18
応接室の椅子で、書類の写しを持ちながら、愕然とするデイルに、グレースが優しく寄り添う。
「……一緒に入っていたお手紙によると、お義姉様も、正式にペルソン伯爵家の養女になったみたいです。寂しいけれど、それが現実を受け入れられないお義姉様の唯一の逃げ道だったのなら、あたしはそれを受け入れようと思います。だからデイル様も、ね?」
重ねられたグレースの手の温もりを感じたデイルが、グレースと顔を見合わせる。
「……グレース」
「ペルソン伯爵夫人もおっしゃっていたではありませんか。お父様に養子先を見つけてもらって、あたしと婚約しなさいと。あのままデイル様がペルソン伯爵家にいたら、あたしたちは結ばれなかった。ならきっと、こうなってよかったのです」
気遣うような口調に、デイルの心が少しずつ浮上していく。親にあっさりと捨てられたことがショックで、自分をはめたオリヴィアが憎くて仕方がなかったが、もうどうしようもないのなら、グレースの温かな言葉に縋りたくなった。
(……そう、そうだ。あんな暗くて嫉妬狂いの女なんかと結婚しなくてよくなったこと。そしてなにより、愛する女性と結婚できることを喜ぼう)
デイルは、ふっと表情を緩めた。
「……やっぱり優しいな、きみは」
「ふふ。惚れ直しました?」
「……ああ」
二人のやり取りを正面から微笑ましくみていたマケラ子爵夫人は、隣に座るマケラ子爵に視線を向けた。
「グレースの言うとおり、オリヴィアに思うところはありますが、結果的に、こうなってよかったのかもしれませんね。早く、デイルの養子先を見つけてあげなければ」
マケラ子爵は頭を抱えていたが、やがて、そうかもな、と。少し痩せ細った顔で、投げやりに笑った。
「……グレースと婚約してくれる貴族令息など他にいないだろうし、グレースをこんなに愛してくれているなら……」
それは紛れもない事実だったが、マケラ子爵夫人は「嫌だわ」と、そのことをまるで信じようとはしなかった。
「あなたったら、ご冗談を。こんなに純粋無垢で可愛いグレースと婚約したい方なんて、きっとたくさんいるはずだわ。そうでしょう?」
クスクス。クスクス。
愉快そうに笑うマケラ子爵夫人に、マケラ子爵は諦めたように、そうだな、とだけ返した。もしそうなら、マケラ子爵宛に、婚約者のいないグレースに、釣書が送られてきてもおかしくないはずだが、一通も来たことがない。それがマケラ子爵にしてみれば、認めたくはないが、答えだった。
しかもグレースによれば、平民だからと友だちすらできずにいるという。そしてオリヴィアは、デイルが、他の貴族子女たちの前で、堂々とグレースをエスコートしていたと言っていた。あまつさえ、デビュタントで、ファーストダンスすら踊ったという。
その事実をはじめて知ったマケラ子爵は、王立学園でのグレースの立ち位置を理解し、もうグレースに婚約話はこないだろうと察した。
ならば、デイルにグレースと結婚してもらい、いずれは、爵位を継いでもらうしかないだろう。
はじめはマケラ子爵も、こんなにモリーに似ていて、容姿が整っている、明るい性格のグレースのことだから、元平民とか関係なく惹かれるものは少なからずいるだろうし、王立学園で、マケラ子爵家に相応しい相手をいずれ見つけてくるだろうと期待していた。
でも、実際は違っていた。もう評判は最悪だろうが、もはやあれこれ考えても、仕方がない。そんなところまで、来てしまっていた。
(……しかしこれで、モリーとグレースの幸せだけに集中できるわけだな)
マケラ子爵なりに、オリヴィアには気を使っているつもりだった。なのに、この仕打ち。心の奥底では邪魔だと思いつつも、世間体もあるから、ペルソン伯爵家に嫁ぐまではせめて優しくしてあげようと思っていたのに、見事に裏切られてしまった。
恨みはある。しかし、これ以上ペルソン伯爵家の怒りは買いたくないので、オリヴィアのことは、忘れることにした。
それからほどなくして。
デイルは急ぎ、マケラ子爵の親戚の男爵の養子となり、グレースと正式に婚約した。
♢♢♢
夏季休暇も残り僅かとなったころ。ペルソン伯爵からデイル宛に、手紙が届いた。それを聞いたデイルは、もはや他の家の養子となったのに、それでもまだ、期待に胸を膨らませた。
頭は冷えたか。そろそろ戻ってこい。そんな内容かとドキドキしながら、部屋に行く間も惜しむように、玄関ホールで手紙を開封した。けれどそこには、王都にあるペルソン伯爵家の別邸から、デイルとグレースの荷物を学園の寮にすべて運んだので、今後はそこから通学するようにという趣旨のことが書かれていた。
期待した文面とはまるで違うそれに、デイルが固まった。
(……ああ、ぼくは本当に)
「ペルソン伯爵から、二人を今後も王立学園に通わせるのかという手紙が来たから、そのつもりですと返したんだが……これのための確認だったんだな」
次はなんだと若干緊張していたマケラ子爵が、待ちきれずにデイルの斜め後ろから手紙を読むなり、疲れたようにそう呟いた。
「……そうですか」
デイルは手紙を持った右手を、だらんと下げた。なんだか、二度、現実を突きつけられた気分になったのだ。
だから、デイルの絶望など知る由もなく、マケラ子爵夫人と、学園の寮ってどんなところかしらとワクワクしている、吞気なグレースの声など、まるで耳に入ってこなかった。




