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「僕は、王立学園に入学する前、叔母上から頼まれたんです。あなたが元気で暮らしているか、遠くから見ていてほしい。下手にかかわって、もしマケラ子爵にあなたと叔母上が接触したとみなされたら、あなたがどんな目に遭わされるかわからないからと」
どこまでもオリヴィアを気遣うマドリンに、あの頃のままだと、また目頭が熱くなった。
「……マドリンは、わたしのこと覚えていてくれたのですね。恨んでは、いなかったのですね」
「もちろん」
腰を屈め、立ち上がれないオリヴィアと視線を合わせながら、フィルは笑った。
「あなたのことを、毎日毎日想いながら、心配していました。王立学園に入学してからの一年間は、問題なく、あなたは生活していましたから、叔母上にそのように手紙で報告していたのですが……でもまさか、数ヶ月でこのようなことになるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
夢か。悪夢を思い出し、オリヴィアは苦笑してしまった。
「……わたしも、思ってもみませんでした」
涙を拭いながらフィルに笑いかけるオリヴィアの姿に、デイルは訳もわからず、なんだかムカムカしてきた。
「おい、いったいなんの話をしているんだ。マドリンは、家庭の事情で自主的に退職したんじゃないのか」
それはマケラ子爵が、勝手に考えた、作り話だった。事実を知るものは、マケラ子爵の、ごく少数の使用人たちのみだ。
フィルがデイルを振り返ったのち「彼にはなにも?」とオリヴィアに問いかけると、オリヴィアは、こくりと頷いた。なんだか仲間はずれにされたような気がして、デイルはますます腹が立ってきた。
「だから! なんなんだ!」
この人はなにに怒っているのだろうと思いながら、もうなにも隠す必要のなくなったオリヴィアは、真実を話した。
「……マドリンは、お母様のものをすべて捨てられ呆然とするわたしの代わりに、お父様に意見してくれた。そんなマドリンを、お父様は問答無用で解雇したの。わたしの目の前で」
「そ、んなの、初耳だ!」
「…………?」
動揺するデイルに、オリヴィアが困惑する。しかし。
「ナタリア様のことといい、マドリンのことといい、なんでなにもぼくに言わなかった! 悲劇のヒロイン気取りもいい加減にしろ!!」
続けられた言葉に、オリヴィアはカッと頭に血がのぼり、声を荒らげた。
「まだ幼かったわたしが、お父様に内緒にしろと圧をかけられて、言えたと思う? 情けないのはわかっていたわ! でも、どうしようもなく怖かったのよ! また笑いながら、大切なものを奪われてしまうことが!!」
オリヴィアの悲鳴のような叫びに、さすがのデイルも押し黙る。そんなデイルに、オリヴィアは告げた。
「……いずれにしろ、もうあなたにはなんの関係もないことです。わたしはフィル様とお話がしたいので、もう行ってください。さよなら、デイル様」
涙の跡が残る顔で、よろよろと立ち上がったオリヴィアが、ゆるりと頭を下げた。
もう二度とかかわってこないで。
無言の圧に、デイルは数秒の間のあと、ようやっと踵を返した。
♢♢♢
オリヴィアの実母のこと、乳母のこと。隠されていたことに最初に湧き上がってきたのは怒りのみだったが、デイルは段々と、オリヴィアが憐れに思えてきた。
母親のお墓の前で泣き続けるオリヴィアを抱きしめ、慰めていたのは父親ではなく、乳母のマドリンだった。そんなマドリンが、家庭の事情で自主的に退職したと聞いたとき、なにもこのタイミングで辞めなくてもと、怒ったことを覚えている。
母親を失ったばかりとはいえ、いつも泣いてばかりだったオリヴィア。両親の手前、いつも優しく慰めていたが、本当はうんざりしていた。
マドリンがいなくなれば、余計にぼくの負担が増えるじゃないかと思ったら、案の定だったわけだが──まさか、母親の遺品をすべて捨てられたあげく、誰が見てもオリヴィアの心の支えであったであろう乳母まで、マケラ子爵によって不当解雇させられていたとは思わなかった。
(それなら、まあ……あれだけ泣いても仕方ないか。幼いころ、マケラ子爵夫人もグレースもあんなに優しいのに、どうして頻繁にうちに来るのか謎だったし、鬱陶しかったけど……なるほどな。マケラ子爵が嫌だったのか)
妙に納得できたデイルは、なんだか癪だったが、仕方がないとばかりに、考えをあらためることにした。
(……ペルソン伯爵家から除籍はされたが、結果的に、グレースとは婚約できた。それに将来は、子爵になれるわけだし)
歩いているうちに、少しずつ、オリヴィアへの怒りが静まっていくのを感じた。
ベンチで健気に待っていてくれたグレースに歩み寄ると、デイルは優しく、宣言した。
「──あのさ、グレース。ぼくは、オリヴィアを許そうと思う」
唐突な台詞に、グレースが「お義姉様を、ですか?」と、キョトンとする。ああ、やっぱり可愛いなと。やっぱりグレースが好きだなと、デイルは再確認した。
「うん。思っていたより、可哀想だなって。だからせめて、オリヴィアの望み通り、今後、話しかけるのはやめにしよう」
「……でも。お義姉様、寂しくないでしょうか」
「かもしれない。けど、ぼくときみが仲良くしているところなんて、やっぱり近くで見たくないんじゃないかな」
デイルの中のオリヴィアは、まだ、デイルを愛しているままだった。だからこれは、デイルなりの優しさだった。
「……なるほど。デイル様は、お優しいですね」
「そうかな?」
「そうですよ!」
笑い合う二人だったが、それから僅か数ヶ月後に、これらの誓いは破られることになる。




