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その日の放課後。
デイルとの婚約は無事に解消されたが、次の婚約はきっと望めないだろうということと、なによりこれ以上、ペルソン伯爵家に迷惑も恥もかけたくないという思いから、将来への新たな誓いを立てたオリヴィアは、王立学園の図書館に来ていた。
三階建ての図書館はとにかく広く、使用する生徒の数もまばらで、そんなひっそりとした空気が、オリヴィアは昔から好きだった。
(グレースが学園に入学する前は、よくここで、試験勉強をしていたっけ)
はじめはグレースも一緒に、図書館で試験勉強をしようとしたことはあったが、おしゃべりが好きで、注意力散漫で、いくら注意しても直らないグレースにより、図書館にくる機会はどんどんなくなっていった。
一人で試験勉強をするという選択肢は、グレースが学園に入学してから、とある理由で叶わなくなってしまったため、こうした落ち着いた空間で、一人で勉強するのは、とても贅沢に感じられた。
グレースが入学する前。デイルと二人、図書館で勉強をしていた時間は、当時のオリヴィアにとって、確かに幸せな時間だったが、いまとなっては、デイルはどう思っていたのかはわからない。
(もしあの時点で嫌われていたのだとしたら、デイルにとっては、わたしとの時間は、すべてが苦痛だったはずよね……)
もしそうなら、こうなってしまったのは、デイルにとっても良かったのではないか、と。少し身勝手なことを思ってみたりする。
もしかしたら、子どものころから、ずっとずっと、嫌われていたのかもしれない。なのに、そんなことにも気付かず、デイルに寄りかかり、依存していた自分は、さぞや鬱陶しかっただろう。
でも、デイルは、両親の──ペルソン伯爵夫妻の手前、オリヴィアに優しく接するしかなかった。
(……そっか。デイルも、わたしと同じだったのね。グレースが嫌いなのに、優しくしないといけなかったわたしと)
そんなことに、いまさら気付いた自分が、愚かに思えて。
クスッ。
一人で静かに、自分に、嘲笑した。
「──いい気なもんだな」
怒気を宿した声に、オリヴィアは本棚から本を取ろうとした手を止めた。顔をゆっくりと右に向ける。そこには、デイルが一人、立っていた。
ここは、図書館の端。まわりに人の気配はなく、わざわざここで声をかけてきたことに危険を感じたオリヴィアは、デイルがいる方とは反対方向に足を向けた。
「逃げるのか? ここにはお前を庇ってくれる父上も母上も、お友だちもいないもんな」
デイルは床を蹴り、オリヴィアの手首を素早くつかまえると、そのまま、容赦なくぎりっと力を込めた。
「……っ!」
オリヴィアが痛さに顔を歪めるが、デイルが気にした様子は一切ない。いや、むしろわざとやっているように思えた。
「一対一で、話がしたかった。なあ、ぼくを騙して、ぼくから両親を奪って、幸せになった気分はどうだ?」
放すつもりはないようで、オリヴィアはとりあえず、デイルを落ち着かせるためにも、会話に応じることにした。
「……あなたは、ペルソン伯爵家にいれば、愛するグレース様とは結婚できませんでした」
「だから納得しろと?」
「……そもそも、あなたはグレース様を愛していること、隠すつもりがあったのですか? わたしがなにも言わずとも、遅かれ早かれ、ペルソン伯爵や夫人には知られていたと思いますよ」
「それでも、お前があのとき、ぼくとの結婚を望めば、こんなことにはならなかった」
「愛するグレース様とではなく、子どものころからずっと嫌いだったわたしとの結婚の方がまだましだったと?」
数秒の間のあと、デイルは「……ペルソン伯爵家から除籍されるぐらいなら、我慢したさ」と、吐き捨てた。
吹っ切れたのは、デイルも同じなのだろう。これまでよりずっと、言葉も口調も強かった。
なにより、目が血走っており、オリヴィアは徐々に恐怖を覚えはじめた。沈黙が流れ、苛立ったデイルが声を荒げる。
「おい、聞いているのか!」
手首を捻られたオリヴィアが「……いたっ」と小さくもらすと、デイルは、これぐらいで被害者面するなよ、と面倒くさそうに舌打ちした。
そのときだった。
「──お前、本当に最低だな」
心底軽蔑したような声が、デイルの後ろから聞こえた。その声の主は、オリヴィアより、デイルに近しい人物のものだった。
「フィ、ル……どうしてここに」
伯爵令息のフィルは、デイルのクラスメイトであり、学友で。オリヴィアも、デイルを通して何度か会話したことがある人物だった。




