29
「……追試? なんで?」
呆然と、張り出された紙を見つめるグレース。隣でデイルが、ぼそっと、当然じゃないか、と小さくぼやいていた。しかしそれはしっかりとグレースの耳にも届いていたらしく、グレースはデイルを勢いよく振り返った。
その双眸は大きく、見開いていた。
「当然って、なんですか? やっぱりデイル様、あたしにわざと、わかりにくくお勉強を教えていたんですか?」
「……はあ?」
予想外の台詞だったのか、デイルは心底、不服そうに表情を歪めていた。
「あのさ。ぼくは丁寧に、丁寧に、自分の勉強時間を削ってまで、きみの試験勉強に付き合った。でもきみは、何度教えても、なにも理解しやしない。あげく、自分の馬鹿さ加減をぼくのせいにするなんて、最低だな。きみがここまで頭が悪かったなんて、想像もしなかったよ」
「……ひ、酷い」
「ほらそうやって、すぐに泣いて逃げようとする。その癖、いい加減にしてくれないかな。苛ついて仕方ない」
二人の言い合いに、オリヴィアだけでなく、他の生徒たちも呆気にとられていた。婚約者の義妹を選んだデイル。義姉の婚約者をとったグレース。そんな二人は、もはや学園で完全に孤立していたが、それでも二人はこれまで、二人きりの世界で幸せそうにしていたはずだ。
それなのに、たった一回の試験で、こんな辛辣な言い合いをするようになってしまったのかと、驚きが隠せなかった。
なんて脆い。そう思ったのは、オリヴィアだけではなかったはずだ。
「! お義姉様!」
オリヴィアを見つけたグレースが、縋るように駆けてきた。いつもならデイルが止めていたが、その様子もない。うんざりした様子で、腕を組んでいる。
逃げようかしら。思ったが、グレースがなにを頼もうとしているか予想ができてしまったオリヴィアは、はっきりとそれを断るため、その場に留まった。
「お義姉様、また前みたいにお勉強を教えてください! デイル様は教え方が下手で、ちっとも理解できなくて。同じことを何度も聞くと、不機嫌になるんです。だからあたし、怖くて段々と質問できなくなっていって……」
やっぱりそうきたか。どれだけこの女は面の皮が厚いのか。それに相変わらずの他責思考に、やはり大いに呆れた。
あたしはなにも悪くないと訴えてくるグレースをひとまず無視して、オリヴィアは、デイルに視線を向けた。
どうしても、このタイミングで言わずにはいられなかったのだ。
「デイル様。あなたは、グレース様にお勉強を教えるわたしを、いつも非難していましたね。グレース様がちっとも理解できないのは、きみの教え方が悪いからだと。もっと優しく、もっと時間を割いてあげるべきと、そう言っておられましたね。ならば、あなたは当然、わたしよりよほど多く、グレース様に時間を割いたはずですよね? その結果が、追試ですか?」
デイルが、痛いところを突かれたように、うっと息を詰まらせた。そう。これまで学園に入学してからグレースが二回受けた試験では、赤点ギリギリではあったものの、追試を回避することはできていた。
グレースを追試などにすれば、マケラ子爵にどんな罰を与えられるかわからない。本来それは、オリヴィアが責められるべき責ではなかったが、グレースがお義姉様に教えてもらったのに、なんて言おうものなら、とたんに自分のせいにされるのはわかりきっていたので、必死だったのだ。
もともと、デイルより、オリヴィアの方が成績はよかった。しかし決定的に足りなかったのは、その必死さだろう。
「……いや、だって。ここまで馬鹿だとは思っていなかったから」
デイルのぼそぼそとする言い訳に、オリヴィアはカチンときた。
「わたしは何度も伝えましたけどね。わたし一人じゃ手に負えないし、自分の勉強もままならないから、あなたにも勉強を教えてあげてほしいとも頼みました。そしたらあなた、なんと言いました? 甘えるなと、そう言いましたよね?」
「……義妹を教えるのは、義姉の役目だと思っていたから。それをぼくに頼るなんて、卑怯に思えて……」
卑怯、ですか。オリヴィアはそれを、鼻で笑った。
「それで? 実際に体験してみて、一回でこれですか。でもね、デイル様。いまは、あなたがグレース様の婚約者なのです。あなたが言った、グレース様に教えるお役目は、もうあなたにあるんですよ。なら──」
これに異議を唱えたのは、デイルではなく、グレースだった。




