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「……母上、一生戻って来なくてもいいとはどういう意図があるのですか? それは、爵位を継げる年齢になるまで、屋敷に帰ってくるなという意味ですか?」
目を見開いたまま一気に捲し立てるデイルに、ペルソン伯爵夫人は間を置かず、違いますよ、と真顔で答えた。
「一生戻って来なくてもいいと言ったのは、あなたをペルソン伯爵家から除籍する、という意味です。ですから、グレースと──マケラ子爵令嬢と婚約したいなら好きにすればよいです。あなたはもう、ペルソン伯爵家とはかかわりのない人物となるのですから」
言葉の意味を理解するのに数秒要したデイルが、ぎこちなく首をかしげた。
「跡継ぎはどうするのですか? 母上と父上の息子は、ぼく一人なんですよ?」
その事実があってこそ、デイルが安心しきってしまい、こんな愚かな真似をしてしまったことが嫌でもわかってしまったペルソン伯爵夫人は、苦い顔をした。
「──あなたの姉は辺境伯に嫁ぎましたが、そこで二人の男児を産みました。まだ幼いですが、とても優秀な子をね。あなたも会ったことがあるのですから、それは知っていますね?」
ペルソン伯爵夫人の言わんとすることがわかってしまったデイルは、ごくりと唾を呑み込んだ。
「……そ、そんな冗談」
「婚約者一人も幸せにできないばかりか、大切な婚約者のオリヴィアを、こんな馬鹿な人たちと一緒になって傷付けるあなたなど、当主にも領主にも、相応しくありません。あとはマケラ子爵に養子先を探してもらうなりなんなり、好きに生きなさい」
ペルソン伯爵夫人の目は、怖いほど真剣だった。嘘をついているようには見えなかったが、それでもデイルはこの状況が信じられなかった。
たったこれだけのことで、と。
確かにグレースとのことは、反対されるかもとの懸念はあった。でも、マケラ子爵たちと、さらにオリヴィアの後押しがあればもしかしてという思いと、最悪、反対されたとしても、叱られはするだろうが、結局はオリヴィアと結婚するだけだと軽く考えていたから。
実の息子を、唯一の跡継ぎのデイルを、こんなにあっさりと手放すとは、考えもしていなかった。
一方のオリヴィアも、まさかデイルがペルソン伯爵家から除籍されるとは、想像だにしていなかった。
(血の繋がった、愛する人との子どもなのに……)
この瞬間、オリヴィアは痛感した。ペルソン伯爵夫人は本当に、心から自分のために怒ってくれているのだと。
母親のものをすべて捨てられた日、オリヴィアは絶望した。でも、ペルソン伯爵家の人たちがいたから、生きてこられた。いつかマケラ子爵家を出て、この人たちと暮らすのだからと。
でも、グレースにデイルを奪われたとき、すべてを失う覚悟をした。ペルソン伯爵家との繋がりもなにもかも。なのにまさか、こんな結末が待っていたなんて。
歓喜するオリヴィアとは対称的に、デイルは絶望していた。なんでこんなことになってしまったのかと、パニック状態になっていた。
「……ぼ、ぼくは、オリヴィアと結婚します。いや、させてください。だから、だからっ」
捨てないで。そう、両親に縋る間もなく、デイルはマケラ子爵夫妻とグレースと一緒に、ペルソン伯爵邸から、顔見知りの使用人に、無理やり、力尽くで追い出されてしまった。
「……なんてことだ」
ペルソン伯爵家との縁を絶たれたことに絶望していたのは、デイルだけではない。マケラ子爵もだった。マケラ子爵夫人は、ただ、ぷりぷりと怒っていた。
「なんて失礼な方たちかしら。それに、オリヴィアもオリヴィアよ。あんなに優しくしてあげていたのに、いまさら悲劇のヒロインぶるなんて。見損ないました。あんな子、もういりませんわ」
グレースは両手で顔を覆い、しくしくと泣いていた。
「……お義姉様、なんで。あたしたちに嘘をついてまで、あんなこと」
マケラ子爵夫人はペルソン伯爵邸の玄関扉の近くから一向に動こうとしない三人を叱咤し、なんとか馬車に押し込むと、馭者に「出して」と命じた。
馬車が動き出す。ゆっくり、ペルソン伯爵邸が小さくなっていくのを見ながら、デイルはまだ、この状況を受け止められずにいた。
(ペルソン伯爵家から除籍するなんて、嘘だよな……? ぼくを脅すことが目的なんだよね?)
いくらオリヴィアが亡き親友の忘れ形見だからといって、他人の子のために、ここまで簡単に、実の息子を切れるわけがない。このときのデイルはまだ、これがただの脅しだと信じていた。
しかし。
半月もしないうちに、マケラ子爵邸に身を寄せるデイルの元に、ペルソン伯爵家からデイルを正式に除籍したことを思い知らせるように、その書類の写しが、届けられることになる。




