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マケラ子爵領とペルソン伯爵領は隣接していて、移動は馬車で一日あればこと足りる。だからオリヴィアは、どうしようもなく寂しくなると、デイルに会いに、ペルソン伯爵邸に行っていた。
しかしデイルには、あまりマケラ子爵邸に来ないでほしいと言っていた。グレースと会ってほしくなかったからだ。
そう思ったきっかけは、はじめてデイルとグレースが出会ったときにあった。
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正式にモリーを娶ったマケラ子爵は、ペルソン伯爵に報告をかねて、二人を紹介しに行った。どうぞ、これから妻と娘をよろしくと。
元平民である義母と義妹。血筋を重んじる貴族の中には、それをよく思わない者も多い。まして相手は、愛人だった女性だ。だからこそ、一人でも多く、愛する妻と子の味方が欲しかったのだろう。
義母と義妹を紹介し終えたマケラ子爵に、ペルソン伯爵夫人は「いくつか質問、よろしいでしょうか」と、訊ねた。ぴりっと張り詰めた空気に、なにかを感じとったのか、マケラ子爵はデイルに視線を移した。
「デイル。よかったら、グレースにペルソン伯爵家の素敵な庭を案内してやってくれないだろうか」
「え? かまいませんけど。それじゃあ、オリヴィアも一緒に」
それに待ったをかけたのは、ペルソン伯爵夫人だった。
「ごめんなさい、デイル。オリヴィアにも、少し訊ねたいことがあるのです。終わればすぐに、お庭に行ってもらいますので」
「わかりました。それでは、えと、グレース嬢、お庭に案内します」
微笑むデイルに、グレースが、ぱああっと顔を輝かせる。貴族令息にこのように話しかけられるのは、はじめだったため、まるでお姫様になったような気分だったのかもしれない。これまでグレースが接してきた同年代の男の子とは、明らかにまとう空気も、所作も、違っていたから。
デイルにエスコートされ、グレースが応接室を出て行く。二人の背中をなんとも不安そうな顔で見送るオリヴィアに、ペルソン伯爵夫人が、ごめんなさい、と謝罪してきた。
「あなたに確認ができたら、すぐにお庭に行っていいですからね」
「い、いえ。大丈夫ですっ」
ペルソン伯爵夫人はオリヴィアに小さく笑いながらも、さっそく、本題に入った。
「──マケラ子爵。あらためてお聞きしますが、この結婚は、オリヴィアも承知した上でのものなのですよね?」
ペルソン伯爵夫人が、マケラ子爵を見据え、問いかける。マケラ子爵は堂々と、もちろんですとも、と答えていた。
「でなければ、こんなに早く結婚などしませんよ」
ペルソン伯爵夫人がオリヴィアに視線を移す。オリヴィアは、なにも言うことができなかった。
「……もう一度確認しますが、あなたに愛人と隠し子がいたこと、ナタリアも知っていたというのは本当なのですか?」
「ええ。きちんと話し、理解してもらっていました」
ペルソン伯爵夫妻が眉間に皺を寄せる。いまとなっては確認しようがないことであり、貴族に愛人がいること自体は、残念ながらそう珍しいことではなかった。まして、愛のない政略結婚ならなおさら。
けれど、ペルソン伯爵夫妻はなにも納得していなかった。特にオリヴィアの実母であるナタリアの親友であったペルソン伯爵夫人は、表には出さないものの、いまにもマケラ子爵に怒鳴りつけたい衝動に駆られていた。
しかし、オリヴィアを思えばそんなことはできなかった。いまはもう、たった一人の血の繋がった肉親である父親。勝手な憶測で引き離すことなど、できようはずもない。
それになにより、オリヴィアはデイルの婚約者。デイルはペルソン伯爵家の嫡男で、同じ年の二人は、王立学園を卒業すると同時に結婚することが決まっている。
オリヴィアがこちらに嫁いでくれば、その時点で、オリヴィアはペルソン伯爵家の人間になるのだ。
ペルソン伯爵夫人は真っ直ぐに、オリヴィアと向かい合った。
「オリヴィア。新しい家族と、うまくやれそうですか?」
その場にはマケラ子爵夫妻がいて、なにより義母と義妹と出会ってからまだ数日しか経っていなかったこともあり、オリヴィアは「……はい」と答えた。いまにして思えば、母が恋しかったから、優しそうな雰囲気の義母に、なにかしらの期待をしていたのかもしれない。
心配そうなペルソン伯爵夫妻とは対照的に、デイルは、庭で、グレースと楽しそうに会話をしていた。
大人たちとの話し合いを早々に終えたオリヴィアが、二人がいる庭を屋敷の窓から見たときの光景は、単純にショックだった。
グレースと一緒にいるデイルが、オリヴィアといるときより、楽しそうに見えたから。
母を亡くし、落ち込む日々。そんなオリヴィアを慰めることにデイルは疲れていたのかもしれない。ころころと楽しそうに笑うグレースに、デイルの表情はとても穏やかだった。
だからもう、デイルにグレースと会ってほしくなくて、マケラ子爵邸には来ないでほしいと頼んだ。そんなわがままを、デイルは文句一つ言わず聞いてくれた。
ペルソン伯爵邸にたびたび行きたいと願うオリヴィアを、誰も責めなかった。いつも快く送り出してくれた。気をつけてと言ってくれた。それはオリヴィアがマケラ子爵たちにとって異物だからでは、なんてことを考えそうになる自分を必死に否定しながら、オリヴィアは暗示するように、何度もこう繰り返した。
(大丈夫。お父様もお義母様も、ちゃんとわたしを愛してくれている。グレースが一番なのは仕方ないわ。それにわたしには、デイルがいるもの)
そんなオリヴィアにとって、王立学園に入学してからの一年は、実母を亡くしてから一番楽しい時間となった。
王都にある王立学園。王都に別邸を持たない生徒は学園の寮に入ることが通例だが、マケラ子爵は別邸を所有しておらず、けれどペルソン伯爵は別邸を所有していたので、オリヴィアはデイルと一緒に、ペルソン伯爵家の別邸に住まわせてもらっていた。
家族のいない屋敷は、とにかく居心地がよかった。そして手を伸ばせば、いつでもデイルがいる。その環境が幸せでたまらなかった。
しかし、オリヴィアたちが二年になると、マケラ子爵領からグレースがやってきた。もちろん、王立学園に通うために。
そして当然のように、グレースもペルソン伯爵家の別邸に住むようになった。
貴族社会は狭く、情報はあっという間に広まる。グレースが愛人の子どもで、元平民だということを周知している生徒たちは、誰もグレースに近付こうとしなかった。
だから結局、昼食も、登下校も、すべて三人ですることになった。それだけならまだしも、さらにデートにも、グレースはついてきた。最初は遠慮していた風だったが、一人が寂しいグレースは、いつでもどこでもオリヴィアとデイルのあとをついてくるようになってしまった。
デイルはそれについて「いいんじゃない? 三人の方が楽しいしさ」と笑い、グレースを嗜めることは決してしなかった。
オリヴィアは、ついてこないで、と本心では思っていたが、両親の顔がちらつき、とてもではないがそんなこと口にできなかった。
グレースはすぐに泣いてしまう子で、いつだったか、勝手に転んで泣いてしまっただけの幼いグレースの傍にいた使用人が、駆けつけた義母にいきなり頬を打たれていたのを目撃したことがあった。
グレースは泣いたまま、なにも言わない。慌ててオリヴィアが、使用人はなにもしていませんと訴えたが、鬼の形相をした義母は聞き入れず、結局、その使用人は弁護の機会も与えられないまま、マケラ子爵に解雇されてしまった。
オリヴィアはぞっとした。もしあの場にいたのが自分だったら、同じように問答無用で頬を打たれ、家を追い出されていたのではないかと恐怖した。
そのときからだろう。使用人たちの、グレースへのお姫様扱いがはじまったのは。
そしてオリヴィアも、グレースに対して、本当になにも言えなくなってしまった。機嫌を損ねないように、優しく接する。しかしそれが裏目に出て、グレースはますますオリヴィアに懐くようになっていった。
でも、きっとそれにより、父親も義母も、オリヴィアに優しくしてくれていた。端から見れば、仲の良い家族に見えていただろう。
いや、実際オリヴィア以外は、そう思っていたのかもしれない。
そんな環境から、オリヴィアはますます、デイルへ依存するようになっていってしまったのだった。




