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ひぐらしの鳴く森で  作者: 天青


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3/7

心に眠る

 館に戻るとリボンさんが大部屋にいた。


「あら、帰ってきたのね」


 リボンさんは赤いソファに座って、コーヒーを飲みながら、読書をしていた。


「あの……一旦帰ってもいいですか? 親も心配すると思うので」


 リボンさんはコーヒーカップを置いて、組んでいた足をほどき、ムスッとした顔をした。あー、こわいこわい。


「だから、家には帰れないわ。それに、ここにいる間は時間が止まってるから大丈夫よ」


 この人は何を言っているんだ?


「何よ。そんなの今更でしょ? 今までも不思議なことは沢山起こったはずよ」


 確かに、その通りではあるが――


「試しに館の外を見てみなよ」


 そう言われて僕は、木造の床をギシギシといわせながら、館の玄関に行き、正面の古ぼけた大きな扉を開けてみた。すると、そこには何もなかった。森から来たはずなのに、辺りは一面真っ暗、というか光が一切なくて黒一色だった。


 試しに、扉から恐る恐る手を出してみた。すると、手はちゃんと扉からでた。どこまで続いているのか? そもそも空間なのかすら分からないこの深淵を見ていると気が狂いそうだった。


「あの! ここから飛び降りるとどうなるんですか!」


 リボンさんに聞こえるように大きな声で聞いてみた。


「さあ、やってみればー」


 リボンさんもそれにこたえるように、大きな声で返事をした。


 やっぱり怖い――でも、好奇心の方が勝る。死んでしまうかもしれないのに、どうしてそんな事をしたくなるのか? 自分でもよくわからない。こんなにドキドキするのは久しぶりだ。まさか、こんなことに興奮するなんて、僕もまだ子供だな。


 呼吸を整えて――よし、行くぞ。


 僕は迷うことなく、大きな扉を掴んでいる自分の手を放して、地面を思いっきり踏んづけて、暗闇に飛んだ。


 勢いよく飛び出ると、そのまま下に落ちることはなく、ぷかぷかと浮いた。心臓がバクバクしている。


「宙に浮いたぞ……こんなの初めてだ」


 そのまま館から離れていくと思ったが、館からの謎の引力によって、ゆっくりと引き戻されていった。感覚としては、無重力の宇宙に漂う小さな石ころを、羽毛布団で包んで運ぶような感じだ。なぜだかその引力には優しさを感じた。


 これは面白い。僕はその後、何度も暗闇に身を放り投げては、謎の引力によって戻されるのを楽しんだ。


「ちょっと、何遊んでんのよ」


 リボンさんが笑いながら近づいてきた。


「ほんとに、子供ねぇ」


 リボンさんはまるで自分の子供を見るかのような優しい目で僕を見ていた。


「リボンさんだってまだ子供でしょ」


 僕は咄嗟に言い返した。


「リボンさん? それ私のこと?」


「うん、そうだよ。赤いリボンをしてるから、リボンさん」


「そんな安直な……まあ、好きに呼ぶといいよ」


 そうして、ひとしきり楽しんだ後、リボンさんと一緒に部屋へ戻った。


 久しぶりにこんなに体を動かしたからだろうか――なんだか眠たくなってきた。少し仮眠をとろうか。


「リボンさん、ベットとかってあるの?」


「ないわ。寝るならソファね」


「えー」


 仕方ない。ソファで寝るか。そういえば、眠気はあるのにお腹は空かない。不思議だ。


 僕は気だるい体を引っ張るようにして、大部屋にあるソファに寝転がった。この部屋はいい匂いがする。コーヒーの匂いが強いけど、ほのかに木の匂いと花の匂いが混ざっている。お互いの匂いが邪魔をすることなく、独特な匂いを作っている。


 時計を見ると4時47分だった。朝なのか夕方なのかは分からない。とりあえず1時間ほど寝ることにする。


 目が覚めると、僕は館には居なかった。


「え、どこだここ……また違う場所に来てしまったのか」


 勘弁してくれよ。


 あたりを見渡すと、どこかの部屋のようで、かなり散らかっている。部屋は小さくて、見る感じ、マンションの一室のようだ。


 ちゃんと寝たはずなのに体が信じられないほど重い。それに気分が悪い。机の上には大量の空き缶があり、それも、ほとんどがお酒だった。この部屋に住んでいる人はいったいどんな人なんだ。見るからに不健康なことが想像できる。


 室内には見たこともないような機械がいくつもあった。宙に浮いているように見える電子パネルや、折り畳み式のスマホのような物まであった。ここは未来なのだろうか?

 

 とりあえず、外に出てみよう。外に出れば、ここがどこかわかるかもしれない。


 重たい金属製の扉を開けて、外を見ると、まったく知らない場所だった。田舎とも都会とも言えないような中途半端な場所だ。ガタガタな道路に古い家、田んぼ、遠くにはスーパーも見える。人がちらほらといるが、基本的に変な服装の人ばかりで、髪形もパーマをかけたようなくねくねの髪形の人ばかりだ。流行っているのだろうか?


 僕は大人しくマンションに戻り、ここの情報を収集することにした。


 改めてマンションの自室に入ると、臭かった。外と比べてここは空気がどんよりしていることにも気づいた。ここは変な場所だ。見たことのない電子機器もあれば、古ぼけた本や、新聞もあり、未来的のような、そうでないような感じがする。


 薄暗い部屋にあるドアを開けてみると、洗面所があった。洗面所にはさらにドアがあり、そこはきっと浴室だろう。


 ふと、洗面所にある鏡に目が行った。僕は自分の姿を見て、驚きのあまり転んでしまった。


「うわぁぁ!」


 鏡に映った自分はやせ細ったおじさんだった。どうりで、声が違う気がしたし、見えている世界が少し高いような気がしたわけだ。


「嘘だろ! なんだよこれ、気持ち悪い。これが僕なのか? 」


 心臓の音が止まらない。頭が真っ白だ。今にも吐きそうだ。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い――


「うわぁ!」


 自分の声で目が覚めた。


「びっくりした。どうしたの?」


 リボンさんの声だ。


「僕、どんな見た目してる」


 僕は震えた声で聞いた。


「なに? 思春期なの? 可愛らしい男の子よ」


 なんだ、夢か――


 僕は自分の胸を撫で下ろした。でも、なぜだろうか? 胸騒ぎは止まらなかった。ただの夢とは違うような感覚がある。喉の奥に何かが引っ掛かるような感覚――以前にも味わったことがある気がする。


 人間は過去から出来た生き物である。そう感じるようになったのはいつからだろうか。当たり前の事ではある。でも、その当たり前の事が人間を苦しめる。僕は過去に何か辛いことがあったわけではない。それなのに、人間は過去から出来た生き物である。という言葉がポツンと出てくるのだ。それに、ずっと違和感がある。自分の人生に――生まれてきてから、今まで、普通の男の子として生きてきた。普通にまじめに生きてきた――はずなのに、何か間違っているような気がしてならない。


 まあ、そういうお年頃なのだろうと自分では思う。中学生ともなると、自分は普通ではない特別な存在だと思うものだ。僕の周りにもそういった奴らがいたし、ついに僕もその仲間入りをしたのかもしれない。

 

 僕の右目が疼いている。今にも爆発しそうだ。僕は、右手をいい感じに目に当てて、いい感じにポーズをとってみた。


「あんた何してんの? 恥ずかしい。そろそろドアの先に行きなさい」


 リボンさんは少し怒っていた。ふざけすぎたか。


「前と同じところに行けばいいですか?」


「どこでもいいよ」


 リボンさんは本を読みながらだるそうに答えた。


「ねぇ、リボンさん」

 

「ん?」


「これに意味はあるの?」


 僕は真面目な顔をしてリボンさんに聞いた。答えて欲しいわけではない。ただ、言いたかっただけだ。帰ってくる言葉も何となく想像がつく。


「さあね。貴方があると思えばあるし、無いと思えばないんじゃない? この世は意味のないことがほとんどなんだから。そんなことを言っていてもきりがないわ」


 思っていた答えと違った。僕はてっきり――


「ぐずぐず言わないでさっさと行きなさい」


 リボンさんは僕を追い払うように手を動かした。


 僕は前に会った少年が気になり、同じドアに入ることにした。リボンさんの前を通り過ぎて、以前入ったドアの前に着いた。ドアの上には1950と書いてある。今まで気が付かなかったが何の数字だろう。考えながらドアを開けた。ドアの先はやはり、あの倉庫だった。相変わらず埃っぽくて、熱い。倉庫のドアを開けると、太陽が真上にあり、とても明るかった。倉庫を出てすぐに、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。運動場の端にある背の高い時計を見れば、12時10分になっている。今からお昼休みだろうか? ちょうどいい。早速少年を探しに行こう。


 運動場の階段を登り、右に歩くと校舎の入り口に着く。入り口には下駄箱がずらっと並んでいる。少し汗臭い。下駄箱ゾーンを過ぎると左右に教室がある。ごく普通の学校だ。教室からはガヤガヤと男たちの声が聞こえる。僕は教室を覗くようにしてあの少年を探した。もしかしたら少年以外にも僕のことが見える人がいるかもしれないので、一応、目立たずに行動した。


 だが、少年はどこにも見当たらなかった。教室以外の場所にいるのかもしれない。僕は教室が並ぶ廊下とは別の場所に行くことにした。

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