123話
――王女の墓には、遺骨がそのままあった。
「代わりの遺骨を置いてあったわけではなく?」
私の質問に、ヘンデは重く頷くと、
「鑑定し確かめました。魔力因子と《癒しの力》があったかどうか」
「兄は鑑定スキルの上級を持っているので」
そこでリュートが補足するように口を挟んだ。
「結果、本人としか思えない遺骨だったのです。皇太子殿下もシグレイン殿も戸惑っておりました」
広い部屋の空間に沈黙が落ちる。
「決定的な証拠が示せない、その状況が続いた為……我々は『あの女が我が国の敵であり、死者である』ということを証明する方に賭ける事にしました」
「敵であり、しかも死者も?」
「はい。そこでまず、他のメイドのように取り込まれない、第二王女殿下配下の侍女を一人、メイドとして移動させ……」
ヘンデは両手をデーブルの上で組んだまま、
「徹底的に部屋の捜査と、あの女身辺に張り付くことに」
「部屋?何かでたの?」
「中身が不明の小袋が一つ。引き出しにしまってあったのを確認しております」
おそらくそれが最後の核――
「……質問なんだけど、鑑定では死者か生者かの区別はつかないの?」
私の純粋な疑問に、ヘンデではなく隣のシオルが反応した。
「ナギ、鑑定とは――物や人に上から刻まれた“痕跡”を読み解く術だ」
続けて、こう説明する。
「死者の痕跡が、後から与えられた“擬似的な生命の痕跡”に覆われたとしたら――ノイズが走る。断定はできない」
シオルの話に、ふ~~んと頷きながら、ふと思う。
「エリシアさんが気付いたのは何でだろう?」
「聖女の神聖力は、人の目には決して見えない“魂の痕跡” に触れることができる。魂の痕跡だけは“死のまま” だから――」
「ああ。死者である本質を見抜けたんだね……」
でもそのエリシアは、『大聖封祠』から身動きがとれなくなった。
『そうね。でも聖女はあり得ない。絶対に』
あの時、ヴェルディが固く告げた言葉をヘンデは思い出していた。
「今朝、その小袋が無くなっているのを、配下のメイドが確認しております」
アデリナ王女が続ける。
「そして、おそらくその中身だったであろう物を、あの王女が炊き出しの中に入れる所も」
「「!!」」
それは――つまり。
「アリア王女のすることを傍観していたの?」
私の低い声に、彼女の表情がやや険しくなった。
「我々はあの者が『敵』であると、断定する情報が必要でした。そして世間に提示する結果も。ですから」
「……見殺しに、したの?」
尚も低い声で続ける私に、流石に顔色が若干悪くなる。
「王家は、分かっていて見過ごし、この結果を導いた、という事だよね?」
静かな怒り――
それがゆるぎなく、魔力となって私の身体から立ち昇る。
「私たちが王宮に来て、シグレインさんに会って、それから軍を動かしてるけど、それよりももっと前に最小限に抑えることはできたはずだ」
アデリナ王女はテーブルに視線を落としたまま、黙している。
「なぜ?わざと後手に回ってしまったような対応をとった?」
それは勇者として生きてきた私にとって、何かを裏切られたような気持ちだった。
ヘンデとリュートは私の怒りと魔力に酔ってしまったのか、酷く顔色が悪い。
レオンハルトたちは、事の成り行きを静観するようだった。
「……義姉が」
ポツリと呟いた。先ほどまでの王女としての威厳というよりも……
「この国唯一の、初代聖女に次ぐ神聖力を持つ義姉に対して」
テーブルに落としていた視線をあげる。
「聖女はもう死んだ、次の聖女があの娘だと」
その目に怒りが滲んだ。
「……あの噂を広めたのは、貧民街の人々でした」
魔王討伐に同行している、偉大なる聖女である皇太子妃に対して。
私たちの大切な家族に対する冒とく――
「その上、戻ってきた義姉は必死に『大聖封祠』で命をかけて戦っていたのに!!」
彼女の目から何かが光った。
「貧民街の者どもは、半年間姿を見せない義姉を、もうあの聖女はお役ごめんだと、根拠のない噂を更に広めたのです!」
アデリナ王女の声が震える。
「……ですが、もちろん、それだけではありません」
一度深く息を吐き。
「確証もなく彼女を拘束すれば――王家が“聖女を排除した”と取られる可能性がありました」
王女としての目で私を見つめる。
「聖女の座を巡る争いだと、そう扇動されれば……国内は割れます」
王家として、何よりも国を護るために――
「だからこそ、我々は」
ほんのわずか、歯を食いしばる音がした。
「証拠が揃うまで――決定的な“結果”が出るまで、動けなかったのです」
何かを耐えるように一瞬身体を震わせた。
「……それでも」
私は短く言った。
「守れた命は……あったはずだよ」
私の言葉にアデリナ王女は静かに目を閉じた。
国としての決断と、私の勇者としての考えはきっと相いれない。
それは今までも沢山あった。
ミサンガのような紐を、両親にプレゼントしていた幼い姉弟の顔が浮かぶ。
目の前で父親が母親を襲う。
その光景を、二人は忘れる事などきっと出来ないだろう。
◇◇◇
――翌日。
聖王国王家は本件に関する公式見解を発表した。
第三王女アリアは、すでに死亡していたにもかかわらず、
外部勢力による不正な魔術的干渉を受け、
強制的に蘇生・操作されていた事実が確認された。
この行為は、死者を利用し国家機関を攪乱する重大な侵略行為 であり、
聖王国の主権を著しく侵害するものである。
第三王女は最期に至り、
自身が利用されていた事実を明らかにする意思を示したため、
王家はこれを尊重し、
本件を隠蔽することなく公表する。
現在、当該外部勢力の特定および排除に向け、
王家および関係機関が共同で対処を進めている。
また、あわせて王都で発生した異常事態は、
外部勢力による魔術的干渉に起因し、
一部の人間に肉体および精神の異常変質を引き起こしたものである。
事態はすでに完全に鎮圧され、
王都の治安および行政機能は通常通り維持されている。
王家は速やかな排除と再発防止策の実施を進めている。
また、同様の事象が周辺諸国へ波及する可能性を鑑み、
必要に応じて情報共有および協力体制の構築を行う用意がある。
被害を受けた市民に対しては、
王家が責任をもって補償および支援を実施する。
本件を国家の安全保障に関わる重大事案と認識しており、
引き続き厳正かつ迅速に対処する。
聖王国カリストゥス王家
国王 セラフィル・カリストゥス
◇◇◇
大神殿の裏庭で、幼い姉弟がヴェルディと一緒に花を摘んでいた。
私はベンチに腰かけながらその光景を、じっと見つめていた。
あの日――。
アデリナ王女から聖王国としての公式見解の内容についても相談を受け、皆で話し合った上、使徒に関する詳細は一旦伏せる事とした。
その代わり、各国上層部と軍部に対しては事の詳細を共有し、対策を練ることになっている。
使徒『メルキオ』。
ミレーナとは雰囲気も、多分実力も違う魔族の子供。
アリア王女の遺骨を恐らく複製し、核を仕込んだ上で受肉していた。
魂については、シオルはベオルの時と同じ方法だろう、と告げていた。
つまり。
明らかに創造主の手がかかっているのだ。
そして、シオルがひっそりと私だけに告げた言葉。
あの結界はシオルが2000年前に構築していた物――
それをすり抜ける創造主の産みだす玉の存在。
(こうなってくると、創造主が明らかに敵なんだと、公表した方が良い気もするけど)
しかし、この世界には創造主の仕掛けた罠がある。
ヤツに関することを口にしたら災いが起こる。
災いに対してもう少し調べるか、シオルに聞いた方が良いかもしれない。
もんもんと悩んでいた時、背後に近づいて来る気配がした。
振り返ると、そこにいたのは。
「勇者様?」
少しだけ驚いた表情を浮かべた、ヘンデ・エルドレインだった。




