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魔界エンタメバラエティーショー③


 他人事見たく私たちが潰し合うのを見て楽しんでる亡者と魔界の住民たちが作る独特の重苦しい瘴気漂う中、私は思い出していた。


 今でも、私の掌の上に残っている優しい温もりのこと。


 私の心の奥に引っ込んでいたミコトの容態が大分悪化し始めている。


 隠しているつもりのようだけど、私が黙っててと怒ってから今は声を出さないんじゃない。


 声を出せないくらい苦しんでいる。

 体温もきっと、人間なら蒸発しかねないような嫌悪感と熱感が襲ってるのだろう、私の動悸に伝わり、神経等を伝って脳へSOSのサインが送られているみたいだ。


 私は、絶対に優勝するんだ。

 そしてミコトを治してもらう。


『番組もいよいよ本番、ここからはいざ! 護衛天使との決戦です!』


 ここが一番の盛り上がりどころなのか、観衆のボルテージもさっきまでとは桁違いの熱気だ。

 正直、さっきまでのふざけたムードも消えて途端に緊張感がやって来た。

 

「俺は貴様ら魔界の犬共から黄金の魂を持った者を守るよう言い使っている」


 そして私達の目の前に現れた筋肉男は背中から白い翼が生えているから本当に天使らしく、悪魔がいるくらいだ。

 天使の存在を今さら疑うまでもない。


『あれぞ。この世界の番人にして、黄金の魂を回収人から守るよう天界から遣わされているボディーガード護衛天使です』


『さぁ回収人の諸君、見事この護衛天使を倒し見事黄金の魂を勝ち取れるか!?』


「やっぱり喧嘩にはなるんだよね」


 しかし、あんな光沢の掛かり見てて眩しいくらいのバランスが整った筋肉ムキムキの相手と真っ向から、否。多少の不意をついたって勝てるビジョンがまるで見当たらなかった。


「へっ。お前らはそこで見てな、俺は先手必勝!」


 勇気か蛮勇か。須郷さんはいきなり全力疾走からのサーベルで斬りかかっていく。


「彼には噛ませになってもらいましょう」


 だが、勢い良く叩きつけたはずの刃は護衛天使の腹筋に弾かれ傷一つとしてつけることは敵わない。


「お前が海賊であるように俺も天使だ」


「つまり海と天、どちらが強いかは明白なのだ」


「ちっ。海を舐めんじゃねぇ!」


 逆上した須郷さんは、確実に殺しにかかってると素人目にもわかるくらいの突きを胸へ命中させた。


「ふんっ!」


「うぉ!?」


 だが、彼が胸に力を込め隆々に膨れ上がった大胸筋がサーベルを挟み受け止めてしまった。


「サーベルが筋肉に止められてる……」


 天使を名乗るだけあって筋肉の使い方も人間離れしている。


「今度は俺の番だ」


 刺さったサーベルを投げ捨て、大きく天にまでかかるほどのシコを踏むと待ったなしで仕留めにかかる。


「おわっ! な、なにしやがる!」


 脇に抱えられた須郷さんは、うず高く積まれたテレビの上にかつぎ込まれ掲げられた。


「ちょ、お前……本当になにをす」


「貴様の敗因は貴様にあって俺にないもの、それだけだ」


「な、なんだそれは!?」


「筋肉! それ以外になにがあるかぁぁぁぁぁぁっ!」


「おわぁっ! てめ、この……ガハッ!」


 須郷さんの頭を肩に乗せてジャンプ。

 大っぴらに開脚させた両足をガッチリホールドして炸裂させる、あのキン肉王家秘伝の奥義を私は現実で目の当たりにすることになった。


 思わずその技の美しさに賞賛の拍手を送ってしまう。


「おおぉ……おぉ」


 砂さんは今ので全身に甚大なダメージを被って口から血を吹き、倒れ込む。


 すると、地面から湧き水のごとく血まみれのナース服を着た骸骨たちが現れて須郷さんを担架に乗せるとまた須郷さんごと地面にひきずりながら連れ去ってしまった。


 行き先はもちろんヘル病院だ。


「先生急患です!」


「死因はキン肉バスター、キン肉バスターです!」


「まぁ。それは大変すぐに寝かせて」


 またしても乱暴に、それこそ粋のいい寿司屋で出される握り一丁くらいの感覚で手術台の上に寝かされた須郷さんを見て、同じくこの短い間にさっきよりも血まみれの白衣を着たヘルドクターは早速手術を開始する。


「メス」


「はい」


 と言ったノリで丸鋸チェーンソーを手渡された。


「緊急オペにはこれが早いわ。大丈夫痛みはない、すぐ終わる」


 須郷さんの肉体から何か黒い液体が弾け飛んだ。すぐに画面がその飛び散った液体で真っ赤に染まって何も見えなくなる。


「ちっ。噛ませにすらならなかったわね、あの海賊」

 

 私は何も見てない。

 何も見てない何も見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない。


「さぁ次はどいつだ」


「ワシじゃあ!」


 今度は武将が挑みに行く。

 なんだかんだで、須郷さんを一撃で倒せるような怪物相手に真っ向から太刀打ち出来るのは彼しかいないだろう。


「おおおおおっ!」


 開幕、がっつりと手のひら同士を合わせ、握力で握り合う姿勢へと持っていった。


「おわっ!?」


『これはすごい! バトル漫画とかでよくある光景を目の当たりにできるとは!』


 そのあまりの衝撃ぶりに二人の足元から陥没し始め、謎のオーラで岩やら砂やらがひとりでに舞い上がっていく現象が私の目の前で起きている。


 もはや何も驚くまい。


「フンッ。多少はやるようじゃな」

 

「このままでは決着がつきそうにないな武士よ」


 こんな凄まじい競り合いの中、武士さんへ一気にソウルが溜まっていく。


「って……私も感心ばかりしてる場合じゃないのに」


 なんとか、私も援護するなりアクションを起こさねばと思うけれど、とても立ち入れる隙がない。

 進みすぎたインフレの被害者みたいな心境を味わえると思っても見なかった私だけれど、戦いはすぐに佳境を迎えた。


「ワシはこのまま根競べしても構わんが」


「見栄をはるのはよせ。貴様の筋肉が悲鳴を上げてるぞ」


 武将さんの腕の筋肉から血飛沫が噴水のように舞い上がった。


「そちらもな」


 背中の羽根からもげ始め、数少ないその突出した筋肉を覆い隠せていた衣服のパンツと靴下の背中側から破れていく。


「復活だ!」


「待っておったぞ!」


「っしゃ、ここからは俺も手伝うぜ!」


 そんな状況で空気を読まずに乱入してきた須郷さん。

 いきなり肩を抱いて共闘の姿勢。


 あの二人、いつの間にあんな仲良くなったのか門が開いたかと思えば、突然上から例の門が降ってきて場面が変わる。


「今日のテーマはちょい悪武将!」


「ここで俺はヘル焼酎をイッキ飲み」


 浴びるように焼酎一本をラッパ飲みする圧倒的な医学の観点から見て不健康極まりない飲み方、見てるだけで胸焼けがしてきそうだ。

 それを天使や武将さんまでするのだから酔っぱらい三人の出来上がり。


「宴会のお供、仕事明けのお供、貴方の隣にヘル焼酎」


 もう顔中、真っ赤になった須郷さんたちは殻になった瓶片手に踊りだす、完全に酔っぱらいの絡み方だ。


「貴方の晩酌にヘル焼酎!」


「濃縮アルコールたっぷり100%!」


「消毒液じゃないのそれ!?」


 すると、場面がお寺へ変わった。

 昔、修学旅行で見たなって言うそんな感じの関西のお寺だ。

 大量の仏像や大仏生えてきては町並みはすっかり京都一色に染まる。


「ちょ、なにこれなにこれ」


 なんて感慨に耽っていたら、いきなりお坊さんたちが地面から生えてきた。


「お坊さんと言えば天使。天使と言えば坊さんじゃ!」


「違う、宗教が違うっ!」


 お坊さんたちはなんの疑問も抱かず合掌しながら、ファンネルみたく武将さんの周りを空中浮遊で回転している。


「よぉし。ここで差をつける為にもワシのリズムでこの場を盛り上げながら戦うとしよう」


「この武将、今さらだがかなり現代に被れているわよね」


 どこからともなく、ロックな明るいメロディが流れ出したかと思えば、二人は軽快なリズムに乗って踊りだす。 


「へい! 武将が和尚に無償で五升!」


「和尚は勧笑、気分はヨイショー!」


 焼酎瓶をバット感覚で天使の顔面へフルスイング。


『は、入ったァァァァァっ!』


「なんでラップ……」


「ひょおおおおおおお!」


 須郷さんはお寺の鐘をドラム感覚でガツンガツン叩いて鳴らしだす。

 神をも恐れぬ、この罰当たり共にいつの間にか大量の鹿が押し寄せ、観客気分で盛り上げ咆哮を上げている。


「ブオオオオ」


 大量の鹿せんべいをつまみに、焼酎煽っていつのまにか鹿を囲いながら三人とファンネルみたく回ってたお坊さんたちと宴会を開き出す。


「あははははははははっ!」


「このやろう! ばかやろー!」


「あははははっ! あはははは」


 なぜだか、和気あいあいとしたムードが流れ出していた。

 修学旅行の男子生徒みたいな平穏な空気に思わず見てる私の頬も綻ぶ。


「てめぇはなんにも分かってねぇ!」 


「えええええええっ!?」


 武将さんはいきなり怒り出した護衛天使に思いっきり蹴り飛ばされて行った。

 お寺の壁を突き破って、まるでこの空間全体がコントのハリボテで出来てるみたいに倒れていく。


 その先はラーメン屋であった。


「今度は貴様に俺のラップを見せてやる」


 全身から白い湯気を放ち、完全なる殺人鬼の目と化した天使はコップを構えながら武将さんへと接近。

 

「おおおおおおお」


「コップコップコップコップコップコップコップコップコップコップコップコップコップ! おおおおおおおっ。コップコップコップコップコップコップコップ!」


 コップのラッシュが叩き込まれる。


『さっき自分でダンスとか言っときながら最終的には暴力で訴えかけていく、やはり暴力は穏便かつ手っ取り早くて楽ですねぇ』


『魔界怖い』なんて感情すら出てこなくなった。


「コップウウウウウウッ!」


 武将さんは仰向けに弧を描いて吹っ飛んでいき、地べたへと這いつくばる。

 なんだか痙攣した後にピクリとも動かなくなったけれど、そこは流石に山ごもりした成果かヘルナースたちがやって来ないから多分まだ生きてるんだと思う。


「トドメじゃあ!」


「がっ! なんで私!?」


 いきなり私の頭の上にタライが落ちてきた。プラスチック製の軽いやつだったけれど頭に落ちればそりゃ痛い。

 ヘルピープルたちの謎の笑い声がウザいくらいこだましてくる。


『今のは良かったですねぇ、しかし。あまり舌戦が長すぎたのかヘルピープルの皆様飽きてしまわれたようですね』


「なにぃ!?」


 視聴率が30%台に落ち込む。

 テレビ離れ著しい昨今で言えば、結構な数だよなとか思いたいけれど、これだけやりたい放題暴れてる番組なら人間世界でもそこそこ行くだろうなと思ってしまう。


「テレビが普及されたバブル期でもこんな感じだったわね……」


「貴女は何歳なんですか」


『サービスシーン入ります』


「次の舞台は!」


 鹿たちが突然柵やら壁やらを突き破って集団大脱走を起こしたかと思えば、ラブホテルが地面から文字通り生えてきた。

 

「アマテちゃーん」


「はい……? うわっ!? また発情してるんですか、隙あらば発情してませんか貴女!?」


「これぞ、いつでもどこでもヘル・ベット。折りたたみができて持ち運びに大変便利、街中でも山の奥から釣り堀、ラーメン屋まであら不思議。どこでも貴方好みのラブホテル」


「これで、ついムラムラして一発発散したくなっても大丈夫ね」


『過剰なサービスシーンと、CM効果によってヘルピープルさんたちも大喜び、飽きたとか言っときながら、いざ過激なシーンが来るとこの手のひら返し!』


「アマテちゃん、さぁ。お姉さんに身を委ねていいのよ」


 またこのビッチに喰われそうになり、私は必死で抵抗するも両手を上から抑え込まれて押し返すことも出来ない。


「ファーストキスだってまだなのに、こんなことで恋愛経験を得たくない!」


「この泥棒猫! あんた何様のつもり!」


 すると今度は筋肉の上からキャミソールを着た天使が私の横に寝て騒ぎ出した。


「と言うか、なんであんたまで乗ってくんのよ!」


「フンッ。幼馴染だがなんだか知らないけれど、貴方みたいな何もかも半端な女にこの子は相応しくないのよ」


 急になにか茶番始めだした。


「うっさいわね! 後から出てきたアバズレが! その子を離しなさい」


 私の意思などかなぐり捨て、腕を左右から思い切り引っ張られだした。


「ちょ、痛い痛い痛いってば!」


「待たれいっ!」


 カウンターに乗って現れた謎の人物。


「お奉行!」


「武将じゃねぇか」


 やっぱり生きてたんだ。と言う言葉よりも早く、武将さんは扇子を手に持ち公平な裁きを下す。


「二人でその方の腕を引っ張り合い、勝った方が恋人となるがいい」


「お、大岡裁き?」


 その話を知ってれば、私がどうなるかなんて考えずとも分かるのでないか。 


「いやぁぁぁぁぁぁっ!」


 遠慮なく本気で思いっきり私の腕を引きちぎるくらいの勢いで引っ張られた。

 肩から今までにない妙な音を立て、肩が脱臼したのでないかと言うくらいの激痛と痛みで自分でも驚くくらいの声が出る。


「痛い痛い痛い痛い千切れる、この二人大岡裁き知らないの!?」


「この世界じゃ勝った物が正義でしょ」


「そうよ。貴女の手が引きちぎれても私は一生愛すわ!」


「もういやぁぁぁぁぁっ!」


 腕を千切られそうになる私へ救いの手となり得る声が乱入。


「なにやってんだお前らぁ!」


 してくれたら良かったのに。


「この俺の復活に、随分と盛り上がってるみたいじゃねぇか!」


「お呼びじゃねぇ!鶏の餌にでもなってろゴミが!」


 天使は肩に担いだバズーカを発射。

 大型の砲弾が須郷さんに命中し、またヘルナースたちに引っ張られていく。


「貰った!」


 ある意味、彼の乱入は救いの一手だったか。気を取られてくれてる内に私はカレナさんに引き寄せられた。


「しまった!?」


「オホホホホホホ。真の愛を手に入れるのは私一人で十分なのよ!」


 しかし、彼女が勝ったとしても私が助かる保証はない。

 どうなればハッピーエンドだったのか分からなくなってきた。


「さぁ、準備運動はここまで。どこからでもかかってきなさい!」


「ワシも戦えるぞ!」


「決着をつけるぞ武将が!」


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 突然、武将さんの兜がパックリと割れた。中からハムスターが出てきた。


「かわいい」


 ハムスターはひまわりの種を齧っており、見てるだけで癒やされる。


「うふふふ」


「あははは」


 また三人で、地べたにうつ伏せで寝転がりながらハムスターを眺めていたその時


 ひまわりの種が大爆発した。


「ヘケッ」


 と言う全然可愛くない黒い笑みを見せてハムスターは一仕事やり終えた様子で去っていく。


 焼死体が二つ。

 キャミソールが破けて筋肉が開けた天使が一つ。


「……あの武将め、奴とは別の形で出会いたかったものだ」


 まるでキャミソール着てなかったらヤバかったとでも言いたげにボロボロであったが、それ以上に下半身の腰蓑だけ飛んでいないのが私には不思議で仕方ない。


「ふぉぉぉぉぉっ」

 

 今度はさっきよりも派手なロック調のBGMが聞こえてきたかと思えば、入場ゲートからここぞとばかりにナースが10人ほど完璧なシンクロ率のダンスを披露しながら現れた。


「ふぅぅぅっ!」


 ダンスで夢中になってはいるが、自然な流れで二人を担架に乗せて颯爽と退場して行く。


「最後の一人になったな」


「ぐっ……」


 あの三人の誰かが勝ち上がって、最終的に出し抜こうだなんて思ってた天罰か。私と筋肉天使のタイマンとなってしまう。


「娘よ。俺とお前ではハッキリ言って戦力差は歴然だ、このまま戦って勝利しても俺のプライドが許さん」


「だからお前の得意なことを言え」


「え……?」


「なんでもいい。それで勝負をしてやる。負けた時は俺の負けを認めよう」


「得意なこと……」


 料理が得意。と言いたいけれど、そんなに胸張って得意と公言できるほどじゃない。後はカラオケとかそんなの……。


 そんな時、私の脳裏に光明が指す。


「じゃんけんでどう?」


 ヘルピープルの落胆した声も


「野球拳よ!」


 と言う私の一言で急上昇。

 一気に私へソウルが貯蓄されていく。


「ふむ。いいだろう、受けて立つ」


 天使はぐっ。と右拳を腰に隠す姿勢で振りかぶる。

 野球拳などと言ってしまったけれど、ただ羞恥を捨てたわけでなく勝算はある。


「じゃんけん、ポンっ!」


 私はグー。天使はチョキ。

 まず、運は平等だ。


「ぬぅ……一枚脱ごう」


「ぶーぶーぶー!」


 そして、私はざっと数えて10枚。

 対して天使は靴とパンツ一枚だけで合計3枚。このライフの差は大きい。

 早速、天使は靴から脱ぐかパンツから脱ぐか決めかねていると……と言うか絶対に靴から脱げと願っていると


「一枚」


 天使は自分の羽を一枚もいだ。


「は?」


「さぁ、最初はぐー」


「ちょちょちょ! 待って!待って!」


「なんだ、羽も俺の服の一部だ」


「嘘でしょおおおお!?」


 完全に当てが外れた私がどうなったかなど言うまでもない。


「おおおおおおおっ!」


 五分後。

 一糸纏わぬ姿へとあられもない姿を全魔界に晒した私から恥という概念が消え去った。


「うおおおおっ!」


 結果、四人全滅した。


 三人が後からヘルナースの治療を終えて来たものの誰もあの天使に敵いはしないのかと、もう一度戦おうとする意欲はその表情から伺えなかった。


「お主、随分勇ましい顔をしとるのぅ」


「え……?」


 そんな中、武将さんが私の顔を見て言う。自分でも、驚いていた。


「それだけ叶えたい望みがあるということなのか?」


「それは……」


 確に、私自身あまり諦めの気持ちはなかった。


ーーー


 それは、私にとって忌まわしい10年前の事件の後の話だ。


 あの悪夢の世界から解放されても、未だに心の奥底。化け物に魂を鷲掴みにされて潰されそうな恐怖が私の中で蠢いていた。


「ひっ……!」


 目を閉ざすだけで、あの化け物が瞼の裏から飛びかかってくる幻覚を見る。

 暗闇の中で何かに当たれば「化け物に足を掴まれた」と騒ぎ、大凡普通と言えない日々。


「来ないで、来ないで来ないで!」


「来ないでよっ!」


 ある日、両親が私を病院へと連れてきたそこでは先生がボールペンを握って、私を殺そうとしてくるのだ。


「いやぁぁぁぁっ! あぁっ! 殺さないで! 」


 医者も両親も、看護婦も周りの人も人間の皮をかぶった悪魔だ。

 今も虎視眈々と私のことをどうやって頭から食らおうかと考えているんだ。


 寝ても覚めても寝ても覚めても、あの化け物が私の周りに四六時中張り付いてる。

 私のことを見張っている。

 あの角の隅で大口開けて待ち構えてる。


 身体のほうが疲れきって、灯りをつけた部屋の中で眠っていた私に頭からあの化け物が噛み付こうとしてきた。


「うあああああああっ!」


 そんな幻覚に取り憑かれ心身ともに衰弱しきっていたそんなある日、私は壁に思い切り頭を打ち付けた。


「ちょっと、なにしてるの!」


「やめなさいっ! やめなさいって!」


 両親や周りが止めようとしても、額から血を流しても辞めない。


「出てって、出ていって!」


 とにかく必死だった。

 あの忌々しい記憶を、私の頭の中の化け物を、脳みそをかちわって中からかき出すんだ。


 その一心で私は打ち続ける。


 


 次に私が目を覚した時、病院のベッドの上であった。


 頭が痛むことよりも、手足がベッド柵にベルトで固定されて動かせない状態にされていたことのが発狂へと誘うのに充分事足りてしまった。


「ひぅ……! いや……」


 それでも、錯乱状態のやまない今にも手首ごと柵を引きちぎろうとする私の耳に届くミコトの声。


『アマテ』


「その声……」


 あの日以来、聞こえなかった。

 いや、きっと聞こうともしていなかったのだろう。化け物の声と聞き違えて聞く耳すら持っていなかった。


『随分と、うなされてたようね』


「貴女に……貴女に何がわかるのよ……もうやだ……いきなり、あんなっ……あんな怖い所に連れてかれて……」


「人がたくさん死んだんだよ……! 私の目の前で、笑いながら化け物に食べられて!」


『私は生まれついて、王様の娘で強い力を持ってから天敵なんてなかった。だから恐れるって気持ちはイマイチよく分かってない』


『分かりはしないし、今の私には何もしてやれやしないけど』


 フゥと溜め息をついてから、ミコトはそっと囁くような声で歌い出す。

 人間の言葉で、誰もが知ってるような歌でないミコトだけのオリジナルの歌だ。


 何故かは知らないけれど、不思議と心が安らいだ。頭の中にへばりついていた靄が消えていく。


「お母様が昔、よく歌ってくれたの」


 そこに居ないはずのミコトの手が、ハッキリと私の頭の上に見える。


『私は傍にいる。だから、ゆっくりお休み』


 私が怖い思いしなくて済んだのも夜も眠れるようになったのもミコトが傍にいてくれたおかげだ。


ーーー


 だから今度は私が助けたいんだ。

 この時だけじゃない、何度もずっと私が苦しい時に助けてくれたのに、何もできないのは嫌なんだ。


『馬鹿ね。助けられる為に私は貴女を助けたんじゃない』


「ミコト……でも」


『私がそうしたいと思ったからしたの』


『悪魔は寿命長くても、誰にも気づかれることなく。気づけば知らない間に上級悪魔や人間にふっ飛ばされてたなんてケースも少なくない』


『私のことをそんな風に思ってくれるのが一人居た。その事実だけで十分』


 今にもつらそうで、消え入りそうなのを我慢して私の為に最後の声をかけてくれている……そう感じるほど、


「ミコト……」


『だから、もういいの』


「うおおおおおおおあああああっ!」


「あああああっ!」


「ぐすっ……うああああっ!」


 隣にいた三人が泣きだしている。

 なぜか、と思えばいつの間にかあの回想シーン再生モニターが頭上に出てきてる。


「ちょ……まさか今の回想シーン入っちゃったの!?」


『あちゃー』


 ヘルピープルたちの泣く声が聞こえてきて、私は自分が裸を晒したよりも恥ずかしくなって萎縮してしまう。


「どうしたというのかね騒々しい」


 すると、今度は例の標的だ。しかし、せっかくのターゲットを見つけたと言うのに誰も手出し仕様などと思わなかった。


「むっ。貴様か」


 彼を守っている筋肉の壁。

 アレはいかなる障害をも阻むだろう。


「私も、長いこと夢を見ていたようだ」


 しかしなんだか様子がおかしい。

 どことなく晴れやかな、まるで聖人君子みたく爽やかな顔つきをしていた。


「しかし。なんとも……夢がかなってしまうことの虚しさを知ってね」


 溜め込んでいた物を出し切ってしまった時。

 なにかちょっとした、全知全能感。

 あまり大きな声で言いたくない状態にも似ていた。


「最後に、本当に生きると言うものを思い出させてもらったよ」


 男の人の足元からボッと白い光になって段々と頭にかけて上っていく。


「私も、そろそろ次世に歩みを進めるときなのかもしれないな」


 その言葉を最後にして、すぅ。と男の人は天に召されていった。

 これって、結局どういう扱いになるのか分からないけれど、私にソウルが送られてきたことだけは確かだった。


 他の三人は護衛天使との戦いで何度もヘルナースの世話になったのが響いたか得点的には伸び悩み、最終的に私のリードを保ったまま終了のドラムが鳴る。


『しゅーーーーりょーーーー!』


 次の瞬間に私たちは、一気に元のスタジオへと戻されていく。

 あれだけ盛り上がっていた観客たちがしんみりとしたムードで、この場に声を張り上げ叫ぼうなどとする者はいなかった。


 今さら結果発表される間でもない。


「あ。あの……すみません」


「気にすんな、船はまだこの先。いくらでもチャンスはあらぁ」


「えぇ。女の子との友情はなによりも優先される」


「天下は自分の力でつかみ取ってこそ、価値があるんじゃよ」


「ありがとうございます」


 なんだかんだで、この三人には世話になってしまった。正直、酷いことばかり言った気がするけれど、こうして見ると悪い人ではなかったと思う。


「私の願いは……」




 次の瞬間、私の意識は暗転する。

 



 

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