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魔王の降臨


 どこまでも続く淡い空の下。

 僕とアマテさんにとって始まりの地。

 僕は息詰まると決まってここへ足を運ぶ。


 今やここを通り抜ける風も、地を這う亡者たちも何もかもが愛おしく可愛く見えている。

 当初は頭がおかしくなって気が狂いそうな光景を見てると、スーッと埃の詰まった脳の中にスプレーを吹き掛ける見たく流れが良くなるんだ。



「まず、馬鹿丁寧にこのまま動きはしないだろう」


 手帳を奪えなかった僕は一考した。

 次にアマテさんが取るだろう行動を。


 ここで動けば、自ら答えを教えに来てくれるようなもの。

 あの駅構内にいた化け物とどう取引したか分からないけど、あまり多くの時間を取ってないことだけは想像つく。


「となると……誰かに頼むことだ」


 しかし、無関係な人間をこれ以上巻き込むのをアマテさんが了承しない筈。

 つまり僕たちに縁もゆかりもない適当な誰かに頼むと言った事はしない。


 彼女の交友関係はほぼ把握している。

 小学生の頃よりもあまり社交的ではなくなっていた彼女が僕の知らない友達を大学や近所で作っていたとは思えない。

 

「あぁ……楽しいなぁ」


 僕は今、彼女のことをずっと考えている。

 彼女も必死で僕のことを考えてくれているんだろう。


 両者が両者のことを思い、煩い考えを読み取ろうと試行錯誤している。


 これはもう恋でなかろうか。


 実際、彼女のことを考えているだけでも胸が熱くなる。ドキドキしてくる。

 僕にとって憧れだった彼女に近づけている。

 もう楽しくて楽しくて、楽しすぎて頭が変になりそうだ。

 

 このまま永遠に続けていたいくらいだ。


「でも、ごめんね。もう終わらせないと……」


 考えはまとまった。

 多分、彼女の交友関係からして頼るのは悪魔。

 悪魔と言ってもミコトたちのことじゃない。


「……」


 かつて、ミコトの城へ招待された日。

 僕はほんの興味本位から邪神の落とし子を魔界のあちこちにばらまいた。


 すると僕は魔界と言うのは一つ二つでないことを知ったのだ。

 そこでは憤怒の悪魔が治める魔界、嫉妬の悪魔が治める魔界と様々。


 その中に彼女が僕の知らない交友を持つ可能性は十二分に有り得た。


「ふふっ……あはははは」


 ならば話は簡単だ。

 元の世界、そこで魔力の流れが人間と違う存在を探りあててやればいい。


 流石に今から、街中を覆うほどの落とし子を遣わすのは無理だ。

 しかし、アマテさん一人尾行するなら話は別。


 『これから彼女はその僕の知らない悪魔に会うこと』に賭けた。


「……見っけ」


 早速落とし子の一体がアマテさんを見つけた。

 白昼堂々、土夜さんと二人でレンタカーショップへ赴き車を借りて動き出した。

 早速、最後のポイントへ向かうつもりか。


 しかし僕は焦らずここで落とし子に監視を続けさせた。

 向かうことはいつでも出来る。


ーなぜ、一刻を争いたい状況で悠長にドライブをしてるのか。


ーそれは誰かにメモを引き渡さなければならないから。


 アマテさんの動きは逐一把握できる。

 もしもシオンの瞬間移動を使ったら即座に僕も使って追い掛ければいい。

 それをしないのは僕へ意図的に意識を向けさせたい熱烈なアプローチに思えた。


「つまり……」


 僕の予想は的中した。

 彼女は途中で、進行ルートを変えてデパートやコンビニ、雑貨屋などに寄っている。

 

「あまり近寄りすぎると気づかれるな……」


 いくら魔王級悪魔が三体いようと、それを上回る程の力を有する神様の落とし子だ。

 彼女らに悟らせぬよう気配を隠すことはできるが、流石に近づきすぎたらバレる。


 だから周囲を警戒するのは流石に骨が折れた。

 残った落とし子も可能な限り全てアマテさんの下へ集中させた。


「いたいたいたいた」


 人間のものでない悪魔の気配。 

 それはミコトとは種類が違えどよく似た気配。

 形容するならば車と飛行機を見て、姿形はまるで違うが同じ『乗り物の分類』と感じられるような気分だ。


 僕たちは遮二無二彼女を追った。

 それこそ、神にも縋る気持ちで追い続けた。

 

 結果、僕の予想は的中していたらしい。


「君、アマテさんの友人だろ?」


 答えなくてもいい。

 こんな辺鄙場所にわざわざ悪魔が一人でいることにこれ以上の理由はいらない。


「何をするつもりか知らないけど、とりあえず、殺しとけばいいだろ」

「どうせ最終的にはみんな殺すんだ、早いか遅いかの違いさな」


「うん、そうだね」


 横からなんか剣がしゃしゃり出て来たけど、ひとまず残った落とし子はすぐにアマテさんに全て送っておいた。 


 せっかく彼女からの招待だ。

 誘いに乗ってボロの野球場でデートがしたいと言うならそれに従おう。


「僕はこっちの仕事を片付けたらすぐ行くからね」


ーーーーー


 ここまで来たのは良かったけど、あと一歩。

 何がまずかったのか、どこに綻びがあったのかなんて考えてる暇もない。


「くっ……」


 まず私はまっすぐ何もかもを投げ捨てる


 ここが障害物の多い茂みで助かったというべきか、私は一度すぐに身を返して木々の中に姿を隠した。


 突き刺されて血を流し痛みすら感じないほど痺れる腕をハンカチで止血しつつ、血で刻印をぬらして台無しにしないよう口に咥えて私は物陰に隠れた。


「いったぁ……本当に、乙女の柔肌になんてことしてくれますのよ」


 幸い急所は外れている。

 しかし、ここからどうするかまらるで案がない。

 私には戦闘訓練など塵ほどにもない。


 箸より重い物持てないのはいくらなんでも冗談だけど、戯れで3kgの鉄アレイを持つ事すら困難を極めた。


 魔力もロクに扱えず最悪、その辺の子供にすら喧嘩売っても返り討ちにされそうか気すらする。

 そんな戦闘経験なんてあったら、私はとっくにお父様もお屋敷もブッ壊して一人になってた。

 



 だけど、今は違う。

 今の私には戦えるだけの力がある。


 私がすこし、手を翳したことで彼等の背後にある木が粉々に消し跳んだ。


「ホホホホホ。どうやら私を甘く見てますようね」


 今のは紛れもなく私がやったこと。


「あー……やっぱ悪魔だ、俺らの手に及ぶ存在じゃないかもしれないぜ?」

「……確かにね」


 うまく行った。

 上手いこと『私が強い悪魔』だと二人を思わせることが出来た。

 これも、私がこの場へ来るまでにアマテさんが私に授けてくれた新しい作戦。 



 アマテさんの用意したデパートのトイレのタンク内に、結界を描いた紙ともう一つ、ミコトさんが魔力を込めた水晶を置いておいてくれた。




ー『普通の悪魔なら、受け取っただけでも粉々になってる程の魔力量だけど、仮にも準魔王級のあんたなら使いこなせないことはないでしょ』

ー「当然ですわ。私を誰と思ってますの」




 万が一、私の事がバレていたら。

 そこまで見越して彼女は私に策をくれた。

 腕を貫かれても、落ち着いて動くことができたのもそれが理由。


「けど、ミコトさんほどかどうか。ちょっと遊んでみなきゃ分かんないよね」

「まぁな。あれ程でもなきゃ大丈夫だ」

「その選択、後悔することになりますわよ」


 私はひたすら、逃げ回りながら抵抗を続けた。


「へぇ、中々……やるじゃない」

 

 私の武器は、今までずっと一人で物を決めてこなかった考えることすら与えられなかった故に真っ白な画用紙みたいに色のないこの心。


 心と言う画用紙に色を塗るみたく、弱い自身を守るために『強い自分』をイメージして覆い隠す。


「ふん。この程度ですの?」


 無論、思い込むだけで強くなれはしない。

 闇雲に魔力を振り回すしか能がない私だけど、存分にミコトさんから授かった力を振るう。 

 ただ周りの視線を気にした自分の為、でなく。本当に自分の心でやりたいことをするだけだ。


「ちっ……思ったより厄介だな」

「……」


 前へ前へ進もうという気持ちが私から恐れを吹き飛ばす。

 アマテさんの為にと思えば怖さはない。


「どうする、引く?」

「まだ行ける、それに彼女。最初を除いて中々攻撃に移って来ないよね」


 けど、それはそれとしてさっさと撤退してくれないだろうか。

 そう願い続け、ひたすら攻撃を繰り返していた、こうなってくれば根比べ。


 戦闘の下手くそがバレない為に、いくら膨大な魔力を借りたと言えあのクラスの怪物二体を仕留めるには足りない。


 頼むから早いところ引き際を見てくれ。


「おや。もうネタ切れかな」

「……っ!」

「図星のようだね、果敢な攻撃にすっかり騙されちゃったけど。落ち着いてみればなんてことのないただ振り回してるだけさ」


 この男、魔力の流れが読めている。

 くどいが私の魔力は無尽蔵にはない。

 バレてるかバレてないのかが鍵であったけれど彼には意味がなかった。


「っと……!」


 最後の一あがき。

 残った魔力を打った反動で私は攻撃をかわす。


「こんな時、アマテさんなら……」


 彼女ならこう言うだろう。


 まだ万策尽きてはない……と。

 最後に残った私の優位は「私がそもそもここで何がしたいのかまだバレてない」と考えを止めなかった筈だ。


 狙いはあの二人の真裏。 

 今や建物の影も形もないけれど、囲われた柵が残っている、あそこが元診療所の跡地だ。

 そこへ、私の懐にある結界を敷けばいい。


「やっ!」


 そうと決まれば、残った魔力をすべて手のひらに集める。それを

 土煙が舞っても魔力で見てるなら、目くらましにもなりはしないのはわかっている。

 

 私の狙いは別にある。

 

「そこ……あれ?」


 魔力そのものを見てるから、私の位置取りがつかめていても、挙動が読めていない。


 私は最後の魔力で手のひらをコーティング。

 土の中をモグラのごとく掘り進め、彼らの下を突っ切ってやった。

 上も横もだめなら下。急に、あの日アジトからの脱出に地下を通ったのを思い出してよかった。


 後は這い出て結界を敷くだけの楽な作業を滞りなく済ます。


「あっ!」


 特に何か起きた気配はないけれど、神日のなにか凍りついた表情から察するに、向こうにとって都合悪いことが起きたようだ。


「なんてこと……してくれたのさ……君」


 ワナワナと手が震えている。

 いきなり怒り任せに怒るのでなく、プルプルと湧き出るような怒り方だ。


「もういい、死ねよ」


 彼の伸ばした触手が私に触れるまで1cmというところまで差し迫った。

 ちょうどそんな時だ。


 黒い触手の槍が私の目の前から消し飛んだ。 

 右肩から丸々吹き飛んで、神日も何が起きたのかわかってないような顔をしていた。


「全く、甘ったれのお嬢様が」


 私の背後にいてくれたミコトさん。


「さんざん頑張って時間稼いだのですよ。そろそろ来てくれる頃だろうと思いましたわ」


 やはり、正統な次期魔王と言うのはこうまでも格が違うのかと私はこの時、初めて他者に尊敬の念すら抱いた。


「オイオイ……ミコト来ちゃったよ、落とし子とか送ったんじゃなかったの?」

「……全滅したみたい」

「はぁ!?」


 そう思わせるだけの凛々しい姿。

 魔力、どれをとっても彼女の魅力は抑えられない。


「よく耐えたわね」

「後は私に任せなさい!」


 そう言って、ミコトさんが果敢に前へ立つ。

 色んなものを失って、捨ててきた私だけど今得たものは何にもまさる宝。


 けど、そんなこと面と向かって口に出すのは恥ずかしかったから……


「むー。どうせならアマテ様に助けて欲しかったですわ」

「アマテ、あいつ助けなくていいわね?」


 この方が私らしくていつもよりスッキリした。


「なんかもう、やばくないか」

「……もうこの作戦は諦めて逃げようか」


「逃がすか」


 アマテさんが軽く威圧するだけで、場の空気が一気に変わった。


「ぐぁっ……!?」


 敵も味方もない。

 空がまたたく間に暗くなり、悪魔の私ですら喉の奥に何かがへばりついたみたく息が苦しくなる。


「この数千年……人間嫌いだった私も随分丸くなってたものでね」

「ずっと貴方らを人間だと思ってた私が甘かった」


 今まで見ていたのは、人間や周囲への配慮をしていた仮の姿。


「かー。なんて威圧感だよ……」


 ここから始まるのは魔王としてのミコトさん本来の姿だ。

 背中から黒い翼が顕現、手足の爪は伸び、頬の魔王の文様は顔の半分を埋め尽くすほど広がって目は紅く染まる。




「数多の悪魔を屠り続けた大魔王の処刑から逃げおおせられるものなら、逃げてご覧なさい」


 


 




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