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夏季休暇もあと一日となったころ、オリヴィアは王都にあるペルソン伯爵家の別邸に戻って来ていた。
最初は遠慮して、わたしも学園の寮に入りますと申し出たオリヴィアだったが「あなたのかつての婚約者も義妹もいるけれど、いいのですか?」と、ペルソン伯爵夫人に、ずばり気にしていたことを指摘されたオリヴィアは、厚意に甘え、そのままペルソン伯爵家の別邸に住まわせてもらうことにした。
屋敷からはすでに、デイルとグレースのものがすべて運び出されていたが、オリヴィアはそれをちっとも寂しいと思えなかった。むしろ前よりずっと、楽に息ができた。
オリヴィア付きの侍女はマケラ子爵に仕えていたため、もういない。しかし、これもまた寂しさはない。そういった感情は、もしかしたら母親のものをすべて捨てられてしまったあの日に、なくしてしまったのかもしれない。
「……薄情ね」
ぽつりと、オリヴィアは自室の寝台に腰掛け、呟いた。
オリヴィアは、どうであれ、デイルから両親を奪ったのだ。それに罪悪感はあれど、なんだか心はふわふわとしていた。
「……おばさまが、お義母様になるなんて」
元義母のモリーと接していくうち、あの人の優しさは表面上だけのものだと気付いてしまったオリヴィアは、その落胆から、寂しさから、ペルソン伯爵夫人に、密かに母親の面影を追うようになっていった。
しかし、それを口にしたことは一度もなかった。それでもペルソン伯爵夫人は、どこかでそれを察してくれていたのかもしれない。
母のナタリアが聞いたら、どう思うだろう。あら素敵ね。そう言って、笑うのだろうか。自慢の親友だと、いつも言っていたから。
「──ね、お母様。信じられる? お母様の大事な親友が、お義母様になってくれたの。わたしを救ってくれたのよ」
ペルソン伯爵夫人がくれた、ペルソン伯爵夫人と母親が並んでいる肖像画を両手で持ち、膝のうえに乗せ、眺める。
ペルソン伯爵邸に母の肖像画はなかったが、隠居したペルソン伯爵夫人の両親が、これを持っていたのだ。オリヴィアはこっそりと、ペルソン伯爵邸で母の肖像画を探したことがあったが、どうりで見つからなかったわけだと笑った。もとより、なかったのだから、見つけられなくて当然だ。
ナタリアの肖像画を見たら、オリヴィアが余計に寂しく、哀しくなるかもしれない。そう考えていたと、ペルソン伯爵夫人は教えてくれた。
ごめんなさいと謝られたが、もちろんオリヴィアは、謝らないでくださいと笑った。
オリヴィアを思っての行動なら、泣くほど嬉しかったし、父親を怖れ、なにも相談できなかった自分の弱さのせいでもあったから。
それに、わざわざ両親に手紙を出して肖像画を送ってくれるように頼んでくれたペルソン伯爵夫人にも、それに応えてくれたペルソン伯爵家前当主たちにも、オリヴィアは涙を流しながら感謝した。
年々忘れていく、母親の面影。最初に忘れたのは、声で。顔も、もううっすらとしか思い出せなくなっていたから。
「わたしの知るお母様より、若いな。すごく綺麗で、素敵」
肖像画を眺めるのは、これで何度目だろうか。王都を出立するときは、想像すらしていなかった。まさか自分が、こんな風に笑えるようになっているなんて。
王立学園に通う学費も、ペルソン伯爵が支払ってくれるそうで、オリヴィアはもう、どう恩を返せばいいのかわからなくなっていた。
『なら、幸せになりなさい』
ペルソン伯爵夫人は、悩むオリヴィアに、そう優しく笑ってくれた。これまで大切に育ててきた息子と決別する理由となってしまった、オリヴィアに。
申し訳ないと思う気持ちは、きっとずっとあり続けるかもしれないけど。それでも、それを上回る感謝がある。
「──さてと。明日の準備をしないとね」
鼻唄を歌いだしそうな勢いで、オリヴィアは立ち上がった。こんなに心が軽く晴れやかなのは、久しぶりで。
もはやデイルに未練なんてものはないし、さらにいってしまえば罪悪感もあるので、オリヴィアはデイルとグレースの二人が婚約し、幸せになってもかまわないと、心から思えるようになっていた。
だからもうこちらにかかわってこないでほしい。二人だけで、勝手に幸せになって。
二人に願うのは、それだけ。
そんなオリヴィアのささやかな願いは、さっそく、翌朝に砕かれることになった。




