなのに」
冷えた双眸で、淡々と告げるオリヴィア。怯えたグレースが縋れるのは、この場ではデイルだけだったが、グレースに勉強を教える大変さを身に染みて味わったばかりのデイルは、むしろ、オリヴィアに同情していた。
「……グレース。ぼくも、きみに時間を割いたせいで、大幅に成績が落ちてしまった。これ以上は面倒を見切れない。わからないことは、今後、先生に聞いてくれ」
「ちゃんと聞きましたよ! でも、みんな下手なんですもん!」
「それはきみが、甘えた根性でいるからだ。相手の都合も考えず、理解しようと努力もせず、何度でも聞けばいいとね」
自分に実害が及ぶと、こうも変わるものなのか。オリヴィアはグレースにはもちろんだが、急にまともなことを言いだしたデイルにも大いに呆れていた。
もうこれ以上付き合う必要はないとばかりに背を向けたオリヴィアは、こちらに向かって歩いてくるフィルと目が合った。
「オリヴィア嬢」
オリヴィアの顔が、一転、ぱっと明るくなる。
「フィル様。わたし、目標だった十位以内に入ることができました。フィル様がお勉強を教えてくれたおかげです。ありがとうございました」
「いや、僕が教えたのはほんの少しの時間だけですよ。すべては、あなたの努力です」
ポーラが、そうですよ、と微笑む。
「オリヴィア様がずっと勉強に励まれていたのを、わたくしも見ていましたよ。一緒にお出かけできないのは寂しかったですけど、女官になりたいという夢を、応援したかったですから」
オリヴィアとグレース、デイルたちとのやり取りを遠巻きに見ていた生徒たちたちが、とたんに集まってきた。
「まあ、オリヴィア様は女官を目指されるのですか?」
「オリヴィア様は、一年のときから、成績優秀でいらっしゃいましたものね」
グレースとデイルを完全に蚊帳の外に置いた会話がはじまる。グレースが王立学園に来るまでは、デイルだって、あの輪に入れていた。フィル以外の学友だっていた。
でも、グレースのデビュタントに、エスコートして、さらにはファーストダンスまで踊った日からだろうか。婚約者がいる身でなにをやっているのかと非常識者扱いされ、まわりから浮いた存在となったが、当時はそれでかまわないと思っていた。
グレースがいたし、オリヴィアもいた。さらには、少々口煩いながらもフィルも離れていかなかったから、それでいいと思っていたのだ。
それからオリヴィアと、フィルも離れていったが、愛するグレースが傍にいて、更にはマケラ子爵が後ろ盾になってくれるなら、それでいいかと半ば無理やり納得していたが、グレースのあまりの教養のなさに、現実を突きつけられ、本当にこれで良かったのかという後悔が、今更ながら、襲ってきていた。
デイルは、学友たちに囲まれ楽しそうに笑うオリヴィアをじっと見つめたあと、無言で踵を返した。
「あ……っ」
デイルの背中に、グレースが手を伸ばす。これまでどんなわがままも聞いてくれていたオリヴィア。両親と同じように、すべてを肯定してくれていたデイル。
二人の変化に戸惑い、寂しさを覚えたグレースは、もはやこちらを見ず、見知らぬ誰かと微笑み合う義姉をちらっと名残惜しそうに見たあと、諦めたようにデイルを追いかけた。




