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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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116/127

116話

少年は額の角を帽子の中に隠し、ひたすら広場を足早に抜けていく。

ありえない速度で。

それを周囲は誰も不審に思ってはいないようだった。


「気色悪いガキだな……」

ドルガンが思わず低い声を出した。

二人は少年から一定の距離を保ったまま、気配を殺して追跡をしていた。


そんな中──


自分たちよりはるか前を、同じく少年を尾行している人影を目にする。


「!」

レオンハルトがいち早く気づく。

それはゾグートと部下らしき男性だった。


「おい。まずいぞ」

ゾグートもその部下も、気配を消しきれていない。


少年が路地から地下へと続く階段を下りて行った。

その横顔の口元が……ゆっくりと吊り上がった。


(気づかれてる……!)


レオンハルトとドルガンは、同じように階段を下っていったゾグート達を急いで追った。



同じ頃。

王宮から一番近い、貧民街の近くの空き地に、馬車が数台止まっていた。

そこから騎士数名と貴族の青年、メイドたちが順に降り、最後にアリアが降り立った。


「では炊き出しを始めましょう!」


アリアの一声で、周囲に人だかりができる。

どこからともなく、「あの女性は例の聖女じゃないか?」「王女だったとか」「聖女自らの炊き出しなんて!なんて美味しそうなんだ!」そんな声がまるで周囲の人々を誘導するかのように、いくつも上がっていく。


(まるで違和感を抱かせないように、周到に配置している……)

リュートは辺りを警戒しながら、一番後ろで様子を観察していた。

兄からは無理はするな、と厳命を受けてはいるが。

今の所、一番無理をしているのは……


(ネッド)


アリアの側にピッタリと寄り添い、かいがいしく世話をしている。

だが──

その目はヴェルディを見つめていた時とは、ほど遠い色をしていた。


(無茶をしなければ良いが……)


王女の魔力因子が過去、死亡した王家の者であると証明するため、兄であるヘンデは日々奔走していた。

恐らくこの姫であろう、という特定は出来ている。

だが決定的な証拠が見つからない。

正体の露見を想定しているかのように、周到に隠蔽されている。


こうなってくると──

『あの女が死者である、ということを証明する方が楽かもしれん』

ヘンデが皇太子と手紙でやり取りをしながら、呟いた。


(死者であることを証明する……)

つまり。

人間ではないと衆目に触れさせれば良い──。


今回の炊き出しはアリアからの申し出だった。


(私も王家の一員として何かしたい、ね)

リュートは冷たい視線を隠そうともせずに、集まっている民衆に食事を配っているアリアを見つめる。

支持集めか、何か他に思惑があって外出をしたのか……。

──それとも。


リュートにそっと近寄ったメイドが、

「あの食事は決して口にしませんように」

口を動かさずに呟いた。

このメイドは第二王女にお願いして、追加で担当になってもらった女性だ。

「どういうことだ?」

「王城の料理番があれを作った後、アリア様が何かを入れる所を確認しました」

「!?」

「私は少しだけ《鑑定》が使えます」

「だが、何か……としか判明しなかった、ということか」

「そうです。逆に広く知られている物であるならば、そのような結果は出ません」


二人はせっせと民衆に食事を振舞う王女を見つめる。


「民衆はモルモットか?」

リュートの低い言葉に、メイドは

「あれが敵であるならば。我々は容赦はしません。そして徹底的に情報を利用して排除いたします」

前を向いたまま、微動だにしない。


第二王女が移動させたメイド。

(王家の影をよこしてたのか……)


リュートは空を見上げる。

(何も起こらない方が良い……しかし。今は何かが起こる事を期待しなくてはいけない……)



そしてその日。

王都の二か所で事態は起こった。

まるで示し合わせていたかのように──



ゾグートとその部下が、警戒しつつも少年の後を追って姿を消した。

すぐさまレオンハルトとドルガンも後を追う。

路地裏の奥に、ひっそりと口を開けた階段があった。

石段は古く、ところどころ欠けている。

階段は思いのほか深く、一歩一歩下る度に緊張感が増していった。


古い扉がひとつ──まるで、こちらからの視界を遮らないように開かれている。

ポツンポツンと壁際の灯りが申し訳程度に、部屋を照らしていた。

その光に浮かび上がる影が、何かを掴んでいる。


レオンハルトの目が薄暗い部屋の様子を捉えた。

後ろ姿の少年が、ゾグートの首を掴んで締め上げ、その足元には、床に倒れ込んだまま全く動かない、部下の姿があった。


少年は、その小さい手でゾグートの首を掴んだまま、ゆっくりとこちらへ横顔を向ける。

半円を描くように、笑みを浮かべたまま……それは場の温度を支配している者の姿だった。


「!」

剣聖と戦士が一斉に踏み込む。

レオンハルトの剣をよけるように少年は後方へ飛ぶと、無造作にゾグートを放り出した。

そのゾグートを慌ててドルガンがキャッチする。


「ゴホッツ!ゴホッツ!!」

「何とか生きてるな?」

ドルガンの問いに、ゾグートは頷くものの、床に倒れたまま動かない部下へと視線を送る。

「こいつは?」

「部屋に入ってすぐ、あの子に殴られてそのまま……」

空気には、鉄の匂いが濃く満ちていた。


レオンハルトは慎重に少年に近づいた。影がゆっくりと揺れる。

剣が少年の右手をかすめた瞬間、何かが触れた。


「!?」


少年の足元に、光とも影ともつかない歪みが滲み出す。

それは煙のように揺れながら、床を這うように広がっていく。


何かの合図でもあるかのように、赤い魔方陣が出現していた。


「では実験をしましょうか」


少年がためらいなく再び指を噛み切った。

その血が魔方陣へと吸収される。


「実験?」

レオンハルトが警戒しながら問いかけると、


「そうなんです。生きている人間に対して、どれぐらいあの核の効果があるのか」

少年が笑みを深めた。


「難しいんですよ。死者に対するのとは違って。拒絶反応が出るかもしれないですから」

無邪気に言葉を繋ぐ少年の、周囲の空気そのものがねじれたように見えた。


「本当は聖王で試したかったんですけど」

少年の影がふっと伸びた。


「仕方ないので。その他多数という形で実験のデータを取ることにしました」


魔方陣から強烈な光が溢れ出し、幾筋もの光の膜が立ち上がる。

それは地下室から天高く、空にその複雑な文様を映し出していた。



「まあ。とりあえず、お兄さんたちはここで死んでもらいますけど」


少年の言葉と同時に、ドルガンが見えない何かに吹っ飛ばされていた。


「ドルガン!」

レオンハルトがカバーに入る。

あのドルガンが盾を構える暇がなかった……。

そういえば、さっき自分の剣も何かが触れた。


この部屋に、少年以外の何かが──

「……いる。だが、見えない」

レオンハルトの声は低く、緊張で張りつめている。


ドルガンが身体を起こし、すぐさま盾を構えた。

その刹那、確かに何かが弾かれた。

反射的に斧を振るい、その何かに接触する。

部屋のわずかな光が揺れ、透明な触手のような影が一瞬だけ浮かび上がる。


「なんだ、ありゃあ」

少年は、ただニコニコと静かに立っている。

だが、その足元の空気だけが妙に揺れている。


まるで──

「透明な何かが床を這いまわっているのか?」

レオンハルトの呟きに、少年が手を叩いて喜んだ。


「素晴らしい!さすが剣聖さん!」

無邪気に少年は笑っている。


「これが僕のアバミネーション。アガザ」

まるでそこに何かがいるかのように、少年が透明なソレを紹介する。


「どうぞ、存分に戦って下さい。その分、この魔方陣は血を吸う度に効力が強くなるはずなので。良いデータを期待していますよ」


自分たちを完全に舐め、まるで戦えば戦うほど、自分たちの血が与えられるかのような、その発言に。

「ああ?」

レオンハルトは珍しくちょっと切れた。


地を這うような低い声を発するレオンハルトを見たドルガンは、そっとゾグートとその部下を壁際に寄せた。


「あれ?あの、ハルトおかしくない?」

「今、あいつに触れてはならん」

「え?」


彼はこの世界唯一の剣聖である。

異世界からの召喚者、勇者であるナギを除けば、剣技において勝る人間はいない。


彼には彼なりの信条が存在する。

それはどんな敵であっても、敬意をもって全力で戦う。

たとえそれが魔族であっても、同じ人間であっても。


戦いを愛するレオンハルトにとって、この場を実験のような扱いにしている少年は──

非常に嫌悪の対象になった。


レオンハルトの義手が光り、愛刀からバチッツと激しい音が響いた。

同時に彼の身体から、フワリと靄が立ち昇る。


「おや?」

少年が初めて目を丸くした。


次の瞬間──


レオンハルトの姿が消えた。


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