122話
「王女……殿下?」
私の背後から声が聞こえた。ただ現実を受け止めきれずに、喉の奥から絞り出したような声。
エリシアが厳しい目でその声の主を睨んでいる。
砂ごと、核を《界域》で丁寧に囲む。
誰にも触れさせないよう、クルクルから未使用のシーツを一枚だし、彼女を包んだ。
私たちの周りには、彼女の護衛騎士だった青年や、メイド、それに現場に駆け付けていた軍人たち大勢がいた。
そして彼らの目の前でアリア王女は消えたのだ。
ゆっくりと振り返ると、そこには準聖女の元婚約者だった護衛騎士が、茫然と立っていた。
「なぜ……」
彼の手には小さな小袋が握られている。
「……ふざけるな。こんな勝手に終わらせて……」
背後から仲間の護衛騎士が、彼を止めようと軽く身体に手をかけた。
「俺が積み上げてきたものを……全部奪ったくせに!!」
血を吐くような叫び。押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出す。
「全部、全部……俺が、俺の手で……!!終わらせるはずだったんだ……!」
両ひざを突いて、拳を地面に叩きつける。
「こんな……こんな終わり方、卑怯だろう!!」
怒りとも悔しさともつかない熱が、ただ彼を動かしていた。
「……その小袋は?」
「……これ、は。謹慎が解け護衛に復帰した際に、王女から渡されました。……破邪のお守りだと」
丁寧に私にその小袋を差し出した。
「中を見た?」
「いえ……」
「私が確認しても良い?」
「もちろんです」
真っ白な、少しだけ分厚い生地で作られたそれを開くと――
「指輪?」
私の言葉に彼が驚いた表情を浮かべた。
「指輪ですか?」
「うん。魔道具かな?何か魔方陣が刻まれてる」
「魔道具?」
袋から丁寧に取り出した指輪を、手のひらに乗せる。
「……なんで、それを……」
彼から漏れた声は、ひどく絶望した声だった。
「シオル!この指輪何の魔道具か分かる?」
私が呼びかけると、遠くで様子を伺っていた夫が、瞬く間に私の前に移動してきた。
その速さにエリシアが目を見開いている。
「……早いね」私の呟きには全く気にせず、シオルが指輪の魔方陣を見つめた。
「ナギ、これは《状態異常無効》の効果が付与されている」
「状態異常、無効?」
「そうだ。魅了対策――に確実に効果があるかは分からんが」
私たちの会話の横で、元婚約者の青年が懐から鎖に通した何かを引っ張り出した。
「それは?」
私が訪ねると、彼は人の意識を誘導する魔術に対抗するために、復帰する前に自分で用意した魔道具だと、聞き取れないぐらい小さい声で答えた。
その指輪は――
「王女の渡した物と同じ指輪だな」
シオルの言葉に、彼は小さく「はい」と呟いた。
……それは、
彼に「抗え」と、残されたものだった。
◇◇◇
「やっと首落としたと思ったら、三つの首になったんだよ」
レオンハルトが疲れ切った顔で私たちと合流した、と同時に話し出した内容に目が点になった。
「?、どういうこと?」
「そう思うだろ?」
ドルガンもうんざりして
「もう首おとせねえからな、さすがに九つ首は嫌だろ?」
(九つ首の蛇?それって)
「……ヤマタノオロチみたいな感じかな」
私の言葉に、周囲の人がギョッとした顔をした。
「ナギの世界には九つの首の大蛇がいるのか?」
代表するように、シオルが私の顔を覗き込みながら質問してきた。
「ヤマタノオロチは八つの頭と八つの尾を持つ蛇だった気がする」
「「え」」
「神話に登場する巨大な怪物の蛇だけどね」
「「……」」
「それを二人でどうやって倒したの?」
「いや、結局聖王が倒した」
「ん?」
「もうさあ」
レオンハルトらしからぬ声が出る。
「あいつ、おかしい。本当におかしい」
そう言ってテーブルの上に突っ伏した。
ひょっとして疲れ切っている理由は、大蛇ではなく。
「聖王、何しちゃったの?」
レオンハルトの横で、酒をあびるように飲み続けるドルガンにそっと聞く。
「百本?二百本?いやもっとか?数える気力もなくなったな」
「ん?」
「俺たちごと射抜いたわけだ。光の雨みたいな数の矢がな」
「「……」」
私とシオルが勢いよく聖王に顔をむけた。
当の聖王はフェリアの隣で、相変わらずしょげた顔をしたまま静かに座っている。
私とシオルの前にウェブスターが丁寧にお茶と菓子を用意する。
彼はアリア王女が消えた後、空き地に広がる核の欠片を全て糸によって回収し、そのまま私たちと行動していた。
ちなみにここは宿屋ではなく。
「皆様、大変お待たせして本当に申し訳ございません」
両扉を開け入室してきたのは第二王女、アデリナ一行と二人の貴族の青年だった。
その内の一人は、アリア王女を最後まで守っていた、あの金髪の青年だった。
アデリナ王女は私たちの背後に控えるマーニャを一瞥すると、少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「……あそこまでの被害があった以上、色々とご相談しなくてはいけない事も多く……」
「うん。大丈夫、分かってるよ」
私が微笑むと、王女はやっと少しだけ安心したようだった。
ここは王城の客間の一部で、比較的奥まった場所にある。
「彼は、先代聖女の血を引くエルドレイン公爵家の長男で、ヘンデと申します」
そこで貴族の青年が丁寧に頭を下げた。
「そして彼の弟、リュート」
金髪の青年は、笑みを浮かべながら軽く礼をする。
「彼らには兄の指示の元、ヘンデにはアリア王女の身元を探ってもらい、リュートには側で監視を依頼しておりました」
「身元?分かったの?」
アデリナ王女がヘンデに視線を送る。そこで初めてヘンデが口を開いた。
「はい。墓所の特定は出来ておりました。ですが」
「?」
ヘンデはその秀麗な顔を少しだけ歪ませ、
「そこには、王女の遺骨がそのままあったのです」




