118話
「食人鬼だーーーー!!逃げろ!」
まだ気づいていない町の住民に叫びながら駆け回る男性がいた。
「食人鬼?」
シオルが驚いたようにその言葉に足を止める。
男性が振り向いて、私たちに声をかけた。
「王女の炊き出しを食べたヤツらが全員おかしくなっちまった!あそこには行くな!」
「食人鬼と言ったな?犠牲者が出ているのか?」
険しい表情のままシオルが続けて問うと、
「食ってなかった奴は、どんどん襲われてる!」
そう叫ぶとまた町中へ走り出した。
私たちは転移場所から急いで貧民街へ向かう。
逃げ惑う人々の波に逆らうように。
そこで見たものは──
「きゃあああああッ!」
「ひッ、助けて!!」
「うぎゃああ!!」
もう人間とは思えないほど変質してしまった人々が、次々と人々を襲っていた。
空き地はすでに一面、血の海だった。
そのあり得ないほど、酷い景色は……まさに──地獄絵図だった。
食人鬼になってしまった者は、子供から老人まで幅広い。
それでも引き寄せられるように人間を襲うその姿に、完全に彼らがもう人間ではなくなってしまっていると知る。
その食人鬼たちを躊躇いなく斬り捨てている一団がいた。
王女の護衛騎士たち──彼ら4人は円陣を組んで、襲い来る食人鬼と戦っていた。
「王女は……」
私が首謀者を探すと、馬車の付近で襲われている一団がいた。
金髪の青年が魔術で抵抗しているが、すでにメイドが数名犠牲になっているようだった。
(王女は何をしている?)
駆け寄って彼らを襲っている食人鬼を峰打ちにして無力化する。
既にこと切れているメイドと貴族の青年を、襲い続けている食人鬼も身体を回転させながら蹴り飛ばし、今回の首謀者を確認すると……。
王女は立ちすくみ、微動だにしていなかった。
逃げも隠れもせず、視点を固定したまま、何かを諦めてしまったかのような暗い目で現場を見つめている。
メイドが一人その王女の前に立ち塞がっていた。
そして金髪の青年と二人で今まで王女を護っていたのだろう。
私の姿を見た二人はそれぞれ違った表情を浮かべた。
金髪の青年は驚きの表情に。
比べてメイドは若干安堵した表情を──
「奥様」
マーニャがそっとこちらに近寄った。
「彼女が第二王女が移動させたメイドです」
(なるほど……)
三人に近寄ると、
「今ここから移動するのは危険です」
私の言葉に青年が反応した。
「町中にも食人鬼が移動し始めています」
「なんだと……」
「逃げる者の気配に引き寄せられるように、彼らは移動をしています」
空き地を見渡す。
動いているのは四人の護衛騎士と食人鬼だけというその光景に、私は一瞬言葉を吞み込んだ。
「……彼らの動きは速くはない。同時に不自然なほど迷いもありません」
「……」
「じきに軍の応援も来るでしょう。それまでここから動かないようにして下さい」
「分かった」
振り返ってマーニャを呼ぶ。
「彼らを守ってくれる?」
「承知いたしました。奥様は?」
「ここを一掃したら路地を抜けて町中に行こうと思っているんだけど……その前にシオル」
「どうした?」
「彼らの状態を視ることは出来る?人間に戻せる可能性があるかどうか知りたいの」
「……分かった」
私が蹴り飛ばした食人鬼をシオルが赤い目でじっと見つめる。
その眼差しが段々厳しいものに変わっていった。
「どう?」
「……駄目だ。おそらく体内の臓器に寄生したあと、血中に入り込み全身に行きわたっている……」
「襲った人へ感染する可能性は?」
「それはない。石棺の核を鑑定した時に検証したが、核そのものに触れない限り影響がないことは分かっている」
「なら、今回はこれだけの人が、核を口にしたってことだよね?」
「そうだ。おそらく細かく砕いて、分からないようにしたのだろう」
「……それなら、全員倒すしかないね……」
私たちが静かに会話する間も、食人鬼に襲われている人々の叫び声が響いていた。
「ナギ、それなら空き地は私がやろう」
シオルが近づいて魔術を展開し始めた。
「町の路地など細かい場所では、魔術で対処するのは難しいからな」
蠢いている集団がこちらに向かって来ていた。
そこに向かって瞬時に激しい稲妻を何発も落とす。
シオルの詠唱なしに、巨大な魔術を連続で展開する様子に、青年もメイドも驚いて目を見開いていた。
そして同じく、護衛騎士の四人もこちらに気づき、戸惑っている。
私は一瞬でその場に移動すると、彼らを襲っていた食人鬼を全て迷いなく斬り伏せた。
「王女の護衛騎士の皆さんですね?」
私の問いに彼らは躊躇いながら頷いた。
「空き地は私の夫が一掃しますので、王女の馬車の側に移動してください」
「あの、あなたは……」
一人の護衛騎士が私の姿を見つめながら慎重に言葉を繋ぐ。
私は静かに微笑んだ。
「今世の勇者です」
馬車の前で王女を取り囲むように、護衛騎士と青年、メイドが並ぶ。
そしてその前ではマーニャがスパイクスピアで、片っ端から食人鬼を吹っ飛ばしていた。
空き地の蠢く食人鬼をシオルが魔術で焼いていく。
私は《千里眼》を使いながら駆け出した。
空き地の外へ駆け出していた人々は、町の路地へ飛び込む者や貧民街の建物に逃げ込む者、ただひたすらに逃げ続ける者と様々だった。
古い建物の扉に食人鬼が群がっている。窓にもへばりついている様子から、中に人間が息を潜め隠れているようだった。
背後から刃を振るう。
空気だけが鋭く震えた。
食人鬼たちの身体が次々と倒れ込み、糸が切れた人形のように微動だにしなくなった。
「無事ですか?!」
私が中に声をかけると、そっと扉が開かれて幼い姉弟が顔を覗かせた。
「大丈夫?ケガはしてない?」
腰を屈め、目線をあわせて二人に問う。
「……僕たちは大丈夫。でも……」
そう言って弟の方が涙を浮かべて泣き出した。
「お父さんがおかしくなって、お母さんを食べちゃった!」
「お母さん……逃げて家の鍵を全部閉めて、絶対に外に出るなって」
姉の方も震えながら涙を零す。
「怖かったーーー!」
「お父さん、お母さん……もう会えないの?」
私は震えて泣き続ける二人を、ただ抱きしめる事しか出来なかった。
二人にはもう一度家の中に入って、しっかり鍵を閉めておくように伝え、まだ襲われている人々の元に向かう。
貧民街の建物は壁が薄い。先ほどの姉弟の家は頑丈な方だったようだ。壁や扉を壊し、建物の中に入り込んでいる食人鬼が多かった。
それを討ち漏らさないように、次々と切り捨てていった。
町中に移ると、逃げ惑う人々で通りが溢れかえっていた。
これでは食人鬼に狙われたら一発で終わる。
そこへ──
「勇者様ですか!?」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、シグレインの横に甲冑をまとった軍人が居る。
声はその軍人からのようだった。
「聖王国、騎士団長のアンスペクトです。遅れて申し訳ありません!」
そこからは騎士団によって、無事な民衆を移動し隔離してもらった。
隔離されている人々の気配を辿るのか、そちらに向かってくる食人鬼を私たちはひたすら狩って行った。
「勇者様、例の王女殿下は?」
シグレインが後ろから声を潜めて聞いてきた。
「無事です。様子はおかしいですけど」
「?様子が?」
──そう。あれは。
狙っていた事象が起きなかった、失敗したと感じたときの人間の表情に近い。
となると。
少年側からの発信を受信できていなかった、という事になる。
それならば狙いは?
本当の狙いは何だったのか。
「ここが片付いたら空き地へ向かいましょう」
私の言葉にシグレインが相変わらず厳しい顔で頷いた。
その頃広場から南南西に進んだ建物の地下室では──
レオンハルトとドルガンの目の前で。
巨大な蛇の頭が──3つに増えていた。




