115話
「これは一体どうしたのです?」
いつも冷静なマーニャが若干動揺している。
それもそのはず。
今日やっと王宮に潜入しているマーニャと合流できたのだが。
その目の前で──
「フェリアさん、これは好きですか?」
「いえ。とくには」
「じゃあ、これはいかがですか?」
聖王がフェリアの横に陣取り、せっせと果物やらケーキやらを差し出している。
優秀なメイド長は困惑した表情で、私とシオルを見てきた。
「何か色々やり直したいらしいよ。聖王が」
「やり直したい?」
「自分の気持ちが通じていなかった事がショックだったんじゃない?」
「はあ…?」
「自分なりの愛情表現では全く聖王妃に通じて無かった上、それが原因で亡くなったと知って、改めてる最中なんだって」
私の解説にマーニャはやっと腑に落ちた表情を浮かべた。
「……2000年経って、ようやくですか」
「そうなんだよね」
私とマーニャが揃ってフェリアを見ると、丁度うんざりしていたのか、こちらに逃げ込んで来た。
「あ!」
聖王の声は聞こえたが、女子三人無視することにした。
「マーニャさん、王女側はどうなんですか?」
私がクッキーを摘まみながら尋ねると、マーニャがお茶を四人分用意してくれた。
「相変わらず見目の良い男性を侍らせてますね」
「ヴェルディちゃんの元婚約者、復帰してるって聞いたんだけど」
「はい。取り巻きに復活しております」
「そんなに魅力的なんだね~王女様が」
私の言葉に、マーニャが珍しく眉間に皺を寄せた。
「それが、どうも違うようでして」
「違う?」フェリアもクッキーをかじりだした。
件の王女からの依頼で、メイドを一人移動させたらしいのだが。
そのメイド曰く、騎士たちはその表情から何か思惑を抱えているように見えるとか。
同じ取り巻きの貴族の令息とは違う立ち位置らしい。
そして、王女の側には必ずその元婚約者が側におり、片時も離れない体制だという。
「……あえて彼だけが踏み込んでるようにも見えるね」
私が天井を見ながら、今度は細長いパイ菓子をかじっていると、
「おそらく、そうなのだと思われます」
マーニャがお菓子をお皿にとりわけて配ってくれた。
「誰かの指示なのかな?」
「少なくとも外務大臣関連ではないようです。軍部か皇太子あたりではないかと」
「なるほど。王様も信用の置ける人物を送り込んだって言ってたもんね」
「となると……色々思惑が交錯してそうですね」
「ね、王女をどうするつもりなんだろうね」
「そうですよね。奥様、これ美味しいですよ」
フェリアがフィナンシェのような焼き菓子をすすめてくれた。
ちなみにここは宿屋である。
女子三人でキャッキャと楽しく議論している反対側で、レオンハルトとドルガンが聖王を慰めていた。
シオルは私の横にピッタリと座ったまま、大人しくお茶を飲んでいる。
何故ここに聖王がいるのか。
「もう片時も女神から離れない」
この一言に、教皇も聖女もちょっとウンザリした。
どのみち『大聖封祠』は崩壊していて、住める状態ではない。
その上、神殿は神殿で問題を抱えていた。
聖王が復活した今、聖女の役割が無くなったのだ。
これをどう国中に説明するか──。
エリシアもヴェルディも、自称聖女王女もどきのせいで迂闊に聖女を辞めることができない。
結界が消えた今、彼女が聖女だと、まだ信じている民衆は少なくなっているようではあるのだが。
「それから正体不明の目だね」
私がお茶を飲みながら、あの路地からの視線を告げる。
「あれは捕まえておかないとマズイ気がする」
同じくその視線を捉えていたレオンハルトが頷いた。
「ゾグートさんが言ってただろう?貴族の馬車に轢かれた子供が見つからないって」
「そうなんだよね。調べてみるって言ってたけど、大丈夫かな?」
「目とはなんだ?」
側でじっとしていたシオルが初めて顔を上げた。
王宮に行く途中、自分たちを見つめる正体不明の視線があったことを説明する。
「ずっと気になっていたのだが……」
シオルがそこで聖王をチラリと見た。
「聖王に核をしこんで傀儡化しようとしたが失敗した」
傀儡化という言葉に、聖王が嫌そうな顔をしている。
「あの王女を蘇らせたのは、王家の血と癒しの力を所持していたからだろう?」
「そうだね。『大聖封祠』に入るために」
私が頷くと、
「となると──」
「あの王女はもう用済みなのではないか?」
◇◇◇
私とシオル、そしてマーニャが慌てて王宮へ向かう。
「シオル、例の核の分析ってどんな感じ?」
「ああ。あれは状態異常を促す。強制従属型に分類される」
「んん?」
「“命令を聞くことが自然だ”と錯覚させる異常状態だな。危険な命令でも躊躇が消える。声をかけられると即座に従おうとする」
「なるほど……」
「400年前の勇者やベオルに仕込まれた物もおそらくこれだろう」
「核を仕込んだ相手に従う感じ?」
「そうだな。正確には核を仕込んで初めて視界に入った人物だろう」
「アルヴェルさんの場合はミレーナさんだったって事だよね」
「そうなるな。そしてベオルはおそらく……」
創造主──
「ベオルは核の事は何も言っていなかったよね?」
「そうだな。制約がかかっているのかもしれない」
街の人込みの中を、急ぎ足で王宮に向かう。
その横顔に視線を感じた。
暗がりの路地の中から。
明らかに私だけを見つめている。
その一瞬。
《千里眼》と《時間停止能力》を発動した。
路地の中、疎らな人の中に自然に溶け込んでいるようで異質なモノ。
「見つけた」
私の目の前には、一人の少年が立っていた。
《界域》で少年を閉じ込め《時間停止能力》を解除する。
「!」
いきなり目の前に現れた私に、少しだけ驚いて、
「………ふ」
奈落の底のよな暗く落ち窪んだ瞳を、半月を描くように細めた。
「初めまして。勇者さん」
その少年の額には、
──二本の角が生えていた。
「魔族……?」
私が驚いて声を出すのと同時に、シオルが後ろに立った。
「……いえ、正しくは魔族だったモノですね」
少年は何が楽しいのか、朗らかに言葉を返す。
マーニャが少年の後ろに降り立ち、狭い路地の前後を塞いだ。
「もう僕の命は終わってましたから」
警戒を強くする私たちとは対照的に、少年は楽しそうに首を傾げた。
「今の僕は──」
そして首を不自然に90度倒したまま、
「使徒」
はっきりと少年の口が吐き出した。
刹那、《界域》を内側から圧殺を試みる。
だが。
「ああ!これですね。凄いなあ勇者さん」
押しつぶされそうになっているのに、何故か楽しそうに内側から膜を手のひらで撫でた。
「解析は無理そうなので、逃げることにしますね」
そしてためらいもなく、自分の指を嚙み切った。
数滴の血が地面に落ちる。
反応するように真っ赤な魔方陣が《界域》の中に出現すると、少年はその中心に沈み込んで行った。
「また会いましょうね。勇者さん」
少年は楽しそうに手を振りながら、消えてしまった。
「ナギ。追跡できそうか?」
シオルが辺りを見渡しながら尋ねてきた。
《千里眼》でマーキングした対象者を探す。赤く点滅するソレは、先ほどの少年を示していた。
「居る。広場の方だ。南南西に進んでる」人込みに紛れながらどこかを目指していた。
「じゃあ、俺たちで追跡するよ」
路地にレオンハルトが立っていた。
「やっと正体が見れたし」
「あれが使徒か」ドルガンが後ろから広場の方を睨んでいる。
「ミレーナさんとは能力が違うみたい」
私の言葉にシオルが頷いた。
「敵が王都のどこに潜伏しているのか……可能であれば見つけたい所だな」
「分かった!」
レオンハルトとドルガンが人込みの中に足早に消えて行った。




