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「わたし、マケラ子爵家から出たいです。おばさまの──ペルソン伯爵家の子になりたいです……っ」
俯きながら、オリヴィアは言い切った。言ったあとのオリヴィアの呼吸は荒く、目は見開いていた。
言った。言ってしまった。
オリヴィアの中では、同じ言葉が繰り返されていた。マケラ子爵一家の前で本音を語ったのは、これがはじめてだったから。
たったそれだけのことで、オリヴィアは、自分の中の勇気をすべて使い果たした気分になった。
「オ、オリヴィア……」
マケラ子爵が驚愕の表情を浮かべる。どうして、と呟く。けれどそれとは対称的に、マケラ子爵夫人は、仕方ないですね、と哀しそうに──あくまで表面上は──笑っていた。
「寂しいですが、オリヴィアがそう望むなら、私たちには止められません。受け入れましょう、あなた」
理解のある母親、とでも自分に酔っているのだろうか。オリヴィアからしてみれば、体の良い厄介払いができたと喜んでいるようにしかみえないが、別にそれでよかった。
むしろ厄介なのは──。
「──お前は黙っていろ!!」
怒鳴られたマケラ子爵夫人が、びくっと肩を揺らす。かまわず、マケラ子爵はオリヴィアに向き直った。
「どうした? 今回のことで拗ねているのか? 安心しなさい。私たちはもう怒っていないし、お前はデイルと結婚していい。第一、ペルソン伯爵家の養女になったら、デイルと結婚できないのだぞ? それでもいいのか?」
諭すような口調が、より、オリヴィアを逆なでさせた。
(……この人は、わたしの言葉をなにも聞いていないんだな)
改めて、オリヴィアは痛感した。同時に、この両親の本音も垣間見えて、なおさらマケラ子爵家から出たいという思いが強固になった。
残された勇気を振り絞り、こぶしを握りしめる。
「……わたしはもう、デイルとは結婚したくありません。わたしのことを想っていないと、そんなこともわかってもらえないのですか? おばさまはちゃんと理解してくれているのに」
「き、貴様……ここまで育ててやった恩を忘れおってっ」
これまで逆らったことのないオリヴィアの反抗に、マケラ子爵はカッとなり、手を振り上げた。
殴られる。オリヴィアが反射的に目を瞑ろうとしたとき、ペルソン伯爵夫人が「オリヴィア! こちらにいらっしゃい!」と立ち上がった。
声にはっとし、いつもとは違い、この場には味方がいることを思い出したオリヴィアは、ペルソン伯爵夫人の元へ向かうため、立ち上がった。そんなオリヴィアの腕を掴んだのは、グレースだった。
離して。そう言おうとしたオリヴィアは、振り向いたグレースのあまりに困惑した表情に、思わず口を閉じた。
この子はこれまでの一連の流れを見ながら、いったい何に、これほどまで困惑しているのかが、オリヴィアには理解不能だったから。
「……あたし、お義姉様のことなにも理解できません。お義姉様は、本当はあたしとデイル様のことを応援してくれていなかったということですか? なにより、どうしてうちを出たいなんて言うんです? 訳がわかりません……」
「…………」
身体から、少しだけ力が抜けたのがオリヴィアにはわかった。
(……ああ、この子は本当に)
この子は本当に、なにも理解ができていないのだろうな。オリヴィアは胸中で、そっと呟いた。
無駄かもしれないと思いつつ、これで最後だからと、オリヴィアはグレースに説明を試みることにした。
「……これまでのお父様とお義母様、デイルの言葉を、ちゃんと聞いていましたか? この三人は、わたしのことなんて愛していません。だからもう、離れたいのです。それと、デイルとのことを応援しているのは本当です。あなたたち二人は、とてもお似合いだと、心から思っていますから」
「愛されていないなんて、そんな……被害妄想じゃ」
「被害妄想、ですか……」
やっぱり通じないか。早々に諦めたオリヴィアは、グレースとのつかの間の対話を終わらせることにした。話していても、こちらの精神が削られるだけだからだ。
「あなたがそう思うのなら、そうなのでしょう。でも、わたしは違うのです。あなたたちと一緒にいても、苦しいだけ。もしペルソン伯爵夫人の申し出がなくとも、わたしは家を出るつもりでした」
「い、家を出たって、なんの苦労もしたことがない貴族のお義姉様が一人で生きていくことなんてできませんよ? 世間は、そんなに甘くないのです。お義姉様は知らないかもしれませんが……」
(……ああ、苛々する)
思ってはいけない。その枷が外れたように、オリヴィアはいまはっきりと、グレースが嫌いだと自覚した。




