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ひぐらしの鳴く森で  作者: 天青


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4/7

ホットな日

 少年を探すため、僕は色々な場所に行った。トイレや校舎裏、よくわからない教室や物置。それで僕は気が付いた。ここはきっと、過去だ。


 教室に貼ってあったポスターはとても今のものとは思えないし、新聞も昭和25年と書いてあった。道理で学校の設備が乏しいし、生徒も男ばかりで、髪形も坊主しかいないわけだ。館のドアの上の1950という数字は西暦だったのか。


 僕はわくわくしていた。過去の日本をじっくりと見ることが出来る。今まで代り映えのしない日々が続いたが、今日でそれもおさらばだ。館にある他のドアに行けば、きっと別の年代、別の場所に行けるに違いない。


 あぁ、そうか――リボンさんが言っていた願いを叶えるまではっていうのは、きっと、楽しい日々を送ることなんだ。そうに違いない。


 考え事をしながら校舎を歩いて行くと、職員室という立札が見えた。重厚な扉の奥には先生たちがいるのだろうか? 僕の学校でも、もちろん職員室はあった。職員室に入る時は毎回緊張した。大体は怒られるからだ。僕は先生たちの間では問題児だった。授業はさぼるし、課題も出さない。先生たちから見れば迷惑で不真面目な子供だったのだろう。


 でも、僕は自分のことをそうは思っていなかった。何度もちゃんと授業に行こうとしたし、課題もやろうとした。でも、できなかった。やった方がいい、そんなことは分かっていた。ただ、疑問があったんだ。これに意味はあるのかと。


 学校に行くこと、勉強をすること。僕にはそれをする意味を感じなかった。だから、色々な人に聞いたんだ。意味はあるのって。お父さんは、ちゃんとしないと天国のお母さんが悲しむって言ったけど、お母さんの事なんて僕は覚えていない。担任の先生は、いい高校に行くためだの、就職して立派に働くためだの上から目線でペラペラと言い出した。もうそんなことは聞き飽きた。クラスメイトも皆バカだ。何も疑問に思わずに、毎日を適当に生きてる。それが当たり前かのように。いや、きっと当たり前なのだろう。当たり前じゃないのは僕なんだ。それに気が付いたのは中学2年生の夏だった。


 いつものように僕は、授業中に本を読んでいた。その時は小説を読んでいたと思う。少し暗い話だったけど、素敵な話だったはずだ。僕はいつもバレないように読んでいた。前は堂々と読んでいたが、先生が顔を真っ赤にして怒って、親まで呼ばれたのだ。たまったものではない。それから先生にバレることはなかった。バレないように教科書を壁にしたり、机に入れたり、臨機応変に対応していた。


 でも、僕が授業中で居眠りをしてしまった時に、机の上にある本が理科の先生に見つかってしまった。


 その先生は僕の机を思いっきり叩いて僕を起こした。


 お前はいつになったら成長するんだ。前にも佐々木先生に叱られただろ。お前はやっていいことと悪いことの区別がつかないんだな。先生たちはお前の将来のために授業をしているんだぞ。それなのにお前は呑気に本なんか読んで。本なんて何の役にもたたないんだよ。自分の人生に役立つことをしろ。勉強しないと生きていけないんだ。


 言われたことは鮮明に覚えている。怒られた後に、廊下に立たされた。ついでに反省文も1000文字書かされた。そんなことよりも、言われた内容の方がショックだった。役立つことをしろ。生きていけない。どうしてそんなことを子供に言えるのか? 自分の存在が否定されたようで悲しかった。だって、僕は役立たずだから。生きていたって誰かの役に立つことはできない。それに、どうして皆と同じように生きないといけないのか疑問だ。そういう周りと違う奴は生きていけない。だから死ねって言っているのか? 


 僕は怒られることに慣れなかった。でも、先生に怒られるようなことはしていた。それが正しいと自分では思っていたからだ。この世界は弱者に厳しい。平均でいないと、普通でいないと、気を使わないと生きてはいけないのだ。


 だから、僕は当たり前ではない人生を送るしかないのだと、その時に悟った。


 職員室の前に立って、一度大きく深呼吸した。そして、ゆっくりと扉を開けた。中は思った以上に狭かった。エアコンはもちろん無いから蒸し暑くて、先生は黙々と自分の机の上で作業をしている。とてもいい空気感とは言えない。職員室の中を見渡すと、右奥に少年がいた。僕は少年に見つからないようにしゃがんで、先生たちの机の陰に隠れた。


「ともなり。お前は技術以前に筋肉が足りていない。もっと鍛えろ。野球にすべてを捧げるんだ。野球のない自分には価値がないと思え」


 喋っていたのは以前に見た野球部の顧問だった。なんて酷いことを言うんだ。やっぱりこいつは、僕に怒った先生と同じでクズだ。


 少年は真剣な表情で返事をするだけだ。


「今度また、きー抜いたらもう部活には来させないからな。わかったら行け」


 顧問は足と腕を組みながら言っていた。少年はありがとうございます。と、言う必要のない感謝を述べ、職員室から出て行った。いつの時代にも、こういう大人はいるもんだ。この世にいるすべての人が良い人ならなぁ。ああいう人たちの頭はいったいどうなっているのだろうか。見当もつかない。


 おっと、早く行かないと少年を見失ってしまう。僕はすぐに職員室をでた。やはり、職員室は得意ではない。自分たちより立場が上の大人が沢山いる場所だ。怯えながら生活しないといけない。先生たちの中でも上下関係があるのかもしれない。そういう嫌なところが見えるような場所だ。


 その後、少年は教室に行くのではなく、外に行くようだ。昼休みはあと25分ある。いつも外に行っているのだろうか? 僕もそうだった。教室は居心地が悪くて、いつも誰もいない校舎裏の隅で弁当を食べていた。そこは理科準備室のすぐ外だから、誰も来ないし、周りは柵で囲われていて、柵の外は住宅街になっている。本当に何もない場所だ。あるのは汚れた室外機だけ。


 本当は教室で友達と食べてみたい。ずっとそう思っていた。でも、友達はいないし、教室で1人で食べるのは恥ずかしいと思ってしまう。自分が情けなかった。あそこで食べる弁当は味がしなかった。


 校舎を出ると、少年は運動場の方へ走っていった。少年もボッチなのだろうか? どうやら違うようだ。昼休み、皆がゆっくりと休んでいる中、少年は1人で素振りをしだした。毎日こうして1人で練習しているのだろうか。なんてストイックなんだ。常人にはできないことだ。他の野球部の生徒たちはこのことを知っているのだろうか。それだけ頑張っているのに上手くはなれないのか――


 僕はごつごつのコンクリートでできた階段を降りて、少年がいる運動場のベンチにゆっくりと近づいていった。歩くたびにじゃりじゃりと乾いた砂が音をたてる。


 少年がこちらに気づいた。


「あれ、こんな時間にどうしたの?」


 少年は前と同じような優しい顔で僕に声をかけてくれた。


「なんか暇で来ちゃいました」

 

 僕は少し、子供っぽく言ってみた。この少年はなんだか親のような兄弟のような、そんな雰囲気を身にまとっているのだ。


「え、今日は学校無かったの? たぶん中学生だよね?」


 少年は心配そうな顔だ。なんて優しい人なんだろう。僕は今までに感じたことのないような、ぽわぽわとした気持ちになった。


「事情があって、学校に行けてないんですよ。だから、話す人もいなくて……」


 わざとらしく、少年と話したいという気持ちを伝えた。少年はバットの先を地面に着けて、にこっと笑った。


「じゃあ、そこの日陰になってるところでお話しようか」


 少年は階段の上にある木を指さした。セミの鳴き声が聞こえるこのジリジリと暑い日の中で、ここだけが嫌な暑さじゃなくて、ぽかぽかとした暖かさに包まれるのを感じる。


 

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